第243話

 寝ているネネの頭を軽く撫でながらぼうっとする。

 ネネって案外デカいし重いな……と思ったが、比較対象のシャルが小さくて軽すぎるだけか。


 シャルは年齢も幼いうえに最近まで栄養不足だったしな。

 むしろ成人女性にしては細くて小さい方だ。

 猫の獣人だからだろうか。シルガの調査では獣人はその生き物……ネネの場合は猫の体格や身長にある程度影響されるらしく、猫の場合は人の中でも小柄になりやすいとか……。


 まぁネネはそれほど小さくもないし、平均とほとんど同じぐらいだが。

 普通の女性は大きくて重いな……。いや、俺よりかは小さいんだが……。

 やっぱり女の子は小さくてふにふにとしている方が可愛い。……まぁ、寝顔だけならネネも可愛らしいものではあるが。


 頭のうえにある猫の耳を触って見ると、少しふにゃっとしていて面白い感触だ。だらりとしている尻尾を触っていると、突然ビクッと動いてネネの目が開いて眠たそうに俺を見る。


「……変態」

「えっ、え、エロい行為だったのか!?」

「……女が寝てるときに体を弄る行為が問題ないと、お前は主張するのか」

「いや、それはまぁ……それもそうか、悪い。俺にはない部位だから気になって」


 俺の膝の上に頭を乗せたまま、ネネはじとりとした視線を俺に向けて、ムッとしたまま俺の腹に顔を埋める。


「触りたいなら、触っていてもいい」

「いや……それほどでは……」


 と考えているとネネの尻尾が揺れてバシバシと俺を叩く。……触られたいなら素直にそう言えよ。

 仕方なくネネの頭を撫でていると、ネネの手が俺の手を導いて撫でてほしいところに移動させられる。


 コイツ……と思いながらも、苦笑して頭を撫でる。


「……ネネ、起こして悪かったな」

「本当にな」

「そんなに俺の膝の上が寝心地よくて、起こされるのが嫌だったか?」

「はん。変な臭いがして不快なだけだ」

「……一応、シャルに洗濯してもらってることが多いし、石鹸とかもシャル達と同じものだから変な臭いはしないと思うが……」

「ランドロス臭がする」


 なんだその匂い……。カルアも俺の枕を匂っていたりしたが、そんなに特徴的な臭いがするのだろうか。


「……ランドロスは、私に何をさせたいから結婚したいんだ」

「いや、別に何も……強いて言うなら、幸せになってほしいからだが……」


 俺がそう言うとネネは俺の脚の間に顔を埋める。……なんか変なことをさせているみたいな格好になったが、健全なことしかしていない。セーフだ。


 ネネは俺の脚の間に顔を乗せたまま「ふん」と鼻を鳴らす。


「子供を作らせたいからじゃないのか?」

「いや、まぁ……結婚したらいずれはそうなるかもしれないが、ネネの意思を尊重するというか……。この体勢でそういう話はやめないか?」


 流石に絵面がまずい。不意に反応したらネネの顔に当たってしまうし、色々と問題がある。


「……じゃあ、結婚して金だけもらうのはいいのか? 夫婦らしいことをせず」

「あー、まぁ別にそれでもいいが、金には困ってないだろ」

「聞いてみただけだ。だが、何もせずに金が入るならいいな」


 ネネはわざとらしく悪そうに笑い、俺の服をギュッと掴む。


「冗談だ」

「はいはい」

「……私は幸せになる権利はないから、結婚はしない」

「……俺と一緒になるのがネネの幸せってことか?」

「うるさい。そういう話じゃなくてな。……だが、お前が私を利用する分なら構わない。魔王になれと言われたらなる、金を寄越せというなら渡す。……私が不幸になることなら、何でもしてやる」

「いや、幸せにしたいんだが……」


 何でもか……ネネの顔が俺のものの前にある状況でそんなことを言われたら変なことを想像してしまう。

 女の子に触ってもらったり…….と、考えて首を横に振る。


「……とりあえず、この体勢はやめよう。危うい」

「何がだ?」

「いや……何というか……。うん」


 ネネは不思議そうに首を傾げた後、パッと気がついたような表情を浮かべる。


「あ……へ、変態っ!?」


 勢いよく起き上がったネネが俺の頭にゴスっと拳を振るう。

 えっ俺が悪かったのか? 俺は極めて紳士的なことをしてなかったか?


「いや、これ……完全にネネのせいだよな? 俺はむしろ避けてたよな」

「うるさい変態」

「理不尽な……。というか、俺より年上なのに反応がウブだな」

「年齢は関係ないだろ。……普通に、そういうのは驚く」


 まるで生娘みたいな……と思ったが、実際にそうなのかもしれない。俺もこの年になるまで女の子とどうのこうのはなかったし、俺よりも年上でもない奴はないか。


 そんなことを考えていると、ネネの拳が俺の顔を捉える。


「何をにやついている」

「……いや、殴るなよ……。痛い」

「うるさい変態男」

「理不尽な……。ネネって男と恋人になったこととかあるのか? ……っ痛い」


 再びネネに殴られた頭を押さえながらネネの方を見ると、暗い部屋の中、顔を赤らめているネネが見えた。


「あるわけないだろ。なければ悪いか」

「いや、俺は……かなり独占欲が強いらしく、ないならない方が……」


 俺が殴られるのを覚悟しながらそう話すと、ネネは赤らんだ顔のまま、ぽすっと俺の頭に軽く手刀をする。痛みはなく、完全にただの照れ隠しらしい。


「クズ。自分は何人も嫁を作ってるくせに」

「……いや、まぁ……それは否定出来ないな……」

「正直なところ、かなり悪質なことだと思うぞ。自分は三人も女を誑かして、またひとり口説こうとしているのにその相手には過去の相手すら許さないというのは」

「……ぐうの音も出ないな」

「反省しろ、反省」


 許さないというか、単純に独り占め出来た方が嬉しいというだけだが……まぁ一緒のことか。


「じゃあ、好きになったのも俺が初めてか?」


 俺が尋ねると、ネネは赤らんだ顔で俺を睨み、ドンっと押す。勢いに負けてクローゼットにぶつかって少しだけそれの戸が開く。


「っ、悪いか」

「いや、だから普通に嬉しい……」


 そう言ったらネネに怒られるだろうと思って目を逸らすと、開いたクローゼットからネネのいつもの黒い装束や寝巻きなどが見える。


 これしか持っていないのかと思っていると、端の方に少し色が違うものが見えた。何だろうと思うと、ネネが俺の身体を勢いよく押した。


「み、見るなよ。変態」

「何を慌てて……」


 俺が身体を起き上がらせると俺がネネに押された衝撃で揺れたせいか、ネネのクローゼットの奥の方にあった服が落ちる。


 特におかしいものではなく、時々シャル達が着ているようなもこもこのパジャマだ。袖を通したような跡がなく、おそらくは新品のように見える。


 シャルのことを「先生」と呼んで慕っているようなので、贈り物でもするつもりなのかと思ったが…….シャルが着るには大きい。


 だいたい隣にある黒装束と同じ程度の大きさで……。


「……ネネ、こういうの着るんだな」

「着たことはない」

「誰かからもらったのか?」

「そういう相手がいると思うか?」

「まぁいないよな。じゃあなんで……」


 と思っているとネネが顔を真っ赤にしていることに気がつく。子供っぽいパジャマを見られたくないからかと思っていたが……これ、もしかして……。


「ネネ、もしかして俺にアピールするために子供っぽい服とか買ってたのか?」

「っ、そんなわけないだろっ! 死ね、変態っ!」

「そうか……そうだったのか」

「ち、違うと言ってるだろっ!」


 俺がにやついているとネネが俺の頭をどすどすと叩く。まぁ、別にそういう格好が特別好きというわけでもないが……なんとなく顔がにやけてしまう。

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