第165話

 迷宮76階層の探索メンバーは、俺、ミエナ、ネネ、それにカルアという、少しばかり女性が多めになっている。


 突然魔物が強くなる可能性があるのでカルアを連れて行くのは避けたかったが、カルア曰く「それはないです。おそらく、魔物の強さはこれ以上は上がりません」とのことだった。


 確信を持った言葉であり、それに押される形でカルアを連れて進むことになった。

 まぁ実際、大手のギルドでも迷宮の探索を降りることが多いのは魔物の戦闘の苛烈さよりも、武器の破損などの迷宮内で取れないものが失われることがほとんどだしな。


 魔物よりもむしろ長く広いという環境こそが迷宮の危険なのかもしれない。


 迷宮を守る存在である【裁く者】にも勝てるわけだし、そこまで過保護でなくても大丈夫か。


 まぁ、これ以上は先導もなく地図もないため地図を描けるカルアがいる方がありがたいのは確かだ。初代は「歩き回っていたら土地勘が付くだろ」と言っていたが、そんな無理が出来るのは一日中歩き回っていられる初代ぐらいのものである。


 ギルドの中で集まり、万が一を考えて剣を構えながら扉を開き、何もないことを確認しながら一番最初に入る。


 周りを見回しながら空間把握の範囲を広め、危険なものがいないことを念入りに確認してから三人を呼ぶ。


「ふむ、聞いていた通りの草原ですね。……ん、んんっ?」

「どうかしたのか? 変なものでも見つけたのか? ……なんだあれ」


 カルアの視線がある方を見ると……巨木が逆さまに生えて、枝から葉が出ていた。

 迷宮の管理者が作るのを失敗したのか? と思っているとカルアが口を開く。


「……あれはバオバブですね。異様に幹が太くて枝も変わった感じに生えていますが普通にある木ですよ。図鑑にも乗ってます」

「……そんなのどうでもいいだろ」

「いや、よくないですよ。かなり重要です」

「……はあ、どうでも良くないか?」

「ん……分かってないですね、ネネさんは。このバオバブの木が生息している地帯は雨季と乾季がハッキリと分かれて……あ、そもそもネネさんは雨季と乾季が分からないですよね」


 カルアはやれやれと言いながら草原を歩く。

 ネネは明らかに怒ったような表情をしながらカルアを見る。


「あのですね、世界には色々な気候があります。寒いところや暑いところ、湿気たところに乾いたところと……。植物や動物は、その環境に沿った物がいるんです。陸に魚はいませんし、海中に犬はいません。このバオバブという木はですね、一年の間に乾いた気候と湿気た気候が交互にやってくる環境でしか生きられないんです」

「……それはずっと晴れている下の階層でも同じことが言えるんじゃないか。普通だと生きられないというのは」

「然り、です。それはおそらくそうであろうという予想でしかありませんでした。普通、ずっと夏の日中の晴天の環境では普通の生物だと辛いのではないか、という予想です。もしかしたら普通に生活出来るのかもしれませんし、なんだかんだと成長して子をなしてという可能性はありました。が、この木の周りにあるはずの魚では絶対に無理な物が生息しているはずです」


 ……魚? と俺が首を傾げるとカルアが頷く。


「雨季と乾季が交互にあると言いましたが、当然雨季には水溜りがあるわけです。その水溜りの中に生息する魚もいるわけでして、その魚の卵は乾季を経なければ孵化出来ないんです」

「……はぁ」

「というわけで、探すのです! 池を!」

「……攻略をするなら階段を探すべきなんじゃないのか、ヒモ」

「意図や仕組みが分かった方が対策も立てられます。あとヒモじゃないです」


 ネネは面倒くさそうにしていたが仕方なさそうに頷く。

 ミエナは珍しい木にペタペタと触れながら首を傾げる。


「……お母さん、この木の中、変な感じじゃない?」

「ああ、中は空洞でその中に水が溜まっていると思いますよ。あとお母さんじゃないです」

「まぁ、このままジッとしてるのも意味がないしさっさと行こう、カルア」

「まぁそうですね。あとカルアじゃないです。あっ、間違えた、カルアではあります」


 しっかりしろよ……。いや、まぁカルアかカルアじゃないかは微妙なところだが、偽名だしな。

 ……いや、もう偽名とは言いにくいか。


 四人で歩いていると何度か魔物に襲われるが、特に何事もなく倒して進み、目当ての池のような水溜りを見つける。

 カルアに言われるまま魚を捉えて、カルアに見せると難しい表情をしながら頷く。


「……ああ、なるほどです。……迷宮の管理者さんも大変ですね。全部自動だとしても」

「……どうしたんだ?」


 少し疲れた様子のカルアに尋ねると、カルアは俺の身体にもたれ掛かる。


「あー、疲れたなら一度帰るか?」

「……いえ、今はランドロスさんと一緒にいたいです。人の熱を感じていたいので」


 それは別にいいが……この魚が、カルアの心を疲れさせるほどのものだったのだろうか。池に魚を投げて逃すと、カルアはため息を吐く。


「お母さん、大丈夫?」

「お母さんじゃないです。ただの同情心ですので、私はどうも思いませんよ」

「……同情心?」


 と、歩きながら俺が尋ねた瞬間のことだった。

 遠くに階段が見えて、そこに注目していると、そこに上から降りてくる人影が見える。


 ……探索者? こんなところに……と思っていると、その人影がとても小さい子供のものであることに気がつく。


 俺よりも目がいいネネが人影を見つめて口を開く。


「……あれは、エルフの子供?」

「へ? エルフの子供って私のこと?」


 ミエナが首を傾げる。いや、100歳越えが何を言ってるんだ。


「違う。あっちの階段にいたんだ。エルフの子供が」

「……見間違いじゃないの?」

「いや、小さい人影はあったな。エルフかどうかは見えなかったが」

「……ランドロスがロリコンだから幻視したのでは?」

「ミエナに言われたくない。俺とネネが見たんだから間違いないだろ。……こんなところに子供って」


 俺たち三人が場違いな子供に困惑していると、カルアは小さく「……やっぱり」と口にする。


「……やっぱり?」

「……生物の移住が目的ですからね。この【天より下るノアの塔】は」


 諦めたように同情するように、カルアは口にした。

 俺たちはその言葉の意味が分からず、首を傾げながらも、その子供を探すことに決める。

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