第266話
◇◆◇◆◇◆◇
無事に夢の中の世界に来られたらしく、不機嫌そうな魔王が俺を睨んでいた。
「……親切おじさん」
「親切おじさんではない。……何か用か」
「いや、修行というか、稽古を頼もうかと思ってな。俺の相手になる奴はあまりいないし、一番相手として良さそうなミエナとメレクは頼れないからな」
「……あのな、おかしいとは思わないか。ランドロス。この前、完全に存在が消える風にしていただろう」
いや、俺の記憶に混ざっているなら消えるとか消えないとかはないだろう。幽霊でもないんだから成仏をするわけでもないし。
周りを見渡すと、今度は珍しく俺の知っている場所、迷宮国の闘技大会の会場だ。
「……ランドロス、お前、今の自分がどの程度強いと思っている?」
「ん? まぁ……雷で一番の弱点だった攻撃力も補えているしな。人類という括りの中なら、おおよそ負けることはないと思うが……」
俺の答えを聞いた魔王はフッと鼻で笑う。
「まぁ、魔王あるいは勇者という特殊な存在の中だと、お前は平均よりも少し下ぐらいの強さだろう」
「……シユウよりかは遥かに強いと思うが、あとシルガよりも。お前とは同程度だろうが」
まずは準備運動とばかりに魔王は剣をどこからか取り出して、俺もそれに合わせて空間魔法で剣を取り出す。
「あの勇者はかなり特殊な例だ。聖剣の選定基準はあくまでも「結果的に魔王を殺せる人物」だからな。基本的には正面から勝てる奴を選ぶが、あまりにも該当者がいなければ、あの勇者のように人を利用することで結果的に魔王を殺せるものが選ばれる」
「……まるで未来を予知しているような話だな」
「逆だ。未来が過去を決めているんだ。が、まぁそういう話をお前にしても仕方ないか」
探るように剣と剣をぶつけ合わせる。
明らかに手を抜いている……というよりも単に戦いではなくその稽古でしかない動きだ。
まぁ話しながら出来る準備運動程度だな。
「救世主の小娘が「どんな人物が魔王になろうとも殺せる」と聖剣に判断されているのも、ランドロス、お前があってのものだろう」
「……まぁ、カルアが勇者として戦うなら俺も参戦するが」
「だが……お前はあの小娘のように「どんな人物が魔王になろうとも殺せる」とは聖剣に判断されていない。どちらに主導権があるかの違いだろうな」
「……まぁ、カルアがリーダーをやった方が上手くいくだろうな」
金属が鳴り響く。
魔王の動きは徐々に巧みなものに変わっていく。大した速さの剣ではなく、最初とほとんど変わらない剣速だというのに異様にやりづらい。
「まぁ、そういうことだ。お前の実力は「魔王化した奴によっては実力では勝てない」程度のものということだ」
「……そうか」
「弱くはない。お前は不完全だからか上手くいっていないが……魔王になると、今のように過去の魔王の記憶がある程度受け継がれる。おおよそ60名ほどだが……お前の現在の強さは40番目ぐらいだろう。まぁ、不死が受け継がれていない分だがな」
そのやりにくさは歩法にあることに気がつく。揺れやブレが少なく、予備動作がなく、急に姿がブレる。
通常の移動に加えて、謎の滑るような歩法。あの戦いの時にはなかった技だが……足場の問題か。あの時は俺の壊れた武器で足場が悪かったから使えなかったのだろう。
「強くなりたい、と、思うのならば、力ぐらいは貸してやろう。だがな、ランドロス」
「……なんだ」
「強くなるには時間がかかる。安易な方法では何も上手くいかないだろう。……お前がナニカと戦うつもりなら、おそらくは間に合わないだろう」
「……戦うつもりはない。嫁が嫌がるしな。だが、強くなるには越したことはないだろう」
管理者から俺を守ってくれたカルア、グランから俺を庇ってくれたシャル、そのどちらもが嫌がるであろうことをするつもりはない。
そんな風に考えていた俺の剣が上に弾き飛ばされる。
「偽るな。ランドロス」
「……予感はある。口の中に苦い味が残り続けている。……きっと俺は、逃げられない」
いつかくるのだろうという、確かな感覚があった。
勘というには確信があり、予測というには理屈に欠ける。
だが……だから、今のうちに強くなっておく必要があるだろう。
魔王は微かに口元を歪めて口角を上げる。
「……まぁ、まずは紅雷の基本からだな」
◇◆◇◆◇◆◇
目が覚めてボリボリと頭をかきながら隣に寝ているカルアの寝顔を見て頰を緩ませる。可愛い。
自分から言っておいてなんだが……こんな可愛い子と寝ていておっさんの夢を見るのはどうなんだろう。
めちゃくちゃもったいないことをしている気がする。もう反対側を見ると白い脚が目に入った。
見覚えのある……というかシャルの足である。寝る前に俺の隣に座っていたが、おそらく寝ている俺たちを見ていたら眠くなってそのまま寝てしまってこの体勢なのだろう。
シャルの足、スベスベで白くて可愛いな……と考え見惚れる。
……足をまじまじと見る機会なんてないのでこのまま観察していようか……。そう思っていると、背後に視線を感じる。
「……ランドロスさん」
「いや、これは、俺は悪くない……というか、別にそんなに悪いことしてないだろ」
「……いや、単に起きたので声をかけただけですけど。まぁ……他の女の子に見惚れているのは面白くないですが」
カルアはそう言いながらぴたりと背中に張り付いて、アピールをするように、少し膨らんでいる胸を俺の背中にふにふにと押し当てる。
宣言通りの、俺の理性を削りにくる誘惑だ。
逃げるようにシャルの方に身体を寄せると、カルアもモゾモゾと動いて再び俺の背中に胸を押し当てる。
……心が折れそうである。
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