第216話

 勇者や魔王、迷宮の秘密だとか……割とどうでもいい物だったのだろう。両手に最高の美少女がいる状況という状況以上に大切なものなんてこの世にあるだろうか? いや、ない。今現在こそが至高の状況であると自信を持って言えるだろう。


 カルアがとくとくと三人分の飲み物をグラスに注いで俺に渡してくれる。


「そう言えば、ランドロスさんって誕生日いつなんですか?」

「ん? ああ、一月ほど前だな。シャルとカルアは?」

「……えっ、もう過ぎてるんですか!?」


 カルアは俺の問いに答えるより先に驚いた表情を見せる。

 俺の誕生日とかどうでもいいだろうとか考えていると、カルアとシャルはワタワタと慌ててソファの上で動き回る。


「えっ、えっ……も、もう20歳ですか!? 僕の倍近く生きてるってことになりますよ!?

「あ、ああ……まぁ、ほとんど倍か……。倍か……」

「お、落ち込まなくて大丈夫です。僕とカルアさんを足したら24歳ですから、今の状況は24歳に甘えてイチャイチャしているみたいなものですから」


 それならセーフか? いや、違うな。年齢を足すってなんだ。そんな概念があるのだろうか。


「それはそうとして、なんで教えてくれなかったんですか。せっかくのキリの良い20歳の誕生日で、私達が出会って初めてのことなのに……お祝いしたかったです」

「えっ、わ、悪い」

「誕生日プレゼントも用意したかったです」

「いや、そういうのは別にいいんだが……一緒にいてくれるのが一番嬉しいというか、それで充分なんだが……」


 俺がそう言うと、カルアは首を横に振る。


「嘘ですね。シャルさんが渡した髪飾り、今も大切に持ってて、時々ニヤニヤして見てるじゃないですか」

「……いや、まぁ……そりゃあ、嬉しかったしな」

「でしょう? 私もランドロスさんにニヤニヤさせたいです」

「……アルバムとか見てニヤニヤしてるが。あと、寝ている時とか」

「……寝顔は見ないでください」


 可愛いから見るだろ。最低でも、三人とも一日一回ずつは寝顔を見ていたい。

 安心した表情で寝ているところをみると抱きしめたくなって、起こさないように抱き締めるのを我慢するのは少し辛いけれども仕方ない。

 寝顔を思い出していた俺に、カルアはピシリと指差す。


「とにかく、ランドロスさんの誕生日パーティを決行します。第一回ウムルテルア家パーティです」

「お、おう。それで、ふたりの誕生日は?」


 クルルの誕生日はミエナ情報があるので秋の終わりごろと知っているが、カルアとシャルのは知らない。


「私は冬生まれですよ。シャルさんは?」

「僕も冬ですよ。……えっと、今日お祝いをするんですか? ……あの、僕のいた孤児院ではお金がなかったので「おめでとう」とみんなで言うぐらいだったんですけど……。一般的には何をするんですか?」

「それは……あ、私の母国とは違う可能性がありますね。……マスターに聞きますか?」


 別にそんな大々的にやらなくても……。そんな誕生パーティの用意をする時間があったらキスをしたり抱きしめたり添い寝したりしたい。


「僕達流でいいんじゃないですか? ランドロスさんもこの国の人じゃないわけですし」

「それもそうですね」


 俺の思いとは裏腹にシャルとカルアの話は少し盛り上がってき出す。


「……本当に、プレゼントとかはいらないぞ。それを用意する時間があるなら一緒にいたい。……寂しいから、一緒にいてほしい」

「……そうなるとプレゼントは私的な古典的な方向性になってしまいますね。ハッ、ま、まさか、それが狙いですか!?」

「……いや、誕生日とかでなくともほしければなんでもくれるだろ」

「ま、まぁそれはそうですけど。そういう機会でもなければおねだりってしにくくないですか?」


 ……カルアにこの前、土地をねだられたよな。

 まぁ、一般的には何か理由がないと頼みにくいというのは分からない話ではない。


「……遠慮してるシャルとは違って俺は金も自由に使えるしなぁ」

「食費と迷宮探索に必要な経費以外では何に使ってます?」

「……メレクやミエナと酒を飲んだり?」

「そんな度々ってわけでもないですよね。私物が少ない分、シャルさん以上に使ってる量が少ないんじゃないです?」

「女性は色々と必要と聞くが……」

「ランドロスさんは欲が少なすぎるんです! もっと欲望を解放してください!」


 …………いや、少女三人を同時に愛しているのだから欲が少ないということはないと思う。

 ほしいものか……ああ、そういえばカメラがほしいんだったな。


「三人の写真を撮りたいからカメラがほしいんだが、一応そういうのに詳しいミエナに聞いてからにしたいんだよな」

「……う、うーん。それもなんというか、アルバムのためですしね」

「じゃあ、明日一日はシャルに休んでもらいたいから家事を任せてもらえないか?」

「えっ、ぼ、僕ですか? い、いや、それは……そのぉ……僕も好きでしていることですし……。そもそも誕生日プレゼントに家事をする権利というのは……」

「誕生日とかそういうものでもなければ許可は取れなさそうだしな」


 そもそも誕生日は過ぎているが、俺がシャルに軽く微笑んで「頼むよ」と言うと、シャルは仕方なさそうに頷く。


「……何か違う気はしますけど……いいですよ。そこまで頼むなら許可をしてあげます」

「ありがとう。休めてなさそうで心配だったんだ」

「……孤児院にいた頃よりやることは減ってるんで大丈夫ですよ?」

「それはそうかもしれないが、小さな女の子が忙しなく働いているのはな……」


 よし、と言って立ち上がる。

 とりあえず、部屋はとても綺麗なので、この部屋のある共用の廊下の掃除をすることにする。


「……あの、結局ランドロスさんも休めてないですよね。それ……いや、いいですけど。想定外の方向性に着地しましたね」

「そうか? まぁいいだろ」

「あ、僕も一緒にしますね」

「……休んでいてほしかったんだが……」

「一緒にしたら一緒に休めます。ね?」


 俺とシャルが掃除道具を用意しているとカルアが不満げに「んっ」と俺に手を伸ばす。


「まったくこのお姫様兼救世主の私に掃除をさせるなんて……」

「休んでいてもいいですよ?」

「お二人と一緒にいたいのでやりますよ」


 カルアもなんだかんだ言いながら一緒にするらしく、三人で掃除を始める。

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