第164話
イユリの好みは頭が良く優しい男という、ネネの白い馬に乗った男という好みよりもとても真っ当なものだ。
「……うーん、カルアから見て優秀そうか?」
「ん、人並みよりかは。イユリちゃんと比べるとアレですけど」
「そのレベルまでは求めてないだろ。多分」
イユリの方に目を向けると、食堂に昼食を食べに来ているマスターに甘えていた。……ああ、あまり興味はなさそうだな。
ウィルノーは俺達がこそこそと話しているのを見て不思議そうな表情を浮かべる。
「そう言えば、手が回らないと言っていたが、それなら自分の部下を増やせばいいんじゃないか?」
「それは部下を養うお金が必要ですし、そうすると研究の内容を独占してお金を稼ぐことになります。それこそ世界征服をするつもりでしたらそちらの方がいいですが……そこまで面倒を見てあげる義理もないので」
「……世界征服は『世界の面倒を見てあげる』か。……ずいぶんと大きく出たな。僕や僕の周りの人間も大口を叩く方という自覚はあるが、世界という存在そのものを幼児扱いする奴は初めてだ。おもしれー奴」
ウィルノーはカルアにそう言い、興味深そうにジロジロと見る。……別に他意のある行動ではないのだろうが…….。
他の男にカルアをジロジロと見られていることに苛立ちを覚える。
「まぁ、そうですね。夫や家族、友人などと過ごす時間の方が大切ですから、人に任せられるところは任せることにします」
「それはまた勿体ない考えだな。……ん? 夫?」
俺が「カルアも丸くなったなぁ」と思っているとウィルノーが不意に驚く声を上げる。
「結婚しているのか。……ああ、そうか、植物魔法といえばエルフだ。寿命が長いと聞くし、年齢の割に見た目が幼いだけか」
「いえ、普通に人間ですけど。……普通に結婚しているだけですよ。来年には子供も誕生する予定です」
「ずいぶんと早熟だな」
いや、子供が誕生する予定はないが……と、思っているとカルアは俺の手を握ってこてりと首を俺に寄せる。
「ね、ランドロスさん」
「……まぁ、そうだな」
事実はどうあれ、ウィルノーや他の男がそう思ってくれる方がいいだろう。
ウィルノーの目は完全に同業者を見るものだったが、カルアはとても可愛いので話しているうちに好きになられる可能性がある。
……というか、なんか他の男に親し気に話しかけられていたら腹が立つ。
「あちらのイユリちゃんも一緒に研究をしていますし、研究の方向性もウィルノーさんに近いのでお話ししてみてはどうですか?」
「ん、ああ、エルフか。……確かに話を聞いてみたいな」
ウィルノーがイユリの方に向かったのを見て、カルアは俺の頬をツンツンと突く。
「ランドロスさんって独占欲強いですね。仕方ない人です」
「……そんなに顔に出てたか?」
「出てましたよ。「俺の女に話しかけてんじゃねぇぞー!」って感じでした」
「そんなことは思ってなかったけどな。多少嫉妬していただけで」
「はいはい、仕方ない人です」
……そんな変なことをしているわけでもないだろ。
カルアは何故か嬉しそうに俺の頬をツンツンしながら俺の腕を触る。
「よし、元気出ました。ご飯食べてお昼からも頑張りましょう。ランドロスさん、さっきまでのところで分からないところありました?」
「……ほとんど全部だな」
「ですよね!」
それは元気良く返事をすることではないのではないだろうか。
「……シャルは分かったのか?」
「僕ですか? ん、写本するときにずっと読んでたわけですし、お手伝いとは言えど研究も一緒にしてましたからね。ある程度は」
「……俺だけなのか。分からないのは」
「ああ、いえ、あちらの男性と女性は的外れな質問をしてましたし、あまり分かってないかと」
それなら良かった。……いや、良くはないか、広めるのに失敗しているわけだしな。
「んー、そうですね。アレかもです。もっと幼い頃から学習出来るような環境を整備した方がいいかもしれません」
「貴族みたいにか?」
「そうですね。これからの時代は魔法による生産が増えることになっていきますから、ある程度の知識が……」
「どうしたんだ?」
「……いえ、格差が広がる可能性もあるな。と……まぁそれでも餓死者は減るはずですが」
カルアはパチパチと瞬きをしてから俺の身体にもたれかかり「ご飯奢ってください」と口にする。
金なら持ってるはずなんだけどな。……完全にヒモの精神が根付いている。……いや、結婚したからヒモではないのか。
まぁなんでもいいかと思って頷く。
三人で料理を食べながら、マスター越しにイユリとウィルノーが話しているのを見る。研究の内容についてという自分の得意分野のためか、イユリはあまり人見知りをせずに話せている。
「まぁ、あまり浮ついた仲にはなりそうにないな」
「そうですか? 案外話が合ってるみたいですけど」
「……いや、多少話した感じかなり変な奴だしな」
「イユリちゃんも変な子ですし」
「それは否定しないが」
あまりそういう雰囲気には見えないが、まぁ自分で話せるのなら俺が気にすることもないか。そもそも俺より倍も歳上だし気にする必要もないだろう。
それから再開した昼からの講義も終わって、イユリも含めた四人で机を囲む。
「んー、今日の成果は割と良かった感じですね。写本を作っていいかと尋ねてきましたし、市販されるようになったら広めるのに一役買いますし、個人的な用途でも問題ないですし、ウィルノーさんはそこそこ有名な魔術研究の組織に入っているみたいですから、そちらでの研究に任せてしまえばいいです」
カルアは俺の方を見た後「ふむ」と口を開く。
「その組織に教えに来てくれないかと頼まれているんですけど、ランドロスさんが問題なければ教えに行こうと思っています」
「俺は構わない。一緒に行くか」
「……いえ、そうではなく行ってきて大丈夫かという問いのつもりで……ランドロスさん、私のことめちゃくちゃ心配してますね」
「い、いや、違っ……いや、違わないんだが……一緒に来てくれと頼まれたんだと勘違いした」
「まったく束縛心の強い人です。じゃあ、一緒に行きましょうか」
普通に心配しただけなのに、酷く不服である。
「……ああ。シャルは行くとして、イユリはどうする?」
おそらく断るだろうと思いつつ尋ねると少し迷った表情をしてから、小さくコクリと頷く。意外だ。
まぁ、あまりずっと引きこもっているのよりかは随分いいか。
そのあとダラダラと話し、明日からは予定通りカルアも迷宮探索に加わることが決まる。……迷宮の管理者に会えるところに来るまでは来る必要はない気がするが、カルアは何を気にしているのだろうか。
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