第239話

 ひとまずネネの裸を見た余韻が冷めるのを待ちつつ、ぐったりとソファに項垂れる。

 ネネのことが終わったら……管理者の方だな。


「……カルア、管理者の説得材料を探しておいてくれないか?」

「えっ、あ、はい。もちろんですけど……。でも、代わりの案を用意するか、人を用意するかですよね?」

「代わりの案なら、カルアがノアの塔と同じものを作るとかはどうだ?」

「……ん、まぁ可能性がないわけではないですけど、管理者さんがそうしていないのに理由がある可能性はないですか?」

「単に作れない可能性があるだろ。管理しているのは間違いないが、作ったとは言っていないからな。まぁ他の案もあるが」


 俺も剣を使うが剣を作ることは出来ないので珍しい話でもない。長い時間をかければ学ぶことも出来そうだが……単純に忙しいだろうから、無限に時間があっても時間がない可能性もある。


「まぁそうですけど……ん、んぅ……他に案は?」

「その化け物を俺が殺す」

「……ダメですよ。危険なことはダメです」

「……いざとなったらだ」

「ダメです。禁止です」


 少し迷ってから頷く。……まぁ、俺が死んだら誰がこいつらを支えるんだって問題もあるしな。

 可能な限り、死ぬ可能性のあることは避けなければいけないだろう。


「……やっぱり、ランドロスさんは無理しがちなので、早いうちに子供を作った方が……父親としての責任感が出るかもですし」

「それはダメだ」

「……先を越されるのは不服ですけど、ネネさんに……」


 いや、それはどうなんだ。カルアは俺のことを種馬か何かと勘違いしているのだろうか。


「……いや、それはそれでおかしいだろ。そもそもまだ何もないわけだしな」

「あの人、口が悪いですけど、案外、人がよくて押しに弱そうですから、めちゃくちゃ頭下げてお願いしたら聞いてくれそうじゃないですか?」

「いや、さすがに頼んでも無理だろ」


 というか今のところただの友人でしかない女性に「俺の子供を産んでくれ」とかとんでもない頭のおかしいセクハラである。殺されても文句が言えないレベルだ。


「いや、ランドロスさんに好意は抱いているんですから頼めばいけますって、ちょっと部屋に行って頼んできません?」

「カルアは道徳心とか倫理観を身につけるべきだと思う……というか、ネネからしたら聞こえる距離だが……」


 大丈夫だろうかと不安に思っていると、扉が開いて顔を赤くしているネネがハァハァと息を切らせながら俺達を睨む。


「誰がそんなことをするかっ! この変態夫婦がっ!」

「へ、変態夫婦…….えっと、マスターはまだランドロスさんと結婚してないので夫婦ではないですよ?」

「いや、カルアのことだと思うよ。というか、何で変態という言葉で私が出たの?」


 それは普段の行いのせいだと思う。……それはそうとして、反対していた俺まで変態呼ばわりは理不尽ではないだろうか。


「死ねっ! 変態男っ!」


 ネネは再びバタンと閉じて部屋から出て行く。今度は自分の部屋に帰らず、階段をバタバタと逃げるようにして降りていく。


 ……いや、怒るのは当然だが、俺の方に怒りが向くのは理不尽である。


 ……カルアはどうしてそんな風な話にばかり持っていくのだろうか。いや、俺が無理をしがちだからそれを抑えるためというのは分かるが……。


 シャルの方を見ると自分のお腹を撫でて薄く笑みを浮かべていた。……そういう、求められる準備出来ているみたいな反応がとても困る。


 いや俺も年頃の男だし、女の子とそういうことをしたいという欲求があるわけだが……余計に悩みが増える。

 嫁や恋人が増えたり、好かれているほど悩みが増えていく。


「……ゆっくりしたい」

「今度、みんなで温泉にでも行きますか? あ、そもそも温泉って何か知ってます?」

「入ったことはないが、そういうのが名物の街には行ったことがあるぞ。デカい風呂だろ」


 みんなで温泉か……みんなで……。いや、普通に考えて、みんなでとは言っても男女は別々だろう。


「お背中お流ししますね」


 一緒のつもりだったか。

 思わずその光景を想像してしまっていると、シャルにジトリと睨まれる。


「ダメですよ。そういうのはダメです。はしたないです」

「家族でお風呂ぐらい普通だと思いますけど、ね。マスター」

「えっ、あっ……お風呂……裸……そ、そうだね。うん、みんなで入ったらいいかもね。仲が深まるかもしれないね」

「……マスターさん、ダメですからね。怒りますよ」

「そうだね。うん、カルア、ダメだよ節度を持たないと」


 クルルが欲望と恐怖の間で揺れている……。何故か俺までシャルに睨まれ、ぼりぼりと頬を掻く。


「でもシャルさん、夫婦なんですからいいんじゃないですか? 世間一般の夫婦は混浴ぐらいは珍しくないですよ?」

「ん、僕たちは世間一般とはズレてますもん。お嫁さんは複数人ですし、まだ子供ですし、出会ってからそこまで時間が経ってるわけでもないです。節度を持っておかないとダメです」


 シャルは俺に釘を刺すようにじとりとした半目で見る。


「……カルアが変な発言をしたら俺の方に批判が集まるのはなんなんだ。そりゃあ、あわよくばとは思いはしても、ちゃんと止めてるだろ」

「あわよくばって考えが透けて見えてるからじゃないかなぁ」

「……えっ、見えてるのか?」


 あわよくば混浴したいとか思っていたのが。

 そう思っていると、三人は頷く。


「ええ……まぁ……正直期待しているのが丸分かりです」

「そうだね。うん」

「とにかくですね、ランドロスさんは大人として、節度と落ち着きを持ってください。ゆっくりでいいじゃないですか、ね?」

「はい……」


 まぁ……全員、深く関わるようになったのは半年前からだしな。たしかに色々と性急な気がする。


 混浴……ではなく温泉はさておき、頭の中でやるべきことをまとめていく。カルアやクルルとのデート、シャルの両親探し、管理者と魔王あるいは強力な原生生物の対処、それにネネか。


 しなければいけない順序はネネのこと、管理者のこと、シャルのこと……まぁ申し訳ないがデートは後回しにするべきか。


 ……ネネも……思ったよりかは大丈夫そうだな。管理者に言われたときはかなり動揺していたが…….思ったよりは平気なのかもしれない。

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