第298話
怒られていることもあるが、それ以上にカルアを傷つけてしまったことに対する罪悪感で胸が痛い。
俺が性欲に負けたせいで……シャルの可愛いおへそを見せられて一瞬で性欲に負けたせいで……!
クルルは俺達を見て不思議そうに首を傾げる。
「ん、カルアが怒ってるなんて珍しいね。何したの?」
「何って……」
シャルとエッチなことをしようとしました。などとギルドの中で素直に言えるはずはない。目を逸らすと、シャルも目を逸らしていたことで目と目が合う。
「あっ、お土産を買ってこなかったとか?」
「いや、土産はいらないだろ。観光地でもないしここで買えるものと大差ないぞ」
「えっ、ないの? お土産」
「えっ、欲しかったのか?」
微妙に気まずい空気が流れる。
いや、あっちで売っているものはこっちでも買えるしな……。わざわざ買ってくるという発想はなかった。
クルルは若干落ち込んだ様子を見せて「いや、いいよ。うん」と口にしてからカルアに目を向ける。
「何かあったの?」
「……ランドロスさんとシャルさんに裏切られました」
「……え、あー……うん。仕事も一区切りついたから、部屋に行く?」
「ランドロスさんもシャルさんもご飯まだみたいなので食べてからの方がいいかと」
怒っているのに優しい。……シャルは小さく首を横に振る。
「い、今は食事が喉に通る気がしないので」
「俺も味がする気がしない」
それなら早めに怒られた方がいいと思いながら立ち上がろうとして、ギルドの中にいつもギルドにいるような連中がいないことに気がつく。
「あれ、メレクと師匠がいないな。珍しいが、何かあったのか?」
「メレクはサクちゃんとお買い物に行ってて、イユリは研究者の友達が出来たから遊んでくるんだって」
「何かあったわけでもないならいいか。……行くか」
怒られるために。そうしようとしたとき、俺の前にエルフの女性が立ちはだかる。
「ちょっと待ったぁ! ランド!」
「……ミエナか。どうした」
「おかえり。なんかエッチそうな気配を感じたから飛んできたよ」
そんな気配は出していないから帰ってほしい。
「というか、ミエナ……お前好きな子が出来たのに他の女をそういう目で見るんだな」
「ランドロスなら分かると思うんだけどさ……恋愛感情と性欲は別だよね」
「そうか。帰れ」
ミエナはすごすごと帰っていく。俺が誘ったとき以外働いているところとかほとんど見ないけど収入とか大丈夫なのか? アイツ。
そんなやりとりのあと、クルルに連れられて四人で自室に戻る。
リビングのソファのある部屋に入り、シャルが座る前に逃げるように「お、お茶を淹れてきますね」と移動しようとしてカルアに止められる。
「座っていていいですよ。私が用意しますので。おふたりはおつかれでしょうし」
「えっ、い、いえ……そ、そんなことは……」
俺とシャルは怒られるための都合のため隣に座り、カルアは向かいに座り、クルルはその隣に座る。ネネはいないが、そちらの方がいいだろう。
非常に気まずく気が重い空気の中、少し離れたところでカルアがお茶を淹れている音だけが響く。
「……カルア怒ってるみたいだけど、本当にふたり何をしたの?」
「いや、何って……」
俺が言い淀んでいると、シャルは俺の服の裾を摘んで俯きながら言う。
「それは……その、僕がランドロスさんをお誘いして……そのことでカルアさんは悲しんでいるんです」
「お誘い? 何をですか?」
「な、何をと言うと……そ、その……」
シャルは自分の口ではとても言えなさそうなので、気まずく思いながらも俺が答える。
「……子供を作るための行為というか、まぁ、そういうものをだな」
クルルはほんの少しムッとした表情に変わってシャルを見る。
「シャルは、私がランドロスにパンツを見せるのを禁止したりしたのに……自分はそういうことをするんだ」
「返す言葉もないです……。すみません。その……でもそれは良くないかと……」
「自分は誘ったりするのに?」
「う……。す、すみません」
わざとパンツを見せるのは良くないんじゃないだろうか。いや、俺はめちゃくちゃ嬉しいが、嬉しいけど……。
「……あ、あー、いや、その、そういう誘惑みたいなのは全員しているわけだし、シャルを責めるのは違うというか……怒られるべきなのは俺じゃないか?」
「私は怒ってるわけじゃないんだ。ただ、その……それなら私もしたいなって」
「……いや、それは…………まぁ、前向きに考えておく」
……シャルが俺を誘惑したせいで、クルルにしていた「エッチなことをしてはいけません」という縛りが効力を失ってしまった。
クルルは早速といったようにわざとらしく上着を脱いで薄着になる。
そうしているうちにカルアが戻ってきて、トンとお茶とお茶菓子を置いていく。
「お腹空いているでしょうし、どうぞ」
「えっ、あっ、えっと、ありがとうございます」
「……マスターにも前向きに考えるのに、私はずっと断るんですね。そうですね」
カルアは表情を失くしながらそう言い、俺はブンブンと首を横に振る。
「そ、そういうことじゃなくてな。覚悟を決めることが出来たというか、そういうことで……」
「へえ、そうですか」
カルアの青い瞳は冷たい視線を俺に向ける。
「す、すす、すみません。その、抜け駆けをしようとして……」
「……私、シャルさんが応援してくれていると信じてました。赤ちゃんができたら一緒に育てられるから大丈夫だって言ってくれて、安心していたんです。子育ての経験はありませんし、立場上、赤子の面倒など見ることはなかったですからね」
「そ、その気持ちに嘘はなかったんですけど……ふ、ふたりきりで寝ていたら、どうしても……その……」
カルアは首を横に振る。
「それは、いいんです。好きな人と先にするのは自分がいいというのは理解出来ます。でも、それなら最初からそうと言うべきじゃないでしょうか。自分だけ「エッチなことに興味ないですよ」みたいなフリをして、隠れて抜け駆けするのはどうかと思います。フェアじゃないです」
「そ、それは……そうです……。ずるかったです」
「……ランドロスさんも、私よりもシャルさんがいいなら最初からそう言ってほしかったです」
カルアの青い瞳が少しずつ潤みだし、慌てて首を横に振る。
「ち、違うんだ! ごめん、そういうわけじゃない!」
「……じゃあ、なんで私の誘いは断るのにシャルさんのは」
子供が出来ることへの恐怖やら、幼い女の子に手を出すことへの忌避感。
それはカルアの説得でほとんど解消されていて、最終的にまだ手を出していなかった理由は……。
「いや、だって……全員いる寝室で誘われても……乗っかれないだろ」
「何でですか?」
「いや、流石に……人に見られながらは抵抗ないか?」
いつかは互いにあらゆる姿を晒し合う間柄だとしても、初っ端から行為を見せる勇気は俺にはない。俺にはそんな勇気はなかったんだ。
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