第262話

「……本当に好き勝手なことを言うな。グラン」

「俺のためということではなく、より多くの人間にとって必要なことだ。報酬なら出す」

「報酬ってな、前みたいに殺されたら意味ないだろ。お前、本当に馬鹿だな。自分が信用されていないってことぐらいはシユウでさえ理解していたぞ」


 誰がやるか。そう吐き捨てながらグランをシッシッと追い払おうとするも、立ち上がるような様子はない。

 少し苛立っていると、グランが首を横に振る。


「先払いならどうだ」


 俺が苛立ち少し強めに言おうとした瞬間、俺の後ろから少女が怒る声が聞こえてきた。


「帰ってください」


 珍しく怒気の混ざった声色に驚いて、言おうとしていた言葉を忘れてしまう。

 振り返ると、クルルに止められながらもこちらに歩いて来ているシャルが見える。


「……君は?」

「ランドロスさんの妻です。お帰りください」


 グランは驚いたような表情を俺へと向ける。

 まぁ、普通は驚くか信じないだろう。


 怒った様子のシャルを背中に隠しながら、驚いた表情を隠そうとしながらも隠しきれていないグランに向かって頷く。


「間違いないことだ。守らなければならない人もいる。以前のような自分の命を削りながら戦うなんてことはもう出来ない。お前の願いを聞いてやる気もなければ、聞いてやれる力もない」

「……お前、そういう趣味だったんだな」

「それはどうでもいいだろ。とにかく、俺はもう何もしてやるつもりはない。家族の方が大切だ」


 数秒の沈黙、グランは俺を見て、それから俺の背中にいるシャルを見つめる。


「……まぁ、元々簡単に説得出来ると思ってはいない」

「……あまりクドイようだと、斬るぞ」

「いや、朝食を注文したんだ。それを食うまでは待っていてくれ」

「……お前な、自分達で殺そうとした奴の前でよくそんなことが出来るな」


 シャルが怯えながらも俺を庇おうとしており、無理をしているのは見ていて明らかだった。

 俺からすれば、それはグランを今すぐ追い出すのには充分な理由で、一歩前に出てグランを睨む。


「お前、俺との実力差をまだ理解出来ていないのか? 俺と戦って何秒保てるつもりだ」

「……分かった。出ていく。まぁ、三秒も保たねえよ」

「自惚れているな。それとも見栄か?」

「……分かっている。大して強くないから今困っているわけだしな。言っている通り出ていく、だが……何かしら対抗策を見つける必要がある。人でも技術でも。しばらくはこの国に滞在するだろうが、それは許せよ」

「……顔を見せるな」

「先に見つけたら避けるようにはする。じゃあな」


 グランは納得をしたわけではないだろうが、俺と戦うのは避けたいと考えたらしくゆっくりと立ち上がって俺から目を離すことはせずにギルドから出ていく。


 そのすぐ後に厨房の方からサクさんが料理を持って出てきて首を傾げる。


「あれ? 大きな鎧の人いなかった?」

「……あ、えっと……用が済んだので帰りました」

「あ、そうなんだ……どうしよう、ご飯」

「俺が払っておく。……誰か腹が減ってる奴にでも渡してくれ」


 朝っぱらから、二度と会うことはないと思っていた不快な顔を見て嫌な気分になった。

 シャルも大男に向かって怒るのには勇気が必要だったのか、いなくなって気が抜けたからか足元をガクガクとさせていた。


 俺のために頑張って言ってくれたのだろう。軽く肩を寄せて頭を撫でる。


「さ、サクさんの前ですから……」

「足、震えているぞ。とりあえず座るか」


 先程の場所から少し離れた場所に三人で座り、シャルは少し申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません。差し出がましい真似をしました」

「いや、悪い。不安に思わせたうえに、無理をさせた。もっとしっかりしておくべきだったな」


 隣に座ったシャルの手を握り、その冷えた指先を包むようにして温める。

 ……普通に、自分の数倍の体重があるであろう大男にあんな風に言ったりは出来ないよな。本当に優しくて強い子だ。


「……シャル、安心してくれ。俺はシャルから離れることはないし、絶対に守るから」

「し、知ってます。でも、僕もランドロスさんのことを守りますからね。その、強いのも知っていますが、弱いのも知ってます。……大丈夫ですか?」

「……じゃあ、大丈夫じゃないから、もう少し手を繋がせてくれ」

「ん、も、もう……ランドロスさんったら」


 ギュッと両手を重ね合わせていると、クルルが俺達を見て不満そうな表情をする。いや、そんな目で見られても、ギルドでクルルとイチャイチャするわけにはいかないしな。


 指先を絡ませあっていると、不意に後ろから声をかけられる。


「あ、あのー、注文聞いてもいい?」

「あ、す、すみません。サクさん、えっと、僕はいつものパンとサラダを……。ランドロスさんにはお酒を」

「なんで酒……。朝からは飲まないからな」

「カルアさんに、ランドロスさんが無理をしないようにお酒を飲ませて潰しておけという指令を受けていまして」

「……シャルが不安がっているのに出かけられるほど図太くはないからな。今日は素直に諦める」


 ギルドの中で情報を集めるぐらいにしておくつもりだ。


「というか、朝から酒を飲む男なんか嫌だろ」

「僕は別にいいですよ? お金ならカルアさんと二人で頑張って稼ぐので、ランドロスさんは無理をせずにゆっくりとしていてくだされば」

「いや、それはどうなんだ……男として、そんなカルアのような真似は……」

「……ヒモのことをカルアのような真似って呼ぶのはやめようよ」


 まぁとにかく、朝から酒はダメだ。そう思っていると、隣の席から酒の匂いがしてくる。

 隣を見てみるとミエナが机の上に酒瓶を並べて飲んだくれたいた。


 朝帰りをしたのか、外行きの少しいつものものより小洒落た服を着ていて、これでもかと言うぐらい酔っ払って、半分服をはだけさせながら酒を煽っていた。


「……ほら、シャル、俺がああいうことをしていたら嫌だろ?」

「ちょ、ちょっと、ミエナさんっ、はしたないですよっ!」


 シャルは急いで立ち上がってミエナの元に向かって服を直しに行く。

 俺とクルルはサクさんに料理を注文してから尋ねる。


「体調は大丈夫なのか? ……無理をしない方がいいと思うが……」

「動かない方がしんどいの。ありがとう。……ミエナ、大丈夫かな?」

「ミエナの奇行はいつものことだしなぁ」


 正直、どうせにキミカに言い寄ってフラれたとかだろうから関わる必要はないな。……などと思っていると、シャルが心配そうに水を飲ませているのを見て、少し嫉妬でイラッとしてしまったのでその場に行って、シャルの手からコップを取って代わりにミエナに飲ませる。


「う……女児に介抱されていたと思ったらゴツイ男に……」

「人の嫁に介抱をさせるな。……朝帰りとか、あまり良くないぞ。何かあったのか?」

「う……き、キミカちゃんとデートしたんだけど……」


 やっぱりあの子供関係か……。

 呆れながらミエナの前に座ると、ミエナはあうあうと泣きながら俺に言う。


「好きな人とかいるのか聞いたら……死んだからそういう気分にはなれないって……」

「それは分かりきってたろ……。どう考えても時期尚早というか、気が早すぎる」

「気の早さに関してはランドロスに言われたくないよ。一回しか会ったことのない女の子にプロポーズして成功してるじゃんかぁ!」

「……いや、まぁそれはそうなんだが」


 シャルは心配そうにミエナを見ている。……まぁ、愚痴ぐらいは聞いてやるか……。今日は外に出たりしたらカルアやシャルに怒られてしまうしな。

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