第320話
チョロい……世界が心配になるほどにチョロい。
管理者は俺の方を見て、少し早足でやってくる。どうやら知らない人に見られているのが不慣れで嫌だったようだ。
「おはよう」
「……本当に早いな。ああ、トウノボリって呼んで大丈夫か?」
「大丈夫だよ。あー、えっと、呼ばれたはいいんだけど、見学って何をしたら……」
「適当に過ごせばいいんじゃないか? もう朝食は食べたのか? というか、そもそも食事って必要なのか?」
「必要と言えば必要だけど、なくても問題はないね。不死の回復力でどうにかなるけど、回復にもリソースは使うわけで」
シャルは不思議そうに俺と管理者のやりとりを見ながら、ペコリと頭を下げて隣の席の椅子を引いて、新しいコップに水を注ぐ。
「あ、ありがとう。シャルとは初めてだったね」
「えっ、あっ、は、はい。……ランドロスさん、主人のお知り合いの方ですか?」
見た目は若い女性ということもあってか、少し警戒しているのかシャルは俺との関係性をアピールしながら尋ねる。
「まぁ、知り合いと言えばそうだね。そんなに深い仲とか、友達ってわけでもないから安心していいよ」
「し、心配はしてないです。……えっと、見学?をするんですか? 困ったことがあったら聞いてくださいね」
「うん。ありがとう」
「とりあえず、朝食にするか」
流石に早すぎて何の準備もしていないな……。約束をしていたのは数時間前だし、まさかこんな早くに来るとは思っていなかった。
どうしたものか……。一緒に探索に行くとか気まずいだけだよな。
などと思いながら管理者にメニューを渡す。
「……読めないんだけど」
「ん? いや、文化はお前が伝えたんだろ」
「時々調整はしてるけど、こういう文字の崩れ方みたいなのまでは手の出しようがないからね。基本的に調整するのは人間の数を減らしてからだし」
「文字の崩れ方?」
「こういうのは百年もあったら変化するからいちいち対処していられないの。読めるような、読めないような……」
管理者は目を細めたりメニューを離したりして見ようとして、隣にいたシャルが助けに入る。
「あ、食べたいものとかありますか?」
「えーっと、まぁ朝だし軽くて食べやすいものを……あ、でも、固形物を食べるのは久しぶりだから量は少なめで」
「えっと……探索者の方向けなので量はどれもちょっと……頼んでみますね。サンドイッチとかでいいですか? お飲み物はいかがされますか?」
「それでいいよ。飲み物も水で大丈夫」
シャルは頷いてからパタパタと移動して注文をしに行く。多分、管理者がお腹を空かしていると思っているんだろうな。
シャルは妙に人にご飯を食べさせたがるところがあるから。まぁ、半年前までのみんな飢えていたときの反動なのだろうが。
クルルの方に目を向けて、軽く管理者のことを説明する。
「あー、察しているとは思うがさっき言ってた人だ。トウノボリ、この子はここのギルドマスターのクルル・アミラス・エミル」
「うん。よろしくね、クルル」
「えっ、あっ、は、はい。よろしくお願いします。えっと、お、お世話になっています」
「そんなに畏まらなくていいよ。こっちも今の時代の礼儀とか分からないしね」
クルルはカクカクと頷き、俺に言う。
「あ、えっと……わ、私、仕事あるからいくね。何かあったら連絡してね」
「ああ、あとで朝食を運ぶな。あと、手伝えることがあったら呼んでくれよ」
「いや……あんまりランドロスに手伝えることはないかなぁ」
「まぁ、そうだよな」
クルルは逃げるように去っていき、管理者は不思議そうに俺を見る。
「何か変なことを言ったの?」
「簡単には説明したな。まぁ、迷宮を管理してる人がいるなら、迷宮の探索は不法侵入と盗難になるのではないかと思ったんじゃないか?」
「ああ、そんなことなら別にいいのに。元々わざと登らせてるんだし」
そんな話をしているとシャルが戻ってきて、遠巻きに俺達を見ていたメレクがのしのしとやってくる。
「あれ、メレクも今日は早いな。珍しい」
「サクの奴が朝から厨房に立ちたいって言ってたから、仕方なくな。それより……」
メレクは管理者を一瞥して、呆れたように俺を見る。
「ランドロスお前……そろそろ刺されて死ぬぞ? 女遊びばかりして……街中よりむしろ迷宮の方が安全なんじゃないか?」
「いや色々とツッコミたいが、コイツとはそういう関係じゃないし、あと女遊びなんてしてないからな。全員本気だ」
「余計刺されそうなことを堂々と……」
メレクはボサボサと俺の頭を触って、管理者の方に目を向ける。
「……お前、本当に人間の女が好きだよな」
「だからコイツは違うと……。あと、別に人間が好きなんじゃないからな。多少の偏りがあるのはたまたまだ」
俺のことをなんだと思っているのか……女遊びどころか、結婚はしているがまだ経験がないぐらいである。
やってきた朝食を食べつつ、落ち着かない様子のメレクと管理者を見る。
気まずいな。それほど親しくない管理者だが、こちらから呼んでおいて無碍に扱うのは良くない。
だが……俺にはどうにかするようなコミュニケーション能力はないのでカルアの方に目を向けると、肝心のカルアは眠たそうにしていた。
こ、コイツ……いや、俺が半端なことをしているから緊張で寝不足になっているのだろうが。だが、それでも……!
「と、トランプでもするか。食べ終わったら」
俺は無言の気まずさに耐えられず何の脈絡もなく切り出した。
メレクは少し不思議そうな表情をしてから「まぁいいぞ」と頷き、管理者も微妙そうな表情で頷く。
……案外気を遣ってくれるな、この世界の黒幕的な人物。
朝食を終えて、五人で机を囲んでトランプを取り出すと、シャルはおずおずと口を開く。
「すみません。ちょっとルールとか知らないんですけど……不参加でいいですか?」
「いや、俺もだいたいうろ覚えだ。昔入った酒場でやっていたのを横目で見ていた程度だしな」
俺とシャルの話を聞いて、カルアがはぁとため息を吐く。
「何で提案したんですか……。じゃあ、簡単なババ抜きでいいですか? 運の要素が強くないと私の一人勝ちでしょうし」
「ば、ババ抜き……?」
「シャルさんの思っている意味ではないですよ。このカードのことです」
カルアは手早くカードをシャッフルをしながらゲームのルールの説明をしていき、俺とシャルも何となくわかったので頷く。
とりあえず、あの変な絵のカードを引かなければいいのか。……簡単だな。
俺は自分の前に配られたカードを取りながら魔法を発動する。新たな空間把握ならカードの絵柄も把握が可能だ。
「あ、ランドロスさん、魔法禁止ですからね。ゲームにならないですから」
「あ、おう」
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