第183話

 キミカに手を引かれて夕暮れに似た街の中を歩く。

 夕暮れなのに人が多く歩いていることに違和感を覚えていると、街中に突っ立っている棒の先が光って道を照らしていく。


 そんなことをするならずっと天井の照明を付けっぱなしにしていればいいのに、などと思いながら街を観察する。


 こうして大通りを歩いてみると存外にこの街の中の人も普通の生活を送っていることに気がつく。店はあるし、工場のような場所もあって人の営みは感じられる。


「……キミカ、だったよな? この街はいつもこうなのか?」

「何が? 特に変わった様子はないと思うけど」

「いや、俺からすると何から何まで不思議だが……ああ、まぁいいか、いつもこんなものなんだな」


 夕方だというのに人の動きは活発である。そろそろ帰らないとシャルが拗ねそうだと思うが……今この子と話さないと攻略が遅れそうだから今日は仕方ないか。


「……シルガとはどういう関係なんだ? 飼ってたって」

「落ちてたから拾ってきただけだよ。ご飯あげたらしばらく居ついていたんだけど……」


 ……探索者が同じ階層に長期滞在するのは禁忌に触れるんじゃ……いや、シルガは贔屓されていたから大丈夫なのか?


 厳密なルールなんて明文化されたものがあるわけではなく、あくまでも禁忌は経験則でしかない。

 迷宮の環境を荒らすことがなければ大丈夫なのだとしたら、この街で隠れて過ごすのは大丈夫なのかもしれない。

 もしくは単純に管理者にも見つかっていなかったか。


 俺が考え込んでいると、キミカに手を引っ張られる。


「……大丈夫?」

「何がだ?」

「…….考え込んでたみたいだったから……あと、悲しそうだから」

「……まぁ、シルガに関しては俺も思うところがある。……思ったよりも落ち込んでいないな」


 どんな関係だったのかは定かではないが、一年も一緒に生活していたなら情も湧きそうなものだが……まぁ、一人で迷宮の下に降りて行ったら元から死んだものだと考えていたのだろうか。


「……ずっと死にたがっていたからね」

「そんなことをシルガが?」

「……いや、なんとなく、そんな雰囲気で。……どんな最期だったの?」

「……それは」


 俺は思わず言い淀む。

 少女が立ち止まったと思ったら、そこはあの大きい建物の窓から見た少女の家の前だった。

 鞄から取り出した鍵で扉を開けてヒョイっと中に入り込む。


 続いて中に入るとどうやら土足はダメらしく、仕方なく靴を脱いでキミカに渡されたスリッパに履き替える。

 下駄箱や玄関には少女の物らしい靴がいくつかあるだけで大人が履くような大きさのものはない。


 一応心配していた同居している親に通報される可能性はなさそうなことに安心する反面、一人暮らしの少女の家に一人で上がり込むことに対する後ろめたさを感じる。


 いや、情報収集のためではあるが、全体的に感じられる街の平和ボケしている空気のせいでどうにも緊張感を持ちにくい。

 まぁ……浮気なんてするはずもないが。


 一人で住むには少しばかり広すぎる家だと思っていると、椅子に座らされて「コーヒーでいい?」と尋ねられる。


 コーヒーってなんだろうと思っていると、少女は謎の黒い液体の入ったカップを二つ持ってやってくる。


 ……なんだこれ。


「……シルガは、なんで死んだの?」

「……最期は自殺だったな」


 シルガの所業を隠すように俺が話すと、少女は紅い目を伏せさせて頷く。


「……そっか。そうだよね」


 落ち込んだのを隠さそうとする仕草がいたたまれず、俺はわざとらしく話をずらす。


「……あー、こっちではどうだったんだ? まぁ……あの様子だと……」

「ほとんど会話はなかったよ。一人でぶつぶつと研究してるか、筋トレしてるかで」

「食事は?」

「一緒に食べようとしたら……というか、人が近くにいたら喉が通らないらしくて、ご飯だけ用意して置いておいたらいつのまにかなくなってる感じかな」


 ……なんか同居って感じの雰囲気ではないな。懐かない犬を飼っているような話だ。

 少女の淹れたコーヒーに口を付けると、苦い味が口の中に広がる。


「うえっ、なんだこれ」

「あっ、下にコーヒーってないんだ。シルガは気にした様子もなく飲んでたから大丈夫かと、ごめんね?」

「いや……」

「まぁ、シルガは味覚がなくなってるって言ってたから、それで大丈夫だったのかもしれないけど」


 味覚がないか。……まぁ時々なくなるよな、味覚って、別になくてもそんなに困るわけではないが、人体の不思議だ。


「家の外には出さなかったのか?」

「時々勝手に出て行って、しばらくしたら戻ってきてたから。てっきり他の家で飼われてるのかと思ってたの」


 もう少し人扱いしてやれよ……。いや、今のところ、懐かない犬の話としか思えないのだが、それはそれとして、飼うという表現はやめてやってほしい。

 今まで俺が戦ってきた中で、魔王に次ぐ強さの男だったのに……非常にイメージが崩れていく。

 俺もシャルに飼われたい。


「俺とシルガを間違えたのは?」

「……ちょっと雰囲気が似てたから。……危なっかしいというか、めちゃくちゃ丈夫なのに何かの拍子に簡単に壊れてしまいそうで」

「……そうか。まぁ、そうなのかもな」


 クルルも俺とシルガを重ねていたし、境遇も多少似通っていることは否定しない。少し似ているのだろう。同じ半魔族だしな。


「……よく一年間も見つからなかったな」

「まぁ、みんな私のことには興味がないから」

「そうか。……この街のことを聞いてもいいか?」


 俺の言葉にキミカが小さく頷く。


「あ、でも、その前に制服着替えていい?」


 俺が頷くとキミカはその場で着ていた服を脱ぎ始める。……ええ、男の前で着替えるのか。

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