第250話

 管理者の声を聞いて、ネネは呆れたように口を開く。


「はぁ……つまり、お前は負けまくって心が折れてるのに数千年分文明が遅れている私達には偉そうにしてるんだな」

「いや、ネネ、それはそうなんだろうけど、もう少し言い方というか……」

「探索者として落ちこぼれた奴が酒場で飲んだくれて一般人相手にイキリ散らしているみたいですごくダサいな」

「やめろ。そういう悪口はやめてやれ、ほら、管理者も落ち込んでるだろ」


 ネネは「落ち込むならそんな無様な真似を始めからするな」と口にして、腕を組む。

 ……もう少し優しくしてやれよ。管理者も何万年も頑張っているわけだし。一応は交渉して協力することになる相手なわけだし……。


「……うるさいぞ。原始人」

「ほら、ネネ、自信をなくして文明煽りしてきてるだろ。謝った方がいい」

「あまり詳しくは分からないが、その高次元の文明を築いたのはお前ではないんじゃないか? 七光りで自慢するなよ」


 何故煽る……! 何故不必要に煽るんだ! いや、まぁネネは元々こういう奴だし、管理者に対して強い苛立ちを覚えているのは分かるが、でも少しは仲良くする素振りを見せてほしいというか、なんというか……。


「……ネネも、ほら、王子様とか好きじゃないか? ネネの好きな王子様なんて白い馬も何もかも自力で手に入れた物じゃなくて血筋で手に入れたものだろ?」

「王子様? 白い馬……?」


 ネネは意味が分からないといった怪訝そうな表情で俺を見て「あっ」と口を開く。


「い、いや、あれは適当にランドロスから遠そうな人物像を口にしただけで……」

「ああ……道理で、似合わない好みをしていると思った」


 ネネ、温室育ちのお坊ちゃんとか苦手そうだしな。聞いたときは女の子なら誰でもそういうのが好きなのかと思って流していたが、まぁ確かに不自然だった。


 俺がネネを「どうどう」と落ち着かせていると、管理者は拗ねたように口を開く。


「私も、ネネみたいにズケズケと悪口言う子は嫌いだし」

「昨日健気とかなんとか言って好いてなかったか?」

「見てる分にはいいんだよ! 私はね、私のことを傷つけるやつと、学校で若い異性の教師をあだ名で呼ぶ女子とだけは仲良く出来ないって決めてるんだ!」

「……学校が何かは分からないが、まぁなんとなく言いたいことは分かる」


 つまり、クウカやミエナみたいな誰にでも気安く仲良くしようとしている奴が苦手ということだろう。


「あと、女をたくさん股かけてる男も」

「……俺、なんでさっきから庇ってたのに突然責められているんだ?」

「じゃあこの中で仲良く出来るのは私ぐらいですね」

「いや、カルアは無理」

「なんでですか!?」


 まぁ、うん。変な押しが強いしな……。結構会話するのに癖があるよな。


「6万年も時間があって、何か手立ては見つからなかったのか?」

「ほとんどの時間は人間社会の構築に費やされてしまうし……研究なんて結局は人数がものが言うからね。ひとりが6万年より1000人が70年の方がよほど成果が上がれるよ」

「私なら1年もあれば余裕ですけどね」

「……ものすごい大口だね」

「数百年攻略されてない迷宮を、数日で攻略したんですよ。基本はランドロスさんの補助ですけど」


 まぁ、攻略出来たのはカルアがイユリの魔道具を数日片手間で改良した成果なのは確かだ。


 あの魔道具がなければ迷宮を攻略する気にはなれなかっただろう。シャルやカルアやクルルと何十日も離れ離れになるのなんて絶対に耐えられない。多分二日ぐらいで我慢出来なくなって降りるだろう。


「ああ、あの魔道具か……あれってどういう仕組みなの?」

「塔の機能の入り口を生成するのを流用している感じですよ。……というか、分かってなかったんですね」

「ん、まぁ……そっちの方はなんとか身につけただけで専門じゃないし、ある程度なら塔の方が勝手に修復してるからね。普通はそんなことをする人はいないし」


 ……思ったよりも大した人物じゃないな。管理者も。いや……まぁカルアと比べると普通なだけで、ちゃんと考えるととてつもない技術と知識を持っている上位文明の人間なわけで……カルアがおかしいだけだな。


「……普通に人を集めて研究させるのはダメなんですか?」

「……ん……まぁ、それは……そうなんだけど、実際、最初の方はそうしてたんだけど」

「この塔、10階層もそうですけど、そういう用途の場所がありますよね」

「……まあ、そうだね」


 カルアはパチリと瞬きをして、手で端末を操作して止めてから管理者を見る。


「…………親しくなった人がいなくなるのは、やはり辛いですか?」


 同情を孕んだ声に、管理者は寂しそうに口を開く。


「……お墓が朽ちていくんだよね。隣にいるのが当然だと思っていた人のお墓がさ」

「……頑張って生きてきたんですね。……不死の技術があるなら、死なない人をたくさん作ればいいんじゃないですか?」

「いや、それは完全に人任せだったせいで全然どうしたらいいのか分からない。そもそも、昔は不死を殺せる生き物がいるなんて思ってなかったから、個人が所有してる知識をちゃんと保存していくって考えもあんまりなくてさ、なのに死んじゃったから、完全に技術が失われていて」

「……ある程度の情報はありますよね?」

「そりゃあるけど、それから復元なんて無理だよ」


 ……カルアなら普通に出来そうだな。いや、まぁ……旧文明の技術だからそう簡単にはいかないか。

 ネネは少し考え込んでから管理者に尋ねる。


「なぁ、若返りの技術ってあるのか?」

「えっ、あったとは思うけど……基本不老だから使ったことはないし、重要な技術じゃないから保管も適当だよ。どうしたの?」

「いや……別に……」


 ネネは一瞬だけ俺の方を見る。……いや、もしかして、いやまさか……。


「……ネネ、もしかしてお前、俺の好みに合わせるために子供になろうとしてないよな?」

「……してない。ランドロスの好みに興味なんてない」

「それならいいけど……そういうのはやめろよ? 本気で言ってるからな、そういうのは」

「……幼い方が興奮するんだろ」

「いや、するけど。するけどやめろ。そういうのじゃないというか……。今のネネを否定する気持ちなんてひとつもないからな。今のままでいい。カルアも探さなくていいからな?」


 俺が今から好きになろうとしているのは、口が悪くて俺よりも少し年上で暴力的で優しいネネであり、猫耳ロリではない。


「えっ、ネネさんには教えたり使わないってだけじゃダメですか?」

「……何か変なことに使うつもりだったりするのか?」

「いえ、まぁ……ランドロスさんが喜ぶかと」

「……既にカルアは子供だろう。そういうのはいらないからな。今のままがいい」

「若返るのより不老の方がいいってことです?」

「普通に成長して歳をとっていきたいってことだ」


 ……なんでネネもカルアも……いや、間違いなく、俺の拗らせきった性癖のせいではあるが……。

 そりゃあ、興味がないと言えば嘘になるというか、もっと小さい頃のカルアも見たかったとは思わないでもないが、普通に一緒に歳をとっていくのがいい。

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