第278話
俺が共感と同情心をシャルの父親に向けていると、彼はそういうことには慣れていたのか仕切り直すように「おほん」と口にしてからシャルを見る。
「今さっき、勇者だとか魔王だとか聞こえたけど……」
「あ、はい。ランドロスさんは、勇者パーティというものの一員として参加していたそうです」
怪訝そうな表情……というか、明らかに疑っている。いやむしろ「娘を騙しやがったなコイツ」という視線を俺に向けていた。
「あ、あー、私はランドロスさんとお話があるから、シャルはちょっとお母さんのところに行ってきなさい」
「僕も一緒に説明しますよ? ランドロスさんは説明とか下手ですし……。あっ、ランドロスさんは僕の旦那さんでして」
シャルの言葉をうんうんと聞きながらも、シャルの父親は詐欺師を見る目で俺を見ていた。
まぁこんな胡散臭い半魔族が勇者と共に魔王を倒したなんて言ったら疑われるよな。最後まで仲間という雰囲気でもなかったし、最終的には刺されたしな。
「……あれ? もしかしてランドロスさんのことを疑ってます?」
「いや、疑ってないよ」
棒読みである。
誤魔化そうとしている様子の父親に、シャルは再び不満げな表情を浮かべる。
「本当ですよ。勇者さんにも会いましたしね」
シャルの父親の目線がより厳しいものになる。
おそらく彼の頭の中の俺は、幼い娘に嘘の経歴を騙って、それどころか他の人を巻き込んで勇者の演技をさせることで騙し込もうとしている悪党になっているのだろう。
いや、まぁ普通はそう思うよな。
普通に考えて、孤児院に預けていた十歳やそこらの娘にそんな英雄のような経歴の男が言い寄ってきている可能性よりも、しょうもない小悪党が嘘を吐いて気を引こうとしてる可能性の方が高いもんな。
実際、勇者の仲間だったと嘘を吐いて女の気を引こうとするやつなんて腐るほどいるだろうし、そんな連中の一人だと思う方が自然である。むしろそれが本当の方が問題だ。
俺は世間に周知されていない存在だったから良かったが、英雄のひとりが当時8歳の幼女に一目惚れをしたとなったらそちらの方がよほど大きな問題である。
微妙な気まずさから目を逸らすと、シャルは父親にプンスカと怒る。
「信じてないですね」
「信じているよ」
「本当なんですからね。実際、今お世話になっているギルドに聖剣がありますから」
「そうだな。わかってる」
「絶対分かってないですっ! 昨日、他の勇者パーティの人も来ましたしっ!」
「いや、うん……疑ってないよ。じゃあその人は今もギルドというところにいるのかな?」
「いえ、僕が追い返したのでいないと思います」
シャルの言葉を聞いた父親は微妙そうな表情を浮かべ、シャルはそれを見てまたプンスカと怒った表情に変わる。
「……ランドロスさん、何か証拠になるようなものとか持ってないですか?」
証拠……と言ってもな。基本的に魔王戦でそれまでの武器は使い切ったし、金銭的に価値があるものは勇者達に奪われたし……。
「……魔王の剣とか、あとは神の剣と呼ばれるものならあるが……」
あとは勇者の作った炭のようなクッキーしかない。
「……ああ、いや、物は今出せるようなものではないが、証拠というか……これぐらいなら」
両手が見えるように軽く広げてから、右手に剣を出して左手に雷を発生させる。
シャルの親は俺の行動に一瞬だけ警戒した様子を見せたあと、すぐに警戒を解いて俺の使った魔法を見る。
右手に持っている剣を槍や斧などに変えてみせ、それから魔法を解く。
「希少魔法である空間魔法と雷の魔法です。勇者パーティの証拠にはなりませんが、生半可ではない証拠にはなるかと」
空間魔法で濡れたハンカチを取り出してシャルに手渡す。父親は驚いた表情を浮かべて、目をパチパチと瞬かせる。
「……本当なのか?」
「だから本当ですって」
「……つまり、シャルの旦那は国を救った英雄のひとり……と。……シャル、さっき勇者の仲間を追い返したとか言ってなかったか?」
「えっ、あっ、はい。昨日追い返しましたね」
そりゃな、そうだよな。自分の娘が英雄を追い返したりしてたら驚くよな。
うん、分かる。やっぱりシャルはちょっと変わったところがあるよな精神的に強すぎるというか……。
「ランドロスさん以外の勇者さんの仲間たちはそんなにいい人じゃないですから」
「え、ええ……。どうしようランドロスさん、めちゃくちゃ混乱してるんですが……」
「……ま、まぁ、別にそれで問題が発生したりはしないので大丈夫ですよ」
少し仕切り直そうと軽く咳き込むと、シャルがハンカチで顔を拭いながら俺に言う。
「座らないんですか?」
「……いや、今座れる状況じゃないだろ……。結婚を認めてもらわないとダメなのにそんな適当にするわけには」
「認めてもらうも何も、もう結婚はしていますよね」
「いや、それはそうなんだが、常識的にな……」
シャルは本気で言っているらしく、不思議そうにこてりと首を傾げる。
ああ、どうも反対をされるということをあまり考えていないというか……当然受け入れてもらえるものだと考えているらしい。
もしかしたら、院長には厳しく育てられていたが、両親には案外甘やかされていたのかもしれない。
「……いや、大切な一人娘だからな。普通に戦争から帰ってきたら結婚していたら驚くし……唆した男には怒りも湧くだろう」
「んぅ……でも、ランドロスさんはいい人ですよ?」
「突然年相応の子供っぽいことを言うな……。とにかくな、俺は今から媚を売りまくって愛想を振りまいて認めてもらうから、大人しくしておいてくれ。あ、朝食食べてきたらどうだ?」
「媚を売りまくるって自分で言っちゃダメなんじゃないですか?」
「……シャルと話したせいで気が抜けた」
とにかく、誠実に話して認めてもらうしかない。他に嫁がひとりと嫁予定が二人いるけど……誠実に話して認めてもらうしか……。
…………どうしよう、無理な気がしてきた。
そもそも、親に挨拶みたいなことをすること自体、全然考えていなかった。
結婚当時はシャルの両親も生きている可能性はあるけれど低いと思っていたし、カルアはその存在を隠す必要があるので挨拶なんてあり得ない、クルルの両親は亡くなっている、ネネの両親もおそらくは亡くなっているか一生会うことがないかだろう。
なんだかんだと全員天涯孤独の身であったから、一夫多妻のハーレム、しかもそのうち三人が子供という道徳的に問題がありまくることが許されていたわけで……。
…………とりあえず、土下座をして謝ろう。
「シャル、お父さんはこの人と話しておくから、朝食を食べてきなさい」
「えっ、あっ、でも、早めに出ないと帰るのが遅くなっちゃいますから」
「帰るのが遅くなるって……」
シャルの父親が俺の方を見る。
シャルが昔住んでいた家と、俺と住んでいる寮の部屋、どちらを帰る場所だと思っているのか……。シャルの父親はそれを察したのだろう。
「……シャル、雨も降ってきているから、今日は帰れないから大丈夫だ。帰るのは明日にしよう。……ちゃんと話はしないとダメだしな」
まぁ……話というか、謝罪だが。
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