第194話

 クルルに誘惑されたり、カルアに子作りをせっつかれたり……嬉しいのは嬉しいのだが、心が安らがないというか……。


 そう考えながら、店の中にあった椅子に座って買い物している二人を見ていると、ポスリととなりにシャルが座る。


「お疲れですか? 大丈夫です?」

「……少し疲れた。……服を選んだりは俺には向いていないな」

「あはは……。お疲れ様です」


 シャルは乾いた笑いを浮かべて、困ったように笑みを浮かべる。


「……あの、その……ランドロスさんは子供、苦手ですか?」

「ええ……いや、恋人とか嫁、全員子供だけど……」

「あ、そ、そうではなく、子供を作るのには積極的じゃないというか……避けようとしていたので」

「あー、シャルからしたらカルアは歳上のお姉さんかもしれないが……俺からしたらまだ幼い子供だからな。流石に、色々と抵抗があるというか……早いと思ってな」

「……説得しましょうか? その、一年待ってもらうとか」


 一年待っても14歳だし、やはり俺の感覚からしたら早すぎる。

 その子供を相手に好きだと何度も言って結婚までしていて何を言っているんだという感じではあるが……色々怖い。


 誘惑されたらいつか我慢しきれずに手を出してしまいそうだし……カルアだけではなくクルルにも手を出してしまいそうだ。


 ……正直なところ、カルアの考えは正しいのだと思う。

 俺よりもカルアの方が頭もよく常識があってしっかりしている。俺がどうのこうのせずとも育てられるだろうし、金があるのだから乳母やお手伝いをしてくれる人を雇うことも出来る。

 出産にしても初代がいればもしものことはないだろう。


 ……ただ、漠然とした不安感があって、これ以上先に進むことを拒んでいる。多分、カルアの方が幼い分体感的な時間に違いがあって俺からしたら性急に感じるのだろうということもあると思う。

 子供の頃は一日がとても長かったが、今は一瞬だ。


 シャルにきゅっと手を握られて、シャルの方を見る。


「……シャルは、カルアの言っていることに賛成か?」

「ん、んぅ……難しいところですけど、どっちかと言うと、そうですね。赤ちゃんを何人もいっぺんに育てるのは大変ですけど、ひとりを手分けして育てるのなら負担はそんなに大きくないですから。早いうちに一人目を育てたらその分負担が分散出来て楽かもです、とぐらいは思いますね。治癒魔法使える人が近くにいるというのも安心出来ますし」

「……だよなぁ。やっぱりカルアの言ってることの方が正しいよな」

「……でも、ランドロスさんが不安なのは分かりますよ。僕も、ちょっと早いなぁとは思いますもん」


 シャルもなのか? と尋ねると、シャルはこくりと頷く。


「カルアさんと出会ったの、半年くらい前ですよね。それで結婚ってのも早いと思いますし、カルアさんの年齢ですぐに子供を……というのもやっぱり早いです」

「……結婚も早かったか」

「まぁ、そうですね。カルアさんは「この人しかいない」と思ったから迷いはないみたいなんですけど……」

「まぁ、思いつきで世界を救いに家出したやつと同じスピード感にはなかなかなぁ……」


 本当にどうしようか。カルアが正しいのは分かっているが……。


「……ん、じゃあ、仕方ないのでカルアさんには僕から言っておきます。僕も早く家族が増えた方が嬉しいですけどね。ランドロスさんに合わせてですからね、まったくもう」

「……シャルもまだ早いと思ったんじゃないのか?」

「早いとは思いますけど、僕は早いうちに家族が欲しいですから」

「……まぁ、気持ちは分かるが。……シャルは、父母が帰ってきたら……シャルのことを迎えに来たら、どうするんだ」


「……一緒にいてくれるのか?」なんて女々しいことは口に出来なかった。けれどもそんな俺の情けないところはもう知っているという風に、シャルはきゅっと俺の手を握る。


「ランドロスさんのことを紹介しますよ。カルアさんや、クルルさんも紹介しなきゃですね」

「……一緒に暮らそうと、提案されたらどうする」

「……ランドロスさんは、今が変わるのが嫌なんですか?」

「……ごめん」


 今のは失言だった。シャルの父母が帰って来なければいいみたいな言い草だった。今のは、決して言ってはいけない言葉だ。

 責められても怒られても、何を言われても仕方ないような状況の中で、シャルの手は冷えてきている俺の手を握った。


「……いつもより、手が冷たいです」

「……そう、だろうか」

「もう秋が来ますね」

「……そうだな」

「秋がきたら日が短くなりますから、早く日が暮れてしまってお部屋で一緒に過ごす時間が増えますね。美味しい物が増えますから、一緒に色々食べたいです。夜や朝方は冷えるでしょうから、身を寄せて同じ布団の中で寝て……」


 よしよし、と、シャルの手が俺の頭を優しく撫でた。


「そういうのも……いや、ですか?」

「……いや、そんなことはないが」

「えへへ、僕もです。……僕も、ランドロスさんと一緒で、今が一番幸せです。……でも、明日はもっとランドロスさんと仲良くなって、幸せの最高記録を更新します。もっと後になって、孤児院のみんなにも会いに行けるようになって、もっと記録が更新します。お父さんとお母さんが帰ってきて、もっともっと……。ランドロスさんも、そうじゃないですか?」


 あやすような優しい声色。

 俺の失言に怒った様子もなく、よしよしと頭を撫でてくれる。……思わず、年下の、自分の半分ほどしか生きていない少女の方に頭を寄せて、甘えるように口を閉じる。


「怖くないですよ。……僕もランドロスさんとお付き合いを始めた時が、人生で一番幸せな瞬間だろうと思っていたのに、そのすぐあとに更新されましたもん。結婚することが決まってこれ以上はないと思っていたのに、不思議なことに今の方がもっと幸せなんです。……だから、怖くないです」

「……ああ」


 店の中なのにギュッと抱き寄せようとして、シャルに「めっ」と怒られる。……シャルに対する愛情の表現が出来ずに愛を持て余してしまう。


「シャル、ありがとう。……愛している」

「……そ、外でこういうことを言うのは、ダメですよ。……ぼ、僕も愛しています」

「……ダメなんじゃないのか?」

「拗ねるじゃないですか。言ってあげないと」

「そこまで子供じゃない」

「子供ですよ。ランドロスさんが言ってること、まだ起きていたいから寝ないって駄々こねている子供と同じですもん」


 いや……そこまで酷くないだろう。今が一番幸せだから何も変えたくないと言っただけで……あれ、もしかして一緒なのか? 駄々こねている子供と何ら変わらないのか?


「えへへ、でも、いいですよ。ランドロスさんは、これまで甘えてこられなかったんですから、その分だけ僕に甘えていいんです。許可します」

「……甘えてこられなかったのはシャルもだろ」

「僕も甘えてますよ? ランドロスさんと一緒に寝ないと嫌だとか、一緒にご飯食べたいとか、手を繋ぎたいとか、一番最初に結婚したいとか」


 それはほとんど、シャルが言わなかったら俺が言っていたワガママだろう。……やっぱり俺の方がシャルに甘えている気がする。


 カルアとクルルが服を選び終えたらしく、俺はゆっくりと立ち上がる。


 まぁ、もう少しだけ色々と前向きに考えてみるか。勇気は出ないが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る