教会堂師の話の真偽と教会堂師の真偽 5
「でんじは?」
黒毛の小さい友人にとってはどうやら会心の着想のようだが、美名には例のごとく、意味の判らない言葉である。
首を傾げる美名に、宙吊りのクミは苛立たし気に「んもう!」と叫んだ。
「火花が散って、バチってなって! 静電気よ、静電気! 美名、静電気よ、それ!」
「せいでんき……?」
「余計な事を……」
堂師は憎々し気に顔を歪めると、空中にクミを放り投げた。
そうして、空いた手を宙を舞うクミにかざす。
「ラ行・
「クミッ?!」
「寝ていろ!」
堂師の槍がクミに迫る。
美名は友人を庇おうと走り出すが――間合いは遠すぎる。
「ひゃぁっ?!」
貫かれてしまう――。
間の抜けた叫びを上げる、クミ。
「何だと?!」
だが、事態に戸惑ったのは、教会堂師の方だった。
クミの身体に触れようかというところでピタリと止まった槍。
それ自体は彼の意図した通りなのだが、その先が意図外のようだった。
「『雷光』が起きないッ?!」
そうこうしているうちに、クミは難なく地面に着地する。
「あっぶな! ネコの体は身軽でいいね!」
「くっ!」
我を取り戻した様子の教会堂師は槍を構え直す。
だが、すばしこいクミはすでに美名の許へと駆け出しており、その槍先は地面を空振った。
「美名ぁ!」
「クミ、私の後ろに!」
「うん!」
クミは、そそくさと美名の背後に回る。
友人が無事な様子をほっとして見届けると、美名は堂師へと顔を戻した。
相手は憤りのためか、身を震えさせていた。
「『
「……クミは、『
「『未名』風情で……」
堂師の広い額に、青筋が浮き上がる。
彼の怒りは頂点に達しているようだった。
「美名……」
「……ン?」
背後のクミの呼びかけに、美名は顔を教会堂師に据えたまま耳を傾ける。
彼女の友人は、「地面よ」とささやく。
「地面に触れながら、剣を拾って、ヤツに近づいて。とどめの一撃を与えるまで、ずっと地面に触り続けてて」
「地面に……? なんで?」
「アースするのよ」
まったく意味が判らなかったが、美名はこの小さな友人の助言に全幅の信を置いた。
正面を見据えたまま、無言でうなずく。
そして、次の瞬間には美名は跳び出していた。
低い姿勢を保ちつつ、突き立った「
流麗な足運びは真冬に氷が張った湖面で滑り遊びをしているかのようでもある。片手はクミの助言に従い、絶えず地面に触れながら――。
「ら、ラ行・
慌てたように、堂師が魔名術を詠唱する。
迫りくる美名に手をかざし、もう一方の手に持つ槍で突きを放った――が。
「美名! 避ける必要ないよ!」
「判ってる!」
槍先は美名を捉えない。
皮一枚程度、美名の横をかすめただけだ。
クミが叫ぶ通りで、美名には避ける必要がなかったのだ。
(コイツは『槍で突き刺す』んじゃなくて『槍先で私の体のギリギリをかすめる』ことを狙ってる! だから槍自体には殺気が込められていない! 槍術に長けているわけもない!)
「まだ『雷光』が溜まってないのかッ?!」
「嵩ね刀」まであと三歩分と言った距離。
堂師のふたたびの槍突きは、美名の頬の寸分横をすれ違うようにしてかすめていった。
だがやはり、美名には何も起こらず、接近は止まらない。
「なぜッ?!」
またも堂師は驚きの声を上げた。
この事態もまた、彼の意図通りではなかったらしい。
「こんなこと、起こるはずがない!」
「よしっ!」
そうこうしているうちに、美名は駆け抜けざま、「嵩ね刀」をその手に戻した。
刀を構え直し、そのままの速度で堂師に迫る。
「
堂師は慌てふためき、詠唱とともに「ギリギリをかすめる」突きを連発するも――。
「な、何故だッ?! なぜ『雷光』が走らない!」
堂師はただただ当惑の声を上げるばかり。
そんな相手に、美名が迫る。
深く腰を落とし、地を滑り、「嵩ね刀」を水平に構え、教会堂師をその深紅の瞳で捉えて離さない。
「今度こそ、
「この『未名』がぁッ!」
堂師は両の手で槍を持ち直すと、美名を目がけて突き出した。
その突きはこれまでのような「ギリギリをかすめる」ことを狙ったものではなく、まさしく「突き刺そう」とする勢いである。
「うぉぉぉッ!!」
カァン!
衝突の間際、美名が「嵩ね刀」を振り抜くと、甲高い音が辺りに響いた。
(ズ、ズレた?!)
対決を見守っていたクミには、美名のひと振りが空間ごと裂いてしまったかのように見えた。
だがそれも一瞬だったので、「錯覚か」と思い直す。
そして、美名の渾身の振りがもたらした目前の光景にクミは顔を輝かせた。
「や、槍が……真っ二つ!」
「嵩ね刀」の斬撃は、槍の先端から持ち手付近までを「裁ち切っていた」。
勢いのまま美名は宙に跳び出し、その身をクルリと回転させる。
まるで、月光下で舞っているかのように。
月光を鈍く反射しながら、両刃の「嵩ね刀」は弧を描き――。
「
グァン!
「……ガァッ?!」
円弧の軌跡の果てに、「嵩ね刀」の切先は教会堂師の首元に「打ち据えられた」。
(ヒトに対しては決して刃を立てることのないよう、決して殺生に及ぶことのないよう!)
美名は先生に叩きこまれた教えを思い起こしていた。
勢いをつけた「超質量の刀」。
美名は刀の刃を立てず、横腹で打ち据えたのだ。
首筋の脈道を「嵩ね刀の超質量」が瞬間的にでも襲えば、相手は失神を免れ得ない。
この度も当然、堂師は白目を剥き、口から泡沫を吹いて倒れ込んだ。
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