第122話
俺はシャルに目を向ける。
「しゃ、シャルは分かってくれるよな? 俺の気持ちが」
「えっ……小さい女の子に囲まれるのが好きなんですよね」
「違うんだ……。いや、違わないんだが……。俺は、誠実になりたいんだ」
ああ、そうだ。そうだった。
俺は人に対して誠実な人になりたいんだ。
「ら、ランドロスさんが誠実に!?」
シャル……思ったよりも俺のことを信用してないな。いや、まぁ……現状を鑑みれば当然すぎる反応だが。
「俺は……マスターに好かれて嬉しがったりせず「俺には大切な女の子がいるから」と断りたいんだ。なのに現状は……格好だけ嫌がるフリをして、内心はめちゃくちゃ喜んでいるし、あわよくばとも考えてしまっている。誠実とはかけ離れているだろう」
「ええ……ぶっちゃけましたね、ランドロスさん」
カルアは自分から「欺瞞はやめましょう」と言っていたのにドン引きした表情を見せる。
ドン引きされるのは当然なのだが、内心を告白させた本人がドン引きするのは少し酷くないだろうか。
「……なんかな、もうさ……大喜びで「げへへ、マスター可愛いぜぇ!」とか言って舌舐めずりした方が素直で誠実な気がしてきた」
「ランドロスさんの誠実さは物語の端役の悪者以下だった……?」
「だってそうじゃないか? いい人のフリをして、いい人だと騙そうとしている悪人と、悪人のままの悪人なら、前者の方がよほど悪質だろう」
「ま、まぁ……確かにそうですけど……」
カルアは俺の手を引きベッドに導いて、俺を寝かせて膝枕をしてくれる。カルアのふともも気持ちいい。
「誠実なままの自分を保ちながら、誠実ではないことをするのは卑怯だろう。……俺は、卑怯なんだ……シャルにも、カルアにも、マスターにも、誠実な男と思われたままに三股を掛けたいと思っているんだ……!」
俺は何者よりも醜い内心を吐露する。
我ながら最悪のことを言っていると思っていると、膝枕をしているカルアが俺の頭を撫でながら微笑む。
「大丈夫ですよ。私、ランドロスさんのことを誠実な男性と思ったことは一度としてないですから」
「…………えっ」
カルアの慈愛の篭った視線を受けて身体が硬直する。
「よく隠せていると思っていましたね。だだ漏れですよ……。欲望」
「え、な、何故バレて……」
「……いや、普通に視線とか。ね、シャルさん」
「あ、はい。その、屈んだときとか胸元を見てますよね」
「……それは、違うんだ」
「欺瞞はやめましょう。バレバレなので」
……違うんだ。他の男が見たらダメだと思って、もしも胸元が緩そうなら注意しようと考えていただけで……。
俺が性懲りもなく何とか言い訳を捻り出そうとしていると、マスターがポツリと呟く。
「……や、やっぱり、ダメだよ! 二人に悪いし、ちゃんと諦めるからっ!」
内心、残念ではあるが……何事もなく終わったと考えて……いや、何事もなくではないと思い直す。
非常に微妙な空気感であり、元々の予定だったシャルとの結婚の話をするような流れではない。
カルアの膝の上から抜け出して、三人で顔を合わせる。
「……まずいですね」
「……まずいか?」
「えっ、だって……このままだと、禍根が残るだけですよ……? どうせ最終的にくっつくのに拗らせるだけ拗らせるのはアレかと」
「……いや、別に、俺が受け入れるというわけじゃ……」
「……マスターに好きだと迫られて断れる自信がおありですか?」
……そんな人類はこの世に存在しないだろう。
「……いや、でも……自分から浮気をしにいくのはどうなんだ?」
「今更感溢れる発言ですね」
「……本当に恋愛感情はない可能性は?」
「いや……ないですよ。明らかに大好きオーラを発してましたよ。めっちゃくちゃべたべたに初恋してましたよ」
シャルの方に目を向けると、シャルは困惑したようにカルアを見ていた。
「……あ、あの、僕としては、別のお嫁さんが増えるのは出来たら嫌なんですけど」
「違いますよ、シャルさん。これは頼れるマスターがお嫁さんになるか、恋敵になるかの分かれ道です。恋敵がいいか、頼りになる人がいいかです」
「恋敵は嫌ですけど……。どうするつもりですか?」
ものすごくマスターに失礼な話をしている気がする。
「どうせなんだかんだでくっつくことになるなら、拗れる前にした方がいいです。じゃあ、ちょっと話をしてきますね」
カルアはそう言って部屋からマスターを追って出て行く。
◇◆◇◆◇◆◇
カルアに呼ばれてマスターの部屋に入ると、頭をクラクラとさせたマスターとシャルの二人と満足げに頷くカルアがいた。
「はい、どうぞ」
「……恋心は恥ずかしいことではない」
……洗脳した?
カルア……さん、マスターを洗脳したのか?
マスターはグルグルと目を回して顔を赤くしながらカルアの指示に従っていた。
カルアの「どうですか」とばかりのしてやったり顔に思わず頰をひきつらせる。
いや、あの強固な姿勢を崩さなかったマスターを相手に説得するのは快挙とも呼べるほど凄いことではあるが、凄すぎて怖い。
なんか変な魔法とか使ってないよな。
「はい、じゃあマスター、本音を言ってください」
「えっ、あぅ……む、無理だよ」
マスターは顔を赤くしながら、カルアに縋るように首を横に振る。子供が姉に駄々を捏ねるような仕草をするが、カルアはそれを聞かずにマスターをベッドから立たせて俺の方に押す。
少し体勢を崩したマスターの身体を抱いて支えると、マスターの小さな手が俺を押して離れる。
「わ、私、その……恋愛とか、分からないから。……えっと……カルアと話してね。その……ランドロスと、デートってしてみたいなって……ことに、なって……というか、カルアに勧められて……嫌なら嫌で、無理にとは言わないけど……」
徐々に語気が小さく弱くなっていき、最後には消え入りそうになって、口の中でぶつぶつと言っていた。
……いいのだろうか。浮気なんてして傷つけるのではないだろうかと思って二人の方を見るが、嫌がっている様子はない。
……ミエナやイユリにバレたらまずいだろうと思ったが、見せ合いっこをするのよりかはよほどマシだろう。
しかし、俺の欲望通りに動いてデートなんてしてもいいのか。少し迷った末、ここまでお膳立てしてもらって断るわけにはいかないと考えて頷く。
「俺で良ければ、いいが……。最近は普通に街中も歩けるようになったしな」
「……いいの?」
「ああ、いつ行く?」
「じゃ、じゃあ……えっと、明日は昼過ぎから亜人の多いギルドで会議だし、明後日は溜まった書類を……一週間後ぐらいになっちゃうかな、大丈夫?」
「ああ、もちろん」
マスターはホッとしたような、あるいはより一層に緊張を深めたような複雑な表情を浮かべて、少し焦ってから、ふうっと息をつく。
「あ、あの、ギルドのみんなには秘密ね?」
「そうだな。……ミエナにバレると、色々と不味い」
「何か悪いことしてるみたいでドキドキするね」
悪戯げにマスターは笑い、釣られて俺も苦笑を返す。……まぁ、俺は三股という悪いことを実際にしているのだが。しかも三人とも子供。
歳も8歳も離れていて……。いや、よく考えたらもう誕生日を過ぎていて20歳になっているな。……ほとんど倍の年齢差があるが……デートなんてして大丈夫だろうか。
……衛兵に見つからないことを祈ろう。
「……あー、シャルは良かったのか?」
「こ、恋心は恥ずかしいことではありません」
近くで聞いていたシャルにまでカルアの洗脳が効いていた。
とりあえず、ポンコツになっているシャルを置いておき、カルアの方に目を向ける。
「カルアは良かったのか?」
「えっ、私の目論見通りになってますよ?」
「目論見通りなのと、望み通りは別だろ。落とし所を見つけるために我慢しているかと思ってな」
「……え、えっと……じゃあ、私ともデートしてほしいです。後日でいいので」
「そんなのでいいのか?」
カルアは顔を赤くしてカクカクと頭を頷かせる。
……カルア、人に散々上から言っていたのに……自分のこととなると、とことん弱いな。
そういうところも可愛く、愛おしいのだが。
少女ふたりとデートの約束を取り付けるという問題行動をした俺は、カルアに「もうちょっとふたりに教えておくことがあるので」と言われて、部屋から追い出されるように廊下に出る。
先程までの会話をネネが聞いていたらどうしようかと考えて、キョロキョロと見回してみるが人の気配はない。
まぁ、まだ昼だし、ネネもそんなに暇じゃないか。そう思って自室に戻ろうとしたとき、扉が開く音が聞こえて思わず勢いよく振り返るが、先程俺が出てきたばかりの扉で、扉を開けたのはマスターだった。
「マスター、どうしたんだ」
「……その、マスターじゃなくてクルルって呼んでほしいなって。あっ、マスターを辞めるって決めたって意味じゃないよ。その……マスターとしてだと、上手く甘えられないから」
クルル……と呼ぼうとした声が詰まる。理由はすぐに分かった。俺は緊張しているのだろう。
誰もマスターのことをクルルとは呼んでおらず、マスターと呼んでいる。それはきっと、名前で呼んだら、ただの一人の少女であることを認めてしまうからだろう。
緊張を飲み込む。……もう、マスターに頼りきった考えはやめようという意思を持って、しっかりと、一字一字を大切にするように……その優しく、強く、気高く……誰よりも弱い少女の名前を呼ぶ。
「クルル」
「……えへへ、ランドロス」
「……クルル」
「ランドロス。……名前で呼ばれるのなんて珍しいから、変な感じだね」
こうして見たら、マスターは……いや、クルルはただの子供だ。意地っ張りで、負けず嫌いで、優しくて、あまえんぼうだ。
「あ、ランドロスっ。その、名前で呼んでって言ったけど、みんなの前では、いつも通りマスターって呼んでね?」
「ああ、分かった」
「あと、その……また、夕方、一緒にご飯食べようね」
「……ああ、また後で」
灰色の髪が揺れて、クルルは嬉しそうに笑みを浮かべて、俺が階段から降りるまで俺の方を見ていた。
振り返ってもクルルの部屋の扉が見えなくなった頃になって、ようやくパタンという音が耳に入る。
少しの名残惜しさを感じながら、まだ湿気ている頭を掻く。
「…………デートって何をしたらいいんだ」
その場のノリというか、欲望に従って即決したが……そもそもデートなんてした経験はなく、町を普通に歩けるようになったのも、復興作業を手伝い始めたここ一月ほどの話だ。
俺は常識に欠けている自覚はあるが……男が色々とエスコートするものだよな。歳も倍も上だし、俺がクルルを楽しませる必要がある。
……出来るのか? 俺に。どうしよう。全然、あまりにも自信がない。誰かに相談をしたいと思ったが、クルルとデートをするなんてギルドの仲間に話せるはずもない。
商人……は、おそらく恋人すらいたことがない未婚男性なので一切頼りにならないだろう。
そんな奴いるか、既婚か恋人がおり、ギルドの仲間でもないやつ……。
シユウ? と、一瞬だけ考えてすぐに却下する。アイツはないな。アホだし、一瞬で相手を連れ込み宿に連れ込んだりしてそうだ。
他に誰か……マトモそうなやつで、相談になってくれそうな奴……。ダマラスはギルドマスターで絶対に忙しいだろうしな……。
クソ、知り合いにマトモな奴が全然いない。何で俺の周りは変なやつしかいないんだ!
俺よりもおかしい奴らに相談しても仕方ないので、結局は自分で考えるしかないか……。
部屋に入ろうとしたところを、メレクの妻のサクさんに止められる。
「あっ、ランドロスくん。ちょっといい?」
「ああ、別にいいが……メレクが何か用でもあったのか?」
そう言えばあまり話したことはないなと思いながら立ち止まる。
温和そうな雰囲気で肉付きの良い大人の女性といった様子だ。
「あ、ううん。ギルドの方に衛兵さんがきていて、ランドロスくんに用だって」
サクさんの言葉を聞いた全身から冷や汗が流れ出る。
ば、バレたのか!? 色々と覚えがありすぎてどれのことか分からないが……何かが衛兵にバレてしまったのか!?
俺の顔が青白くなったのをサクさんも気がついたのか、心配そうに俺の方を覗き込む。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……大丈夫……の、はずだ」
フラフラとした足取りで、俺はギルドの方へと向かった。
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