教会堂師の話の真偽と教会堂師の真偽 6

「レ・ロクロウ様……。話してはもらえないのですね?」

「……だから、言っているでしょう」


 クシャの教会堂の中、二十歩四方ほどの空間はヒトで埋まっていた。

 窓際や入り口際にも、事の次第を確かめようと、野次馬な村人がいくつも顔を覗かせている。

 クシャの村里に派遣されていた魔名教教会堂師、レ・ロクロウは、堂の中央で、村の有力者、美名とクミ、そんな野次馬たちに囲まれながら、憮然とした態度を崩さない。


「……うん。これでだいぶ回復したよ。一応、今夜は寝る前に熱傷用のこの膏薬こうやくを塗ってね」

「……ユ様、ありがとうございました」


 美名は「ヤ行他奮たふん」の魔名術者に礼を言い、深々とお辞儀をすると、上着の裾を戻しながら、ふてぶてしい態度を続ける教会堂師へと顔を戻す。


「教会本部の沙汰にしか私は従いません。アナタたちなぞに、何も話すつもりはない」

「コイツ……」

 

 腕の中のクミが飛び出しそうになったので、美名は彼女を抱く力を強めた。


「ダンゲさん。やっぱり、俺の魔名術で……」


 ひとりの若い男が、堂師に正対している初老の男を責めるように声を荒げる。

 ダンゲと呼ばれた初老の男――クシャの村長である――は、大きくため息を吐き、若者の提案に首を振った。


「……教会師に『幻燈げんとう』をかけたなど知れたら、それこそこのクシャがどういう沙汰を受けるか……」


 堂師を打ち倒してすぐ、美名とクミは近場の人家に駆け込んだ。

 そうして、取るものもとりあえずと行ったていでやってきたこのダンゲ村長に、一部始終を話した。

 美名がこの教会堂師の手引きで山賊に捕らえられそうになったこと。

 もしも捕らえれていたら、大都大陸に奴隷として売り飛ばされていたであろうこと。

 堂師と山賊のそんな「狩り」は常態化していたらしきこと。

 この人当たりの良さそうなダンゲ村長はふたりの話にすっかり肝をつぶされてしまった。

 だが、「村長」という役務のために、彼には心痛に苛まれているいとまなどなく、夜半に差し掛かろうというところであったが、さまざまな手配に追われた。

 村中の有力家から家主の召集。 

 クシャの村が属する魔名教区支部への連絡。

 林の中の残党の回収。

 美名の回復のため、隣村に常駐している「ヤ行他奮」魔名術者の招来。 

 それらがようやく落ち着き、クシャが属する魔名教区支部から担当の者が来るまで事情を聞いておこうと開かれたこの「聴取」の場だったが、村長は開始時点からして顔色が青ざめきってしまっていた。

 相手が相手である。「魔名教」教会に正式に身を置く教会師、レ・ロクロウ。

 扱いを間違えば、クシャの村里に災禍が及ばないとも限らない。

 それを知っている教会堂師は、「人当たりがよい、信仰篤い魔名教会師」の仮面など完全に脱ぎ去り、何を問われてもクシャの村民を小馬鹿にするように応対するのだった。


「あの、村長……」


 美名はおずおずと、だいぶ憔悴しきっている村長に声をかける。

 相手は目を細めるようにして美名とクミに顔を向ける。


「アッチに、『幻燈』の『心読こころよみ』を仕掛けたらどうでしょう?」


 言いながら、美名は堂師の悪仲間、林の中から美名が連れ出してきたキ・グノを指差す。

 彼女は、魔名教会師でなさそうなこの男ならば、「記憶を読み取る」、「マ行幻燈」の魔名術をかけてもよいのでは、と提案したのだ。

 だが、これにも村長は首を振った。


「素性が知れないからな……。やめておこう」


 「では」と美名が続ける。


「私にも、このヒトにひとつ質問をしてもよろしいでしょうか」

「……うん?」


 ダンゲ村長は、黒い獣を抱いて静かに座する少女を見つめた。

 筆で刷いたような薄桃の唇を真一文字にし、緋色の瞳に強固な意志を宿して村長の答えを待っている。

 あと二回りほど若ければ、この礼儀正しく麗らかな少女に心奪われていたことだろうと、ダンゲはひとり自省しながら頷く。


「あまり立て込んだことでなければ……」

「……努めます」


 美名は村長に礼をすると、ロクロウ堂師に向き直る。


「……この子を見て」

 

 美名は腕の中のクミに目を落とす。


「この子は、クミ。あなたたちが躍起になって追い回した、『客人まろうど』かもしれない」

「あのぉ……。一応、多分、私は美名より年上だろうから、『この子』ってのはちょっと……」


 申し訳なさそうに言うクミに、教会堂の中の人波がさざめいた。

 「客人」という美名の言葉。実際に目前で人語を話す獣。

 驚きと感嘆のためのさざめきだった。

 クミにも、周囲にも気を向けず、「でも」と美名は続ける。


「クミは帰りたがってる。この『居坂いさか』じゃない、自分が元いた世界に帰りたがってるの。もし、もしも、その手立てを知ってるなら……、魔名教の説話の中に『客人』が帰るすべがあるなら……教えて」

「……美名」


 静かに訊いた美名に、教会堂師は鼻で笑うだけだった。


「……話す気はない……か」

「美名さん、だったね……。それに、クミさん……でいいのかな」


 取りなすように声をかけてきた村長に、美名とクミは顔を向ける。


「助けになるかどうかは判らないが、『客人』は『神世かみよからの使者』と、魔名教説話では伝えられるよ」

「『神世かみよからの使者』……」

「そう。『居坂』に知識と幸福をもたらす、まれな存在。ヒトの姿でなく、ヒトの言葉を話す、尊い存在。『もしも出遭えたら、迅速に魔名教に届け報せるように』と説教の中にはある……」

「魔名教会は……『客人』を求めてる……?」

 

 クミは青の瞳と赤の瞳を、村長に据える。


「その説教では、私が帰るための……、『客人』が帰るための手段は……?」

「すまんが、『客人』についての教えは……それぐらいで……」


 せっかく教えてくれた村長に悪いと思いつつも、クミは小さく息をいた。


「フハッ」


 教会堂師が、嘲るように笑う。

 なにか話すのかと美名たちは注目するが、それ以上彼の口から言葉は出てこなかった。


「……魔名教会師なら、わしら一般の魔名教徒以上の何かを知っているのかもしれんが、この調子では……」

「『他行ほかぎょう詠唱』か……」

「美名……」

「ン? なに、クミ?」

「なにその『ほかぎょうえいしょう』って……」

「あ、ああ……」


 美名はしかめ面で、首を傾げた。


「通じない言葉なのかな? 『無理なこと』とか『ムダなこと』みたいな意味だよ」

「『居坂』の慣用句か……。文化の違いね……」


 ふたりのやりとりを見守っていたダンゲ村長が、仕切り直すように「今夜は」と言葉を挟む。


「今夜はこれ以上進展はなさそうだ。美名さんもクミさんも、捕り物で疲れたことだろう。もうお休みになったほうがいい」

「あの……、『さん』づけじゃなくていいですよ?」

「私も! あ、『ちゃん』づけされるような年でもないから、呼び捨てでね!」


 朗らかなクミの調子に、美名も、周囲の村人たちも笑いを誘われ、場になごみの空気が流れた。

 村長も笑いつつ、「ミカメ!」と、野次馬の方に目を向けながら呼び声を上げる。


「は~い、はいはい」


 教会堂の入り口、人垣の奥で声が答える。


「通して、通して、通してねっと……」

「……あ!」


 野次馬の中から顔を出したのは、美名も知る顔だった。

 今日の昼間、畑仕事の最中に美名が道を尋ねたヒ・ミカメだったのだ。


「あら! 悪徳教会堂師をとっちめたってのは、アンタだったのかい!」


 ミカメは目を丸くして、鷹揚な笑い声を上げた。

 美名もつられて、ニコリと微笑む。


「これ、ミカメ……。口が過ぎる……」


 村長はたしなめるように言うが、ミカメの笑い声に制止がかからないところからすると、この村長は普段からして威厳には程遠いのかもしれなかった。


「このミカメはわしの息子の嫁でな。すでに顔見知りであるならばよかった。少しうるさいところが玉にきずだが、よく働く、気のいい嫁だ」

「褒めてるんだか、貶してんだか」


 気のいい嫁は、舅の言葉を笑い飛ばす。


「ミカメ、ふたりを我が家に連れてってくれんか。食事と寝床の準備をしてあげなさい」

「はい」


 村長は美名と、小さなクミにゆっくりと目を遣る。


「美名、それに、クミ。この続きは明日にしましょう。明日になればロクロウ様も気が変わるかもしれん。クシャの恩人に対して供応の限りは尽くせんかもしれんが、今晩はウチで休むといい」

「ありがとうございます」

ともがらに、よい夢を」


 村長の配慮に甘えて、美名とクミはミカメに連れられ教会堂をあとにした。

 堂を出る間際、件の堂師は彼女たちに憎々し気な視線を寄越してきたが、美名の腕の中のクミは彼に対し、舌を出してやった。

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