【完結】姫と似ているからって俺が身代わり? 残念国家に嫁いで戦争に巻き込まれた翼族の愛と戦い〜弱小国家フレーヴァング王国戦記〜

雨 杜和orアメたぬき

第1部 王族の結婚

第1章 クロード

ふたつの顔を持つ貴種



「ちくしょう!」


 叫びながら、震える手で尖った石刃物を持ち、頬にあて息を整えた。


「やるんだ、クロード、やれ! 男だろ、おまえは男だ。女じゃない!」


 ひと息に上から下へと頬を切り裂いた。


 ドクドクと流れ落ちる血。焼けるような鋭い痛み。気絶しそうだ。しかし、これで全て変わる。もう女でいる必要がない。


「クソッ、痛えぞ、クッソ、俺はバカか! アホか!」




 ラトガ辺境国に住む貧乏貴族の子、クロード・デ・ハトートレインは13歳。

 幼いころから女として生きるよう、家族に強いられてきた。


 彼は美しかったのだ。


 華奢きゃしゃで女っぽい身体つき、幼い頃は、ひ弱で成人することも危ぶまれた。しかし、誰もが振り返る目鼻立ちが整った容貌ようぼうは、女性としてなら絶世の美女にまちがいない。


「俺の身体が、細すぎるからか? 弱いからか?」

「俺なんて言葉遣いはやめなさい。いつも言っているでしょ、クロード。女として、あなたは生きるのです」と、母は頭ごなしに否定する。


 女である必要はなぜなのか。理由を聞いても、理不尽りふじんにはぐらかされるだけ。


 婿養子むこようしの父ときたら、母に味方するだけののうなしで、まったく助けにもならない。そう、世界は、クロードにとってクソでしかなかった。


「俺は俺だ」

「あなたはね、特別な貴種ってことを隠すのですよ」

「特別な貴種?」

「そうよ、クロード。あなたは男であって男でないの。その身体で騎士訓練なんてしたら、死んでしまう。それくらいは理解できるわよね」


 彼も9歳くらいまでなら、その言葉を信じていた。そんなものだと思ったのだ。今から思えば、なんとまあ、お可愛かわいらしいことか。


 13歳の夏の日に、ついに限界がきた。

 醜くなれば、女としての生きる必要はないだろう。13歳なりの知恵をしぼって、頬を切り裂いたのだ。


 痛かった。むっちゃ痛い。


 文句をたれ流し、フラフラした足取りで家に戻ると、母は血相けっそうを変えて怒鳴った。


「この愚か者が!」と、おとなしい父まで大声をあげる。

「その顔は宝よ。なんてことを」

「普通の医者じゃ無理だ。すぐに治癒ちゆ魔法を。どれだけ金がかかると思っている!」


 ハトートレイン家は貧しい。治める領地は人口にしたら100人も満たない。

 税収は年に1000万ダラールほどで、ここから数名の使用人を養い、給与を支払う必要があった。懐具合ふところぐあいは常に乏しいのだ。典型的な貧乏貴族は、みずから野良仕事をして、やっと体面を保っていた。


 最高級の治癒ちゆ魔法は高価そのもの。

 彼の治療費のために、次姉が金持ちの一般商人に嫁ぐことになったほどだ。


「あんたのせい」と、次姉は泣いた。

「あんたのせいで、わたしは貴族でさえもなくなった」


 さすがにクロードは申し訳ないと思った。


 それでも、彼はどれほど普通の男でありたかったか。

 うれいは深く、コンプレックスも大きい。だから、女言葉も使わない。他人を拒否するのは、美しすぎて、お高くとまっているからだと思われたが、それは違う。クロードは、ただ、普通でありたかったのだ。


「クロード。そんな美人が男みたいな口を使うな。もったいない」


 幼馴染で、誰にでもズケズケと踏み込んでくるカールは、会えば必ずそう言う。事情を知らない他人は勝手なものだ。


「おまえは、もったいないの意味をはき違えてんだよ。もったいないってのは、有用なのに無駄に使っている時に使う言葉だ」

「クロード、意味がわからんぞ」

「俺の顔はな、無用なのに有用に見えるってことが問題なんだ」

「ケッ、小難しいこと言ってやがらぁ。だから、嫁のもらい手がないんだな」

「大きなお世話だ。結婚して、俺に何をさせたいんだ」


 そうやって、クロードはいつしか自分の特別を受け入れた。

 それは、簡単ではなかった……、簡単ではなかったが、受け入れることで、やっと呼吸ができるようになったのだ。


 いったん受け入れれば、もともと素直なクロードは女であることに順応した。なぜ反抗したのか、20歳になった今では理由も忘れた。


 日々は、かったるいほど平凡で、これから先も、この村でずっとひとり生きていく。そう漠然と考えた。


 その夏、興奮した母に大声で呼ばれるまでの話だったが。


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る