第283話

 シャルに会いたい気持ちが抑えられそうにないので立ち上がり、一応義両親の前であることやシャルにはかっこいいと思われたいことなどから手早く服をしっかりとしたものに着替える。


 それから出ようとしたとき、扉がトントンとノックされる。


「シャル?」

「あっ、起きてたんですね」

「あ、ああ、開けるな。ご両親は……」

「いますよ?」


 この部屋に四人狭いから別の場所がいいだろうか。しかし雨の中を出歩かせるわけにもいかないし、孤児院の中は子供が多いので大切な話はしにくい。


 ……広げるか。トン、と足で地面を蹴って【空間拡大】の魔法を発動して部屋の広さを倍程度にする。少し天井が高すぎて落ち着かないので高さを戻してから、扉を開ける。


「ランドロスさん、ちゃんと寝ましたか?」

「ああ、少しはな」

「えへへ、まだ眠たそうですね。後で一緒に寝ましょうか」


 いつもなら喜んで頷く提案だが……義両親の前で言われても反応しにくい。

 シャルはそこのところがよく分かっていないというか……そもそも男女の関係を「一人だけとしかしてはいけない特に仲の良い人」という程度の認識のところがある気がする。


 性的なことは恥ずかしがるが、一緒に寝ているだけなら恥ずかしいと思っていないというか……。


 チラリと扉の奥に目を向けると、なんとも言えなさそうな表情を浮かべていた。


「どうかしましたか?」

「いや、ご両親の前でそういうことは……」

「んぅ? 一緒にねんねするだけですよ?」

「それは割と問題があるというか……。シャル、ちょっと口調子供っぽくなってないか?」


 もしかして父母と久しぶりに再開したからだろうか。いつものしっかりさんという感じが減っていて、俺に甘えるように擦り寄ってきている。

 昔、両親と一緒に暮らしていたときの感覚に戻っているのだろうか。


 これはこれで子供っぽくて可愛いなと思うが、流石に義両親の前でイチャイチャするわけにはいかず身体が固まる。


「どうしました?」

「いや、椅子とか机とか出すから少し待っていてくれ。お菓子とか食べるか?」

「ご飯食べたばかりですよ」


 手早く机や椅子を広げて両親を中に呼び込むと、彼らは不思議そうな表情を浮かべる。


「あれ? こんなに広くはなかったような……」

「ランドロスさんの魔法ですね。えへへ、すごいでしょう」


 シャルは自分のことのように自慢してからぽすんと俺の近くの椅子に座る。

 一応飲み物などを用意しながら、先程までのことを尋ねておく。


「両親とはちゃんと話せたか?」

「んぅ……ずっと、お父さんとお母さんがいなかったときのことを聞かれてただけです。質問攻めで疲れました」

「……それは仕方ないんじゃないか。心配だろうしな」

「そうかもしれないですけど……。大事な話は誤魔化されているというか」


 大事な話? と疑問に思ったがすぐにその意味に気がつく。

 俺との結婚生活の話だろう。再び処刑執行を待つ囚人のような気分になりながら……ゆっくりと席に座る。


「いや、誤魔化しているわけじゃないよ。ランドロスさんにも聞いた方がよく分かると思ってね。今はどういう風に生活しているんだい?」


 普段なら言外の意図を探ろうとするはずのシャルも親に甘えている気分なのか、なんかフニャフニャとした表情で俺にひっついていた。


 ……この子、完全に気が抜けて甘えきっているな。いつものしっかりとした様子は完全になくなっていて、なんかフニャフニャである。


 これはこれで甘えてくる猫みたいで可愛いなぁと思って頰が緩みそうになり、撫でようとした時にシャルの父が「おほん」と咳き込んだことで手が止まる。


 ……ああ、うん。シャルはこんな調子であるが、今は責められるべきときだったな。


「えっと、今の生活ですよね。迷宮国にある、迷宮鼠というギルド……迷宮を探索する人の互助組織に所属していまして、そこの寮で生活していますね」

「寮というと……ここの孤児院のような形かな?」

「いえ、平家が何軒も上に重なっているような高層の集合住宅です。ちょっと高いところにお部屋があるので階段を登るのが辛いですけど、お部屋の中は普通の家と同じだと思います」


 シャルは俺の入れた水に口をつけてから、こちらの方を見てニコニコとした笑みを浮かべる。


「そこで僕とランドロスさんと、カルアさんとクルルさんと……あとネネさんで住んでいますね」

「……ええと、その方達は」

「僕の家族ですよ。えっと、クルルさんとネネさんはまだ結婚してはいないですけど」


 嬉しそうに話すシャルとは対照的に、ふたりは非常に微妙そうな表情を浮かべる。まあ、うん、そうだよな。


「どんな人たちなんですか?」


 と、シャルの母が尋ねる。シャルに似て少し小柄な女性で、戦争帰りとは思えないほど柔らかい雰囲気を纏っている人だ。


「えっと、カルアさんは綺麗で賢くてお茶目な人ですね。とても素敵な人ですよ。……少しお金の無駄遣いが多かったり、奇行が目立ちますが」

「奇行……おいくつぐらいなんですか?」

「僕の二つ歳上で13歳です」

「…………13」


 両親が俺を見る目が厳しいものになる。いや、違うんだ。ロリコンではないんだ。幼いからシャルのことを好きになったわけでは……。


「クルルさんは、可愛らしくて優しい人です。そのギルドの長もやっていて、みんなの頼れるお姉ちゃんって感じです。……ちょっと変わった癖がありますが」


 俺に見せる趣味のことだけは言わないでくれ。マジで、それはやめてほしい。


「癖? その方は……」

「僕と同い年ですよ」


 両親の目が完全性犯罪者を見るものに変わる。シャルはそれに気が付かずに話していく。


「ネネさんは、責任感が強くて努力家さんです。ちょっと照れ屋さんで口がすぎるところもありますが、いい人ですよ」


 俺との会話は九割方罵倒だけどな。


「……その方は」

「えっと……ランドロスさんと同じぐらいですよね」

「ああ、俺の一つ上だな」


 若干ホッとした表情と微妙な表情を混ぜたような顔が俺に向けられる。ただの女好きと思われているらしい。


「……シャルはそれでいいのかい?」

「お嫁さんが他にもいることですか? ……んぅ、もちろん独り占めはしたいですけど、事情もありますから」


 シャルは諦めたような表情をしながら小さく白い手でツンツンと俺の頬を突いた。

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