第242話
「寝ているところに、何のようだ」
「寝てないだろ」
「調子に乗って襲いにきたのか、変態」
「襲いにきたって……お前が呼んだんだろうが」
暗闇にも慣れてきて、微かにだがネネの部屋の中の様子が見えるようになってきた。
俺が一人で住んでいた時と同じような殺風景な部屋だ。俺とは違いクローゼットのようなものはあるがベッドはなく毛布に包まっているだけらしい。
よく見てみると妙に部屋が広く、わざわざ壁が取り払われていることに気がつく。
本来ならクルルや俺達の部屋のように何室もある部屋だったはずなのに、改装して広い一室に変えているようだ。
そう言えば……迷宮をカルアとメレクも含めた四人で登っているときも広い場所でしか寝れないと言っていたな。
思い出しているとネネは俺をジロリと睨む。
「呼んでなんかいない」
「……すすり泣く声なんて聞こえたら、そりゃあ心配になってくるだろ」
「放っておけばいいだけだ」
「……ネネが俺とカルアの足音が聞こえていないはずないだろ。なのに俺とカルアが近くにいたときに泣くのはそういうことだろ」
暗い中、ジッとネネの顔を見ると目の周りが赤く腫れていた。猫のような瞳も充血していて「大丈夫」というようには到底見えなかった。
「……そんなつもりはない」
「ネネがどう思っているかは別としてな。俺はそう感じた」
「……それで女の寝床に夜這いにくるのか」
「夜這いと言うな、夜這いと。俺もちゃんと明日にでも話そうと思っていたんだよ」
「……ならそうしたらいいだろ」
「ネネが泣いているのに寝れるか。……とりあえず、居座るぞ」
「帰れ」
「はいはい。後でな」
そう言いながら何もない床に座り、いつもの凛々しい表情を崩しているネネの方に目を向ける。
ネネは憎々しそうに俺を睨む。
「気持ち悪い」
「知ってるよ」
「浮気男」
「そうだよ」
「変態ロリコン性欲者」
「分かってるよ」
ネネはそれからも「バカ」「アホ」「クズ」などの色々な暴言を俺に吐いていくが、俺はひたすら頷いていく。
その後も何か言おうとし続けるが、悪口の語彙が尽きたのか「変態」「バカ」と簡単な言葉を繰り返していく。
それも言い疲れたのか、ぐったりとうなだれて、白い着物のような寝巻きをギュッと抱き寄せて目を閉じる。
「……怒ってよ」
「怒らねえよ」
「なんで怒らないんだ」
「なんでって……別に、ネネからの悪口に怒ったことなんてないだろ」
「……なんでだ」
なんでって言ってもな……。ボリボリと頭を掻いて、壁に寄りかかってネネを見る。かなりの薄着で危うい格好だが……直接肌を見るわけでもなければ大丈夫そうだ。
「別にネネが本気で俺を悪く思っているなんてことはないしな。仲間内の軽口ぐらいは流せるだろ。流石に恋愛として好かれているとは思っていなかったが」
「……お前にはお前のことが好きだとは伝えてない」
「いや、それほとんど言ってるみたいなものじゃないか?」
「……うるさい」
ネネの生活環境を見ると色々と不安になる。クローゼットと毛布ぐらいしかないだだっ広い部屋、いつも食事は片手で持って食べられるようなものだけ……。
一歩分、腰をずらしてネネに近寄ると、ネネはびくりと震えて俺から勢いよく距離を取る。
「……なんで広い場所でしか寝れないんだ? 普通、猫って狭いところが好きな印象があるが」
「……私が人を殺すのは、決まって人が暗く狭い部屋で寝静まったときだった」
「ああ、なるほどな。……辛かったな」
「……加害者を慰めるのなんて、どうかしている」
「そういうのは、ネネがしてなくても別の奴がやらされてるだけだろ」
「……私がやったということは事実だ」
俺がまた一歩分だけ近づくと、ネネは一歩分だけ俺から逃げる。
「俺の部屋で寝るか? クルルもいるぞ」
「……嫌だ。お前に変な目で見られる」
「俺のこと好きなんじゃないのか」
「それとこれは話が別だ。夜寝てる間に脱がされたりしそうだ」
「しねえよ。三人にもしたことないからな」
せいぜい寝ているところのスカートをまくったぐらいのものである。
「……一人でいたいんだ。幸せになるのは、嫌だ」
「俺はネネに幸せになってもらいたい」
「……なんで口説く。私のことが好きなのか?」
「いや……まぁ、それは……」
結局、俺のネネへの好意は友人の延長でしかない。アイツは図太いからありえないが、もしもミエナが同じような状況だったら受け入れるだろう。
恋愛感情に対して同情心で報いるなんて、不誠実極まりないと思いはするが……。覚悟を決めてネネの方を見つめる。
「ああ、そうだ。俺はネネのことを愛している」
「……嘘吐き」
「嘘じゃない。ずっと好きだった」
口から吐き出されるのは、空々しい空虚な愛の言葉だ。ネネは俺の方を睨み、それから毛布を抱えてギュッと握り込む。
「……やめてくれ」
「やめない。ネネのことを愛している。だから、結婚しよう」
「……嘘だって分かっているのに、すがりたくなる」
「…………騙されてくれないか、ネネ。絶対に幸せにするから、俺の嘘に騙されてくれ」
一歩分だけ近づくと、ネネは半歩分だけ俺から距離を取る。
「意味が分からない。なんで、私のことを好きじゃない奴が私を口説いて、お前のことを好きな私がお前に嫌いと言うんだ」
「……そういうこともあるだろ。大丈夫だ。これから好きになるように努力する」
多少はエロい目でも見れるし、元々、ネネの性格には好意を抱いているので……多分大丈夫だろう。
一番の不安な点は、自分は好き勝手に浮気をするのに嫉妬深すぎる俺が、大人のネネと恋仲になったら、過去のネネの恋愛などが気になって嫉妬しないかということぐらいである。
「……なんで幸せになりたくないんだ。ネネは」
「私は、罪人だからだ」
「知らずにやらされるのは仕方ないことだろう」
「……私は、知っていたとしても、生きるためにしていたかもしれない」
「たらればはいいんだよ」
「よくない」
「お前を責める奴なんてここにはいないだろ」
「私がいる」
俺は「お前なぁ」と言ってからガリガリと頭を掻いて立ち上がって足音を立てながらネネの隣に行って座る。
「なんだ。襲う気になったのか」
「ならない。……とりあえず、一緒にいることにした。口も上手くないから説得は出来ないけどな」
「なんだそれ、頭おかしいのか」
「はいはい。そういうのはいいから」
無言で座っているとネネの体温を隣から感じる。きっとネネも同じように感じているだろう。
それからただひたすら何も言わずにいると、ほどなくして、ネネがこくり、こくりと、眠そうに船を漕ぎ出す。
そう言えば、俺の隣は眠くなると言っていたな。などと思い出しながら、ネネの肩を触って俺の方に寝転ばせる。
ネネは抵抗することなく、けれど不満を示すかのように俺の手に軽く爪を立てた。
その不満も少しずつ力を失っていき、パタリと尻尾が地面に落ちる音がして、それからネネの寝息が聞こえ始める。
「素直じゃなさすぎるだろ。コイツ」
シャルやカルアが好きと言ってもらいたがる理由がよく分かる。言葉に出してもらわないと少し不安になってしまう。
まぁ、今夜は一緒にいるか。カルアにも「また明日」と言われてしまったしな。
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