第261話

 グッタリとした身体を起こし、まだ上手く働いていない頭で周りを見渡すと一番最初に起きたのか、四人の女性が周りで眠っているのが見えた。


 冷静に考えるとすごい状況だな……。なんか悪徳な貴族とかがやりがちな、見た目の良い娘を集めてハーレムを作るのと同じような感じだ。

 完全にやってることが悪徳貴族と同じだな、俺。


 というか、同じギルドの仲間に手を出しすぎだ。


 バレた時怖いなと思いながら別の部屋で着替えていると他の四人も目が覚めたのか順番にゾロゾロと出てきていた。


 シャルは俺とカルアをチラチラと交互に見て、何もなかったことを悟ったのかホッと息を吐いてから「おはようございます」と微笑む。


「ああ、おはよう。……朝食を食べに行くか」


 五人で食べに行こうと思っていると、ネネは普通に逃げて、カルアはもう少し眠るらしいのでクルルとシャルのふたりと一緒にギルドに向かう。


 色々とやるべきことがあり、けれどカルアからは反対されていたりと……どうにもどうするべきか分からない。


 カルアの言うことは正しいのだろうが、カルアは明確に俺のことを優先しているので、俺とは優先順位が違う。

 ちゃんと自分でも考えた方がいいだろう。


 少し眠いままの頭を支えながらギルドに入ると、いつもよりも微かに鉄の匂いがキツいことに気がつく。まだ朝早く人の少ないギルドの中に、不審な鎧が座っていた。


「ん、んぅ……アレ、知らない人ですよね?」

「あ、そうだね。ギルドの加入希望者かな」


 そう言いながらクルルが鎧へと近づこうとして、俺は思わず肩を抱いて止める。


「ひゃっ……ど、どうしたの? ランドロス。……今、ギルドの中だからキスとかは出来ないよ?」

「……そうじゃなくて、アレ、かなり出来るな」


 鎧の上からでも分かる鍛え上げられた体幹と武道の技術。体格はかなり大柄で、獣人かあるいは人間だろう。

 比較的細身になりがちなエルフや魔族ではなさそうだ。


 新人……というには少しばかり強そうだ。見たところの実力はシユウ以上ダマラス以下ぐらいか?


 そう判断していると鎧の中の目が俺達を見て動きを止める。

 何か驚いたような雰囲気を出し、軽く息を漏らしたまま背中にある剣に意識を向けていた。


 攻撃しようとしているわけではなさそうだが……明らかに俺達を警戒している。いや……俺達というか、俺の隣にいるふたりは警戒する必要がないから警戒を向けられているのは俺だろう。


 シャルとクルルを背にして一歩前に出て尋ねる。


「……迷宮鼠に何か用か?」


 俺の問いに鎧は答えることをせず、椅子からゆっくりと立ち上がる。

 そして、懐かしい声がギルドに響いた。


「……久しぶりだな、ランドロス」

「……お前、まさか……」


 あまり友好的な声色ではない鎧の男は警戒を解くことなく俺の方に目を向ける。

 俺は特に攻撃的な仕草をしていないのに、鎧の男は警戒を解かない。

 ……当たり前だ。


 シャルは俺の様子を見て、不安そうにパチリパチリとまばたきをする。


 警戒を解けないのは、あまりにも当然だろう。コイツは、この鎧の男は……俺を一度殺そうとしたのだから。


 鎧の男は兜を外して、俺よりも一回りほど歳を経た男の顔を見せる。それは以前……同じ勇者パーティで一年ほど共に旅をして、そして俺を裏切り殺そうとした奴らのひとりだった。


「……よくその顔を見せられたな。俺を前に」

「ら、ランドロスさん? 大丈夫ですか?」

「……昔の知り合いだ。大丈夫、少し離れていてくれ」


 クルルが不安そうにシャルの手を引きシャルは少し抵抗するも、俺が軽く「大丈夫だ」と微笑むと少し離れた場所に移動する。


 改めて男を見直す。巨大な盾と剣を持つ重装戦士の大男……グラン。そいつは俺を見て少し意外そうな顔をする。


「……ランドロス、お前……そんな顔で笑ったりするんだな」

「……何のつもりでここにきた。場合によっては今すぐ殺すぞ」

「…………場合によって……ね」


 グランはそう言いながら呆れたような表情を俺に向ける。


「普通はもう既に復讐を考えないか?」

「そうしてほしいなら、今すぐにでもそうするが」

「……勘弁してくれ。流石に弱ってもないお前に勝てると思うほど自惚れてはいない」

「じゃあ何故ここにきた。……シユウに聞いてか?」


 軽く舌打ちをしながらグランを睨む。一度殺されかけた相手で、関わりたくないのは山々ではあるが……わざわざここにきた以上はコイツにとっても帰れない理由があるだろう。


 シャルやクルルの前で自分から攻撃をするわけにもいかず、不愉快さに顔をしかめながらも話を聞く。


「いや、シユウから聞いたわけじゃないな。だが……ここから帰ってきてから妙にシユウの機嫌が良くてな。それに……俺達しか知らないはずのルーナの秘密がバレていたしな」

「ああ……あれか」

「おおよそ、孤児院への金を打ち切ったことが原因だろう。お前、最期のときに孤児院に金を渡してくれって頼んでいたしな」


 完全に当たっているが……いけすかないな。

 結局シャル達の孤児院に金が渡っていないところを思うと普通に奪われている。


「……よく分かっているな」

「ああ、そうだろう」

「……イヤミで言っているんだ。人が死ぬ気で貯めた、幼い子供のための金を私欲で奪っておきながら、よく俺の前に顔を出せたな」

「……奪ったのは俺じゃないだろう」

「あの状況で同罪じゃないと? 幾らでも止められたのに共にいただろうが」


 俺の言葉にグランは口を閉じる。


「お前はいつもそうだったな。シユウやルーナ、レンカとは違うという顔をしながら、止めることも何もせずに共にいる」

「……アイツらといるのは国の命だ」

「孤児院の子供に渡す金を奪うのもか?」

「だから、それは俺がやったことでは……」

「お前はシユウ達と何も変わらないからな。少なくとも、俺や、シユウ達に傷付けられた奴等からしたらそうだ。そしてお前はそれを否定出来るようなことを何一つとしてしていない」


 苛立ちからかグッと口元に力を込めたグランに吐き捨てるように言う。


「狡猾な卑怯者に高潔ぶられるのが一番腹が立つ。さっさと失せろ」


 反論はないが、去ることもない。

 ゆっくりとグランは椅子へと腰を下ろして居座る体勢を作る。


「……恐ろしい魔物が発生した。力を借りたい」


 だいたい予想していた言葉がグランの口から出てきて、俺は深くため息を吐く。やっぱりか。

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