第279話
俺と父親の両方からご飯を食べてくるように勧められたシャルは不満そうに唇を尖らせる。
「……僕の話なのに僕抜きでしようとしてますよね」
「い、いや、そんなことはない。でも、夜中の間ずっと起きていたわけだし、腹も空いてるだろうと」
「ずっと起きていたのはランドロスさんもですよね? 一緒に食べに行きますか?」
流石にシャルの前で思いっきり謝ったりすることは出来ない。俺のプライドの問題ではなく、シャルが止めて余計に話が拗れてしまいそうだからだ。
どうしようかと思っていると、シャルの父親が微動だにせず真顔で俺を見ていた。
「…………ランドロスさん、私達がここに来た時間は十二時を過ぎていたと思いますが、君と娘は起きていましたね」
真顔のまま父親は言う。
秋の朝方という冷える時間帯だと言うのに、ダラダラと冷や汗が流れ出てくる。
「い、いや、何も、何もやましいことは……」
「まだ何も聞いていませんが」
疑われている。
これは、間違いなくシャルに変なことをしていたのではないかと疑われてしまっている。
そりゃそうだ。あんな夜中まで、ひとつのベッドしかない部屋で男女が同衾して起きていたら、そういうことをしていたと思われても仕方ない。
事実としてお尻を揉んだり、覆い被さってキスをしたりと性的な行為をしてしまっていた。
「た、たまたま目が覚めてしまって……」
「へえ、たまたまですか」
父親の目は完全に、幼い娘にいやらしいことをしでかしている変態を見る目に変わっていた。いや、まぁ実際そうだが……そうなんだが……!!
シャルに擁護してもらおうと思ってそちらに目を向けると、幼く可愛らしい顔が赤くなって俯かれる。
いや、その反応はまずい。そりゃ、肉親に対してそういう行為をしていたことがバレそうになるのは恥ずかしいだろうが、今はまずい。
シャルの父親はシャルとは別の意味で顔を赤くしてあからさまに怒りを俺に向けていた。
「へ、変なことは、してないですよ?」
シャルが赤らんだ顔のままそう言うが、明らかに変なことをしている表情である。まぁ、シャルの方は最後までする覚悟だったもんな。そういう反応にもなるよな。
というか、シャルの両親も両親でタイミングが悪い。深夜に来るなよ。いくら早く娘に会いたいからといって常識的に……。
と、責任転嫁しようと思ったが、よく考えたら毎日何度もキスをしているのでいつ来られても、キスをした直後に再会してシャルが照れてしまうという状況は避けられないか。
シャルの父親はジッと俺の顔を見つめる。
「……ランドロスさん、少し話が」
「…………はい」
死刑執行を待つ罪人の気分である。
シャルは出ていこうとしないが父親に「お母さんを呼んできてくれないか」と言われて、シャルは仕方なさそうにトテトテと部屋から出て行く。
扉が閉まり、今すぐにでも土下座をすべきかと考えているとシャルの父親が間を開けずに口を開く。
「……あの子は、シャルはまだ子供です」
「……はい」
「親としてどうこうと言える立場ではないでしょう。何年も孤児院に置いてけぼりにしていますし、寂しい思いをさせて来ています。私も、妻も、良い親とは到底言えず、その私たちが不出来な親である故の寂しさをランドロスさんが埋めてくれたのだろうと思います」
一呼吸おいて、一切のブレのない真っ直ぐな目を俺に向ける。シャルに似た……一切引くつもりはない強い視線だ。
それを向けられたことで息がしにくくなる。自分よりも遥かに弱いはずなのに、気圧される。
「娘と別れていただけませんか」
「それは出来ません」
俺がすぐさま答えると、彼は苦笑いを浮かべる。
「まぁそうなりますよね」
「正直なところ、後ろめたいことが多すぎて顔向け出来ないですが……」
「何かあるんですか? ……あまり時間もありませんし、娘が来る前に言いにくいことは話しておきたいんですが」
まぁ確かに、シャルは話に参加したがっているので今のうちにしておくしかないか。シャルの父親の目を見てから、思いっきり頭を下げてそのまま地面に倒れ込むように土下座する。
「申し訳ございませんっ!」
「え、ええ!? そ、そんな激しく謝るなんて、な、何をやらかしたんですか!? 娘に!?」
シャルの父親は俺の様子を見て怒りと困惑を混ぜたような声を上げる。一応、頭を鈍器のようなもので殴られても大丈夫なように回復薬を空間魔法で飲む準備をしながら少し埃っぽい床に額をくっつける。
「……つ、妻があとひとりと……その予定の女性がふたりいまして……」
父親からの返答はない。絶句しているのか、理解が及んでいないのか、あるいは武器を用意して振り上げているのか、頭を地面に付けているせいでどういう状況か分からない。
とりあえず、突然後頭部が割られても意識を保てるように……などと考えていると、扉がガチャリと開く。
「ランドロスの旦那ぁ、雨降ってますが今日帰りますか? って、あれ? どなたで?」
不快な声が響き扉が閉じる。
「や、厄介な状況で厄介な奴が……」
思わず土下座したまま顔を上げると、商人は俺を見下ろしながら部屋にあった椅子をヨタヨタと運んで俺の前に置いてそこに腰掛ける。
「何しているんだ?」
「いえ、ちょっと愉悦を感じてみようかと」
……めちゃくちゃ殴りたいが、シャルの父親の前でそんなことが出来るはずもない。
シャルの父親は突然やってきてふざけたことをやらかしている商人にドン引きした様子で一歩下がっていた。
「え、ええっと、この方は……」
「ああ、アタシですかい。アタシは一応ランドロスの旦那と二人でこの孤児院の出資をさせてもらっているケチな商人ですが……ええっと、オタクは?」
「私はこの孤児院でお世話になっていたシャルの父でして……お世話になっております」
シャルの父親は深々と頭を下げる。俺と父親のふたりから頭を下げられているような状況になっている商人は満足そうに頷き「これが愉悦ってやつですか……」などと口にする。
いや、俺が謝ってるのはシャルの父親にだからな。
商人はふむふむと頷いてから俺の頭の上にカバンを置く。
「状況を推測するに、シャルさんのご両親が生きて帰ってきて、娘に手を出したことや他にも何人もたらし込んでいることで謝っている感じですか?」
「それが分かってるならさっさと出て行けよ」
「いや、まぁそうですね。では」
本当に出て行くのかよ……。いや、まぁ気まずいからそっちの方が助かるが……。そう思っていると、シャルの父親が戸惑った様子を見せながら俺に「頭を上げてください」と言うが、上げられるはずもない。
俺が頭を下げたままなのを見て諦めたのか、ゆっくりと俺に質問をする。
「共同で出資している……というのは?」
「ええっと……教会が孤児院に寄付で集めた予算を回さなくなったのはご存知ですか?」
シャルの父親は目を開き、信じられないものを聞いたかのように瞬きをする。……まぁ、ついこの間まで従軍していたなら、教会の関係者でも知らなくても仕方ないか。
……とりあえず、俺とシャルとの関係にも関わってくるので話はしようか。
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