第158話
ひたすら走り続けて、目標の15階層にたどり着く。上半身裸の男が三人で全力疾走する姿を多くの探索者に見られたが、まぁ別に何か問題があるわけではないだろう。
体力は大丈夫でも熱のこもった身体は非常にキツい。
「じゃあ、一度飯を食って休憩するか……」
と、メレクに言われるが……今この状態で帰りたくない。水を出して頭から被り、軽く汗を落としてから身体を拭いて服を着替える。
まぁまだ汗の臭いはする気がするが、上裸の男二人よりかはずいぶんとマシだろう。
短剣を突き刺してから、ドアノブの魔道具を取り出して扉を出現させる。
近くに魔物がいないことを確認しながら扉を潜ってギルドの中に帰る。
「あー、初代、ランドロス、精神的に疲れたから、とりあえず自室に帰って身体拭いてくる」
「そうか。俺は飯を食ったらもう一度迷宮に潜ろうと思うが、メレクとランドロスはどうする?」
「……あー、初代には悪いが、俺は今日はやめとく。駆け抜けてどうにかなるのもここら辺までだろ?」
初代の目が俺に向く。走るのはもう勘弁してほしいが、普通に探索する分なら体力や精神的にも問題ないが……。
結婚の話やデートなどにも時間を使いたいんだよな。
「……あー、まぁ、俺も昼からはやめておく。初代も少しは休んだ方がいいと思うぞ」
「いや、ひとりで進んでおく。さっきまでのはひとりだと出来ることじゃないから、あまり早い進みは期待するなよ」
仕事中毒だな……。初代は上半身裸のままギルドを歩き回り、職員に叱られて上を羽織っていた。
俺はキョロキョロと周りを見回してカルアとシャルを探し、ボードゲームで盛り上がっているところにカルアがいるのを見つける。
「ふっはははっ! また私の勝ちですっ! このギルド最強は私ということですねっ!」
……盛り上がっていて入りにくい。あまり話したことのない奴も多いし……ほとぼりが冷めるまで待とうと考えていると、カルアが俺を見つけたらしくパタパタと袖をはためかせながら俺に手を振る。
「あ、ランドロスさん、おかえりです!」
「……ああ、なんか盛り上がっているな」
見つかってしまい近くに寄ると、どうやら俺とマスターが遊んでいるボードゲームと同じものをギルドの仲間内でワイワイと遊んでいたらしい。
カルアの前で項垂れているのは、依頼などの受付を担当している若い女性職員である。
「う……このギルドで一番強かったのは私だったのに……こんな一方的に……!」
「ははは、まぁこんなものですよ。ランドロスさんもやります? ルールは知ってますか?」
「……とりあえず、昼食を食べさせてくれ」
「ふふふ、分かりました。ご飯の後にやりましょう。ふふふ、これで十三人抜きですね」
かなり色んな奴と遊んでるな……。俺よりも多くの人と仲良くなっているんじゃないだろうか。
……まぁ、俺より後にギルドに入ったとは言えど、迷宮に潜っていることが多い俺に比べて、カルアはずっとギルドの中にいるわけで……。
嫉妬とやきもちを覚えながら料理を注文する。カルアとシャルはもう先に食べたらしく、俺の頬をツンツンと突いたりしてくる。
「ランドロスさん、もしランドロスさんが私に勝ったらなんでもしてあげますよ?」
「……なんでも……他の奴にはそんな約束してないよな?」
「えっ、もちろんそうですけど。……ランドロスさんってやきもち焼きですよね」
「……そんなことはない」
……何でもか。……何でもって、何でもか?
いや……そもそも俺が頼んでカルアがさせてくれないことってあるのだろうか。
クソ……! 自分からそういうことをするのを断り続けているのに、エロいことをすることばかりを考えてしまうっ!
……いや、落ち着け、エロい方向に考えてしまうのはカルアの罠だ。
黙々と食事を摂りながら、何を頼むかを考える。
胸を見せてもらいうとか……ダメだ。そういう方向で考えてはいけないのに。
俺が悩んでいると、カルアがふふんと鼻を鳴らす。
「ランドロスさん、もしかしてもう勝てるつもりでいるんですか?」
「……いや、別にそういうわけじゃないが」
マスターとしかやったことはないが、ほとんど負けていないしそこそこの自信はある。
食事を終えると、シャルは不安そうに俺に尋ねる。
「あの、お仕事は大丈夫なんですか?」
「ああ、カルアとイユリの作ってくれた魔道具のおかげでかなりいいペースだから大丈夫だろう」
「何階層まで行ったんですか?」
「15階層の始まりまでだな」
「めちゃくちゃなペースで進んでますね。……前行ったときは三日かかりましたよね」
「俺が荷物を持って、初代が三人に治癒魔法をかけ続けて、メレクが邪魔になる魔物を蹴散らしながら、三人で走り続けてな」
カルアは「ああ……」と頷く。
「それで初代が汗まみれだったんですね。ネネさんが断ったのも納得です」
「まぁ、低階層でしか出来ないやり方だけどな。……よし、まぁ……やるか」
食事を終わらせてカルアと向き合う。
……カルアが俺よりも頭がいいことは承知であるが、頭が良ければ全部のことが出来るというわけでもないだろう。
マスターとやっていて、多少の自信はある。
カルアにしてもらいたいことはたくさんあるので、とりあえず勝とう。耳掻きとかしてもらいたい。
カルアと向かい合って駒を並べる。
シャルは俺を応援してくれるものかと思っていると、シャルは「カルアさん頑張ってくださいね」と口にする。
「……シャル、カルアの応援をするのか?」
「えっ、だ、だって、ランドロスさんが勝ったら二人でイチャイチャするじゃないですか。カルアさんには勝ってもらわないと」
「……微妙にやる気が落ちることを言いますね、シャルさん」
二人して微妙な気分になりながら指し始める。
そして、何の抵抗もなく勝ってしまう。
「くっ、やられましたー」
「……わざと負けるにしても露骨すぎません?」
「いや、だってイチャイチャする名目を用意したいですし。とりあえず負けるノルマは達成したので、次はちゃんと指しますよ」
カルアがわざと負けたせいで勝ったとは言い難く、何でもしてもらえる権利を得て嬉しいような……せっかく気合いを入れたのにスカされるようで嬉しくないような……。
二局目をすると呆気なく大差で負ける。
まぁ、頭脳の勝負でカルアに勝てるわけないよな……。
シャルが微妙な表情でカルアを見る。
「……なんて言うか、そういうところですよ。カルアさんの悪いところ」
「な、何がですか」
「いえ……その、ランドロスさんも権利を得たはいいものの自分で勝ち取ったものではないせいで使う気が削がれてるじゃないですか」
「……まぁ、確かに。そもそも頼んだらさせてくれないことなさそうだしな」
耳掻きはしてもらいたいが、こんなお情けのような形で恵まれた権利だとどうにも興が乗らないというか……。なんか使うと情けない気がする。
「……じゃあ、カルア、水をくれ」
「えっ、き、キスを求めるんじゃないんですか!?」
「いや、なんかそういうのは違うというか……。お互いがしたくなったらするものじゃないか?」
「せ、正論を言うんですか!? あのランドロスさんがっ!」
「……いや、まぁ……こんな与えられた権利で求めるのは格好悪いしな」
キスは普通に頼んだらさせてくれるし……。と考えていると、シャルがカルアを押して椅子から退かして俺の前に座る。
「まぁ見ていてください。ん、カルアさんと同じルールでやりましょうか」
「……いいのか?」
「はい。もちろんです。僕は普通に勝たせていただきますので」
先ほどのように手加減されるのは嫌だと思いながら指すと、ギリギリの勝負になって、最後には一手の差で負けてしまう。
シャルは安心したようにほっと息を吐く。
「つまり、こういうことなんです。勝負事で遊ぶときにまでイチャイチャを持ち込んだら楽しくないんです! 本気でぶつかり合って勝ったり負けたりするのが楽しいわけで、何でもかんでもイチャイチャにつなげようとするのは、遊びの楽しさを損なうんですっ!」
シャルはドンと薄い胸を張って言う。……まぁ負けたけどカルアとやるのよりかは楽しかったな。
……シャルが何でもしてくれる権利は欲しかったが。
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