第213話

 79階層に降りてキョロキョロと見回す。

 荒野にも似たエリアで、目印になるような物は少ない。何かあったときに即座に攻撃出来るように異空間倉庫から取り出した剣を構えてゆっくりと歩く。


「カルア、離れるなよ」


 俺がそう言ってもカルアの返事がなく、振り返ってカルアの方を見ると、整った顔を赤らめて、ぽーっと俺を見ていた。


「……カルア? 何かあったのか?」

「い、いえ、なんでもないです」

「何か気になることがあったなら言えよ。もしものことを避けたい」

「い、いや、本当に大したことじゃなくて……ん、んぅ、そ、その、真剣なランドロスさんがカッコいいなぁ、と、思ってしまいまして」

「……今はイチャつけないから、後でな」


 メレクやネネやミエナがいたらもう少し余裕もあるが、今は残念なことに俺とカルアだけで、俺が油断したらカルアの身に危険が及ぶのでイチャつけない。


 ……いや、一回帰ってイチャイチャしようかな。


 すぐに戻ってこれるわけだし……と考えていると、不意に空間把握の魔法の範囲内に魔物が現れる。

 すぐに目視をしてカルアを後ろに下げさせる。


 もしもの時のことを考えて一歩前に出ながら、魔法による遠距離攻撃で仕留めることを決める。こちらにやってきた魔物に向けて足元の石を蹴り飛ばし、その石に紅い雷を込めることで威力を格段に強化して、それに触れた魔物の頭部が黒焦げになる。


 多少威力が過剰でグロテスクになってしまっているのでカルアが直視する前に異空間倉庫に回収する。


「わ、な、なんですか!? 今、雷が降りました!?」

「いや、俺の魔法だ」

「あ、ああ……そう言えば、使えるようになったんでしたっけ? ……ランドロスさんがあまり聞いて欲しくなさそうだったからずっと聞かずにいたんですけど……。どうしてそんな魔法が使えるようになったんですか?」


 ほんの少しいい淀み、誤魔化すような言葉を吐く。


「……使えるということに気がついただけだ」

「……気がついた、ですか?」

「俺が倒した魔王が押し付けていたらしくてな。あの状況になって初めて気がついた」

「……そう、ですか。聖剣さんの雷もそうですけど、不思議な魔法ですよね。絶対に破壊不能のはずの【空間隔離】の魔法を壊していましたし。イユリちゃんが調べたのでは、どうやら魔力そのものにダメージを与えているとかなんとか……。魔力の属性変換の技術でも上手くこれに変換出来ないですし、どうにも質が違うというか…….そもそも魔力とは別の物なのかもです。でも、雷の魔力から他の魔力には変えられるんですよね。不思議です」


 技術や理屈的なことが分からない。今朝の夢の中で魔王が原住生物の力と言っていたのを思い出すが……そんな夢の中の話をしても仕方ないか。


 そう考えていると、カルアが話している間に落ち着いたのか、ぽーっとした表情は少しマシなものになっていた。


 ……そういう新鮮なカルアの反応に悪い気はしないというか、めちゃくちゃ嬉しい。


「……研究なら帰ってからな」

「ん、研究はもっと後でいいです。帰ったらイチャイチャしたいです」

「……お、おう」


 何がそんなによかったのだろうか。やっぱり守っている感だろうかと思っていると、遠くで巨大な何かが動いたことに気がつく。


「……アレは、トカゲ……か?」

「トカゲですねぇ。めちゃくちゃ大きい」

「……こっち見てるよな」

「見てますね。というか、来てますね」

「……下がれ」


 明らかな敵意をこちらに向けている。

 ……あんなデカブツがいたらこの前の探索で気がついていないはずがなく……おそらくここ最近の間に再出現したのだろう。


 初代が引き返した理由となった大型の魔物かもしれないと考えながら、カルアには外套を渡す。


「土埃で服が汚れるから、羽織っておいてくれ」

「えっ、あっ、は、はい」


 フッと息を吐き出すのと同時に、前方の地面を大きく異空間倉庫に収納することで堀を作って突進を止める。そのまま突っ込んで落ちてくれることを期待したが、そこまで馬鹿でもないらしい。


 巨大なトカゲは二足の足で立っている。……いや、トカゲではないのか?

 魔物が吠えるのと同時に足元の地面を変形し、即席の堀に土の橋がかかるように伸びていく。


 いや、そんな物、普通にもう一度消すが……と手を伸ばした瞬間、魔物が跳ねる。


「ッ、厄介だが……近づけさせない」


 異空間倉庫から足の爪先の前に槍を取り出して雷を纏わせながら蹴り飛ばす。

 轟音を立てながらトカゲの前足を抉るが、槍が横に逸れる。


 一撃で深くまで抉れるだけの威力があったはずなのに、前脚だけで止められた。

 大きいだけではなく、よほど硬いらしい。


 魔物の中ではかなり強い。

 俺の槍の威力に跳ねる力を止められた魔物は堀の中に落ちて、前脚を片方失いながらもよじ登ってこようとする。


 ……上手く登れていないようなので、空間魔法で土を元に戻してゆっくりと離れる。


「……た、倒したんですか?」

「いや、生き埋めにした。あまり土を掘り返したまま放置していると裁く者が怖いからな。時間が経ったら素材を回収しにいくか、そこそこの金になりそうだ」

「……あんなにおっきい魔物も簡単に倒すんですね。探索者はやっぱり強いですね」

「まだ生きているし、土の魔法を使っていたから油断は出来ないけどな。……橋を架ける途中で跳んでいたから魔力を失っていたようだが……一応早めに離れておこう」


 俺の外套を着たカルアの手を引いて、早足でその場を離れる。

 多少離れて近くに魔物がいないことを確かめつつ、目印になりそうな物の近くを魔法で掘り返して行ってシルガの書いた書物を探していく。


「……見つからないな」

「……ランドロスさん、身の危険を感じたら子供が欲しくなるそうなんですけど知っていますか?」

「……まぁ、旅の時代にそういう話を聞いたことがあるな」

「……単純に怖かったのでギュッとしてほしいのかもしれないんですけど、どっちだと思いますか?」

「カルアの歳だったら怖かったのが強いと思うが……。後でな」

「……あの跳躍にめちゃくちゃびびってしまったみたいで、とても体が冷えてます」

「……一度ギルドに戻るか。そこそこ魔力も使ったしな」


 あまり迷宮の階段以外のところではしたくなかったが、次に入る時に一層気をつければいいだけだ。


 カルアの手を引いていつものように路地裏に戻って一度ギルドに帰る。


 またすぐに……というか、シルガの書物を探すだけなら俺だけでも出来るか。

 カルアをそのまま置いて行くことはせず、途中休憩も兼ねて間食でもとってからいくことに決める。


 それからギルドの中に入ると、シャルが子供に掃除の仕方を教えているのが見えた。


「あれ? お二人とも早いですね」

「ああ、ちょっと休憩をな。……ずっと掃除してたのか?」

「いえ、みんなと手分けしてですよ?」

「いや……教えながらの方が大変だろ。一緒に休まないか?」

「いえ、僕だけ止めるわけにはいかないので」


 ……大丈夫だろうか。無理とかしなければいいんだが……。色々とやることを引き受けすぎているように思う。

 早めにデートをして、その時に心配していることを伝えるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る