新たな輩の子と名づけ術師 4
「巣箱が多くて、近すぎてもよくないみたいなんだ。子どもが生まれて少し落ち着いたら、間隔を空ける工事をしたり、箱の置き場を新しく拓いたり、また少し、工夫しようかなと考えているところなんだよ」
「タ行使役」を行使しない「養蜂家」、タ・リントウの言葉に、美名はハッとした。
「そうだ。お子さん……」
「ン? あ、ああ……」
美名の様子に、リントウも気付いたようだった。
「そうだった。ウチの子のために祝福を授けてくれるということだったね。僕の養蜂に興味もって話を聞いてくれるヒトなんてあまりいないものだから、話しすぎてしまったみたいだ」
リントウはそう言うと、居住建屋に向けて先立って歩きだす。
美名とクミはプンプンと忙しく蜂たちが出入りする巣箱にもう一度目を遣ってから、彼の後に従った。
「ちょうど昨日、『オ様』がウチにも訪ねてきてくださってね」
養蜂家の言葉に、美名とクミは顔を見合わせる。
「今日も祝福を、
「『オ様』がいらっしゃったんですか?」
食い入るように問う美名に、リントウは少したじろいだ。
「あ、ああ。ウチの子の『属性名』を授けてくだすったよ」
「そ、そして、『オ様』は……今は?」
「発たれたよ」
「発たれた?」
目を丸くする美名に、リントウは「昨日の昼食をご一緒したあと、すぐにね」と答えた。
「そ、そうですか……」
「すれ違いだったみたいね……」
肩を落とし、気を沈める様子の美名に、リントウには察しがいく。
「もしかすると、君は『仮名』から『魔名』へ、『名づけ』を頂こうとしていたのかい?」
「……はい。でも、
「ありがとう。そうか。そういうことだったら、無理を通してでも『オ様』に留まっていただいていればよかったかな……。さぁ、我が家だ。お入りください」
玄関戸をくぐった三人を迎えてくれたのは、柔和な笑みを浮かべた老婆だった。
リントウの母というそのヒトは、息子が初孫の祝福に来てくれたと紹介する美名とクミに優しく穏やかな眼差しをくれる。
ここでもクミの『
「あっちにいるのがウチの妻だよ」
居室の窓辺では妊婦が編み物をしていた。
玄関口のやりとりを、これもまた穏やかな表情で眺めていた妊婦は、向けられた視線に編み物の手を止め、微笑みを返す。
「こんにちは。美名といいます」
「私はクミ!」
「ラ・サナメです」
歩み寄って来た小さな来訪者たちに、サナメは片手の甲を向ける。
美名もそれを受け、手の甲を捧げる。
お互いの手の甲を触れ合わせるまでに至らないこの簡易的な「挨拶儀礼」は、親しい間柄や、相手が妊婦というこの場合のように、近づきすぎない方がよいとされる際に多用される。
「この子のために来てくだっすったんですって? ありがとう」
サナメは愛おしそうに自身の腹を撫でながら言った。
美名が一歩近づき、「触れても?」と問う。
サナメはそれに、ゆっくりと頷いた。
美名はさらに近づく。
「もうあんまり蹴らない?」
小さなクミの言葉に目を丸くしたサナメだったが、すぐに優しい笑顔を取り戻すと、ゆっくりと首を振った。
「いえ。むしろ、日が経つにつれて元気になっていくようです。『ラ行』の『
「『奏音』……。胎教の音楽かしらね。そんな素敵な親御さんだもの、元気なのも当然だわ。将来有望ね」
「『客人』様は、ヒトのお産に関してもよく
「今はネコだけど、私も経験者だからね」
ふたりのやりとりの傍ら、美名は銀髪を掻き上げると、おそるおそるといった様子で、耳をサナメのお腹に当てた。
「……聴こえるわ」
「赤ちゃんの音?」
美名は小さく頷いた。
「トットットットッ……って……」
恍惚として脈動に聴き入る少女を、その場にいる皆が優しく見守る。
窓から注ぐ陽光。
風に揺れる遮光布。
遠く聞こえる蜂の羽音。
銀髪を輝かせて、愛し気に耳をそばたてる美名。
「新しい
ゆっくりと、囁くように、美名は祝福を捧げた。
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