第231話
少し眉を顰めて不快感を示してみるも、少女達は気にした様子もなく俺に続ける。
「それでふたりのどんなところが好きなの?」
「人に向かって言うような話では……」
そう言って質問を遮ろうとすると、ふたりは期待したような目を俺に向けていて、小指を繋いだままのシャルはそのままちょんちょんと俺の指を引っ張る。
「……か、勘弁してくれ」
「教えてほしいです」
物欲しそうな表情シャルから目を逸らすとカルアと目が合う。
「……時々言ってないか?」
「私は毎日言ってほしいです」
ふたりの期待した目を誤魔化すように横に目を逸らす。
「……夜、寝る前に言う。こんな人前で言うことではないだろ」
「えへへー、じゃあ楽しみにしておきますね」
カルアはご機嫌そうにニコリと笑い、話を聞き出そうとしていた三人は不満そうな表情を俺に向ける。
「えー、面白くないー。教えてよ。迷宮の先生でしょ?」
「別に先生じゃないし、そもそも迷宮とは関係ないだろ。せめて聞くなら迷宮の話にしろ」
「迷宮の話……うーん、じゃあ迷宮の何階層まで登ったことがあるの?」
「82階層だな。まぁ、カルアやイユリの魔道具ありきだが」
少女達は驚いた表情をする。
「そんなに高くまで……もう最上階まですぐなんじゃないの? 行った人は知らないけど」
「一番上は85階層だよ」
「へー、そうなんだ。じゃあもうすぐだね」
一番上まで行ったなんて情報が事実だったら、先に迷宮内の街の方が出てくると思うが……ガセじゃないか?
そう思いながら誰が言ったのかを確かめようとすると、どうにも人数が多いように感じる。俺とシャルとカルアと、他四人。
一人増えたのかと思って顔を確認すると見覚えのない顔が見えた。
黒い髪に黒い瞳……このギルドには三人しかいないはずの人間の少女がそこにいた。明らかに外部の人間だが……別に出入り自体は自由なのでおかしなことではない。クウカや商人もも好き勝手に出入りしているし、全く不思議ではないが……。
少し妙な雰囲気を感じる。気配が薄い……いや、気配じゃないな。目線にブレが少なく、同じように体の動きがかなり少ない。
気配ではなく……生気というか、人間にはあって当然の生きるための動きのようなものが欠けていて見える。
どんな人間も、よほど物事に夢中になっていなければほんの少しは周りに気を張っているもので……。
俺達の不審な視線を受けた女性……おおよそ俺と同じような年齢に見える彼女はゆっくりと笑みを浮かべる。
「やあ、ランドロス。ああ、初めましてだっけ? いや、ごめんごめん、よく見てるからスッカリ忘れちゃってたけど、一方的に知ってるだけなんだった」
「……えっ、ランドロスさんのストーカーですか? ……どれだけ女の子を誑し込めば気が済むんですか、あなたは」
「いや、完全に知らない人なんだが。この人も一方的に知ってるだけって言っていただろ」
それに、俺に好意を持っているという風ではない。なんとなく嫌な空気を感じてシャルと繋いだままの小指を離して警戒する。
「ねえランドロス。メナちゃんは元気でやってる?」
「……お前」
メナの名前を知っているやつは非常に少ないはずだ。
俺達や今預けている夫婦、それを始めとした迷宮鼠の人ぐらいしか知らないはずで……。
別に隠しているわけではないが、来たばかりなので広まっているとは思えない。
……何故知っているか。それはおそらく……。
女性を見る。あまりに普通なフリをしているが、よく見ると服は新品そのままで、靴に土が付いていない。
その仕草や姿も、一見すると普通だが、よく見ると明らかにおかしい存在だった。
俺が彼女の正体に気がついたということを彼女も気がついたのだろう。
「……ランドロス。ちょっと、時間いいかな」
「……俺は今忙しい」
魔王に話しかけられた夢のことを思い出す。
夢の中のことなんて信用出来るわけではないが……アイツはじきに管理者から声をかけてくると言っていた。
そうなのだろう。この一見すると普通で、よく見ると全てがおかしい女性が……。
「そうは言わずに」
「……俺は自分の大切な奴だけ守れたらそれでいい。それ以上は望まない」
俺に遅れて気がついたのか、カルアの目がパチパチと震えて、机の上の飲み物を持っていたカルアの指先が微かに震えて飲み物に波を作る。
シャルと少女達三人は事態の理解が出来ていないのか、不思議そうに首を傾げる。
「ら、ランドロスさん……」
「……分かっている」
「場所を変えようか、ランドロス」
迷宮の管理者は俺にそう言って、俺が着いてくることを疑いもせずに振り返る様子もなく歩いていく。
慌ててカルアが立ち上がろうとして、焦ってこけそうになるのを手で支える。
「……カルアは待っていてくれ」
「え、あ、あの、私も一緒に行ったほうが……」
「何かを頼まれても基本的に断るつもりだし、承諾するなら相談するから大丈夫だ」
カルアを椅子に座り直させたあとギルドから出て、女性の後ろを追う。
「散歩しながらでいい? あんまりこっちには来れないからさ」
「……どういうつもりだ。……お前、迷宮の管理者だろう」
「ああ、それは分かるんだ。いや、分かってないと着いてきてないか」
「……もう一度言う。俺は大切な人を守る以外のことをするつもりはない。世界が滅びようと、どうでもいい」
そう言いながら、空間魔法で剣を取り出す準備をする。場合によっては……俺の大切な三人が危険に晒される可能性があれば、一瞬で斬り殺し、雷で焼き殺してやる。
そのためにカルアを置いてきた。
当然この国でも殺しはご法度だが、一瞬で斬り殺して空間魔法でしまえばいい。
もし誰かに目撃されたら、仕方ないからそいつにも死んでもらうしかないだろう。
何でもいい。俺はアイツらを守るためならなんだってしてやる。
そう覚悟していると、女性は「はー」とため息を吐く。
「あー、なんで最近の魔王はみんなこんなに反抗的なんだろ。君は話しもしてくれないし、シルガは自殺しだすし、アブソルトは勝手に君に力を託す」
「勝手に役割を押し付けてきても、相手をしてやる義理はないだろ」
「義理はなくても、理由はある。そうしないと世界が滅びるなんて……分かりやすい理由じゃないかな」
世界なんてどうでもいい。それより、次はカルアとデートする順番で、その次はクルルと、それにシャルやカルアとの披露宴もあるし、シャルの両親のことを聞きに孤児院にいかないとダメだ。
世界よりも、次にシャルが作ってくれる料理の方がはるかに大切だ。
俺が女性を睨むと、彼女はやれやれとした表情を浮かべる。
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