第268話
やられた完全に騙された……ため息を吐いて頭を掻くと、シャルが不思議そうにこてりと首を傾げて俺の持っている手紙を覗き込む。
「あれ、カルアさんの文字ですね。お手紙ですか?」
「……大した内容でもないからほっといてくれ」
「……なんで隠すんです。もしかして恋文ですか?」
「いや、別に隠してるわけじゃ……。そもそも結婚していてずっと一緒にいるのにそんなわけないだろ」
「んぅ……でも貰えたら嬉しいですし、可能性はあるかと……別にヤキモチを妬いているわけではありませんが」
「普通に意味のない内容だって、隠したわけでもない。ほら」
シャルにカルアからの手紙を渡すと、シャルがそれを読んで不思議そうに首を傾げる。
「暗号か何かですか?」
「いや、そういうわけじゃない。単に意味のない手紙だ」
シャルの手から手紙を回収して、空間魔法で片付ける。
まぁ……このタイミングを逃すとシャルの親の安否を確かめる余裕がないから正解なのかもしれないな。
今更戻るとカルアに怒られてしまいそうなので諦めるか。
どうせ戻っても、クルルは仕事でカルアは勉強、ネネは悪口ばかりで構ってはもらえないだろうしな。
シャルは落ち着かない様子で、自分の旅用の厚手のズボンの布地をギュッと握って、俺が見ていることに気がついて「えへへ」と笑う。
無理をしている……ということぐらい少し見れば分かった。
久しぶりに自分の元々住んでいて大切にしていた人達のところに戻る。それに加えて俺との結婚の報告や、父母の安否を確かめる……と、まぁ……いいことも悪いことも、不安なことも楽しみなことも大きすぎて受け止めきれていないのだろう。
シャルの身体を軽く抱き寄せて、俺とカルアが二人とも入るような布を取り出して掛ける。
「……俺がいる」
「えっあっ……えへへ、はい」
シャルは布の中でモゾモゾと動いて俺の手を握り、ほんの少しだけ張り詰めていた表情を緩ませる。
少し安心しながら、不安が和らぐように取り留めのない話をすることにした。
「あー、恋文ってもらったら嬉しいのか?」
「えっ、あっ、ん、んぅ……もらったことはありませんが好きな人からいただけたら、嬉しいのではないでしょうか。ランドロスさんは、色んな女の子から好かれていますけど、もらったことはないんですか?」
「ないな。そうか、嬉しいなら、書いてみてもいいか」
「えっ、誰にですか?」
「……シャルに」
シャルは一瞬だけキョトンとした表情を浮かべて、それから幼い顔を真っ赤に染め上げる。
「……へ? あっ、えっと、その……じゃ、じゃあ、僕もランドロスさんに書きますね。その、恋文というか、ラブレターを……」
少し不思議だが、お互いに恋文を書き合うという話になり、なんとなく照れながら見つめ合っていると、前に座っていた商人がゆっくりと口を開く。
「……アタシも書きましょうか?」
「なんでだよ」
「いえ、なんかそういう小ボケを挟む空気なのかと思いまして。気遣い出来るタイプの商人なので」
「いらないからな。気遣いも小ボケもラブレターも」
「ええっ、じゃあ私は何をして時間を潰せばいいというんですか。旦那をからかうのが何よりも楽しみだというのに」
悪趣味すぎる。
まぁ商人はどうでもいいとして、シャルに渡す手紙の文面を考えるか。……よく考えてみると、恋文なんてどうやって書けばいいのか分からない。それに改めて細かく言葉にするというのは……妙に気恥ずかしい。
シャルが不安がっているのを少しでも誤魔化してやりたくて口にしたが、早計だったか。
伝えたいことはたくさんある。俺がシャルをどれだけ好きか、出会ってどれだけ救われたか、どんなに守ってやりたいと思っているか。
シャルに紙とペンとインクを渡して、俺も同じものを手に持つ。
たくさん伝えたいことはあるのに……いざ言葉にしてみようとすると思い浮かばない。
シャルの方に目を向けると、シャルは気恥ずかしそうにもじもじとしながら自分の書いていた紙を顔に近づけて隠す。
「ま、まだ覗かないでくださいよ」
「分かってる。……手紙の書き方とか分からないから、どうしたらいいか分からなくてな」
「僕もちゃんとした形式では書いてないですよ」
「……そうか。まぁ……思ったことを書くしかないよな」
元々、やっと書けるようになったばかりの文字が、不安的な馬車の中で揺れてより汚くなってしまう。
おかしな言葉遣いをしていたり、変な表現が出てきてしまったり、単調に月並みな言葉ばかりになったり、何度も繰り返し書き直していると、シャルの方は書き終わったのか俺の方を見て嬉しそうに笑っていた。
「わ、悪い。少し待っていてくれ」
「ゆっくりでいいですよ。何度書き直してもいいです」
「……ああ」
何度も何度も書き直しているおかげで揺れている中で文字を書くのも慣れてきて、伝えたいことも少しずつまとまってくる。
ゆっくりと、頭の中で紡いでいく言葉を紙に書き出していく。
『 初めて会った日のことを貴女はどれほど覚えているでしょうか。貴女にとっては沢山ある人助けのうちのひとつだったのかもしれませんが、私にとってはそれは何よりもありがたく、嬉しく、美しく尊いものでした。
貴女と初めて会ってから、全てのものが変わったように思います。
太陽の熱さ知っていても暖かさは知らない。風の冷たさは知っていても涼しさは知らない。果実のえぐみや苦味は知っていても甘味は知らない。夜の暗さは知っていても月星の安らぎは知らない。人生の苦しさは知っていても楽しさは知らない。世界の醜さは知っていても美しさは知らない。人を知っていても、人を知らない。
貴女の手を握って、熱が暖かさに変わり、冷たさが涼しさに変わり。あらゆるものの姿が変わっていきました。
それでも辛かったこともあります。苦しかったこともあります。けれどもそれは辛いだけでも苦しいだけでもなく、ほんのひとかけらの希望というものがありました。
浅学で稚拙な私の言葉では到底表現しきれないような、強く複雑で重く大きい気持ちがあります。
おそらく、これから毎日のように口にすると思います。しつこく、クドく、繰り返しに何度も言い続けることでしょうが、嫌な顔をせずに苦笑をして聞き流していただけると幸いです。
貴女が好きです。貴女を愛しています。
救ってくれて、出会ってくれて、隣にいてくれて、結婚してくれて、愛してくれて、ありがとうございます。
これからもどうか、私の隣にいてください。』
ふぅ……と、書き終えて顔を上げた瞬間……顔を耳まで真っ赤にしたシャルが見える。
……もしかして、覗き込まれていた?
……この、死ぬほど恥ずかしい内容を、目の前で書いているところを……?
えっ、死にたい。
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