第120話

 非常に、気まずい空気が部屋の中に流れる。

 自分の部屋だというのにあまりに居心地が悪い。


 カルアは責めるような目を俺に向けていて、その視線は普段の俺の信用のなさを示しているようだった。


 緊張のためか少し息を荒くしているマスターはもじもじと指先を弄りながら、潤んだ瞳でカルアと俺を交互に見る。


「そ、その……前も、話したんだけど……。ランドロスと一緒に宿に泊まったんだ」

「ああ……そうでしたね。この人は本当に……」

「い、いえ、それは事故というか、混乱して私から誘ってしまっていたからっ! ……まぁ、その、その時はただちょっと恥ずかしかっただけだったんだけど」


 灰色の髪の少女は視線を上げて、俺と目が合ったかと思うとすぐに下ろす。

 ベッドの上にマスターが乗っている姿を見ると、どうしてもあの時一緒に寝たことを想起してしまい、ゴクリと喉が鳴る。


 マスターにしてもあの日のことはよほど刺激が強いものだったのだろう。異性と抱き合って一緒に寝たようなので……あまりにも当然だろう。

 マスターは自身の体験を俺とカルアに話していることを恥じらい、耳を真っ赤に染めながら、丈の短いスカートの裾を握り込む。


「その、目を合わせることも出来なくなっているのは別で……。その、先日から……ランドロスに抱きしめてもらったときから、その……ランドロスがとてもカッコよく見えて……」


 予想外のカッコいいという評価に驚いていると、マスターは羞恥に震えた声を出していく。


「あの、その……そういうことで、カルアとシャルに申し訳なくて目を合わせることが出来なくなったという具合で……」


 マスターの話を聞いたカルアが、慌てたように言う。


「えっと、それはマスターもランドロスさんのことを好きになったということでしょうか」

「い、いや、違うよ。これは、恋心ではなくて……あ、アレだよ。性欲っ」

「せ、性欲!?」

「私も女だからね。異性であるランドロスと触れ合ったらそうもなるということだよ」

「……え、ええ……す、好きなんですよね?」

「性欲だから気にしなくて大丈夫だよ」

「いや、どう見ても恋愛感情ですよ」


 謎の言い合いがカルアとマスターの間で発生する。

 マスターはパンパンと枕を叩いて反論する。


「一緒に寝るのが嬉しくてドキドキするとか、ランドロスの顔を思い出して寝れなくなるとか、明らかに性欲だよ。私はランドロスに性欲を感じているだけだから、カルアは心配しなくて大丈夫っ!」

「いやいやいや、どう考えても恋愛感情です。それ、恋愛感情です。刺激の強い体験をしたせいでおかしな考えになってるだけで恋愛感情です」

「性欲だよ。またランドロスと触れ合いたいとか思ってるし!」

「どう考えても恋愛感情ですよっ!」


 俺そっちのけで話が進んでいく。

 ……いや、ダメだな。ダメだ。シャルと結婚するのに、ほかの女の子に手を出すのはダメだ。


「……そ、それは……その……一緒に出掛けたのが楽しかったし、ボードゲームで遊んだりとか、頭を撫でたり、撫でられたり……」

「こ、恋じゃないですかっ! 完全にラブじゃないですかっ!」

「ち、違うよっ! 性欲! だから、大丈夫っ!」

「それはそれで大丈夫じゃないですからっ! ランドロスさんは何また小さい女の子とイチャイチャしてるんですかっ!」


 カルアがベッドの上に膝立ちになって俺の肩を掴んで揺らす。


「というか、なんです!? ランドロスさんは子供の女の子にだけ効くフェロモンでも分泌してるんですか!? 11歳はダメですよ、衛兵さん来ますよっ!」

「……お、俺が悪いのか?」

「原因は明らかにランドロスさんでしょう! 11歳、13歳、11歳ですよ!? 明らかに偏ってますよ、ダメな感じですよ!」

「いや……ストーカーの話で言えば、クウカは同年代だぞ」

「……先代勇者さんは25歳でしたっけ。あれ、そう考えるとそこまで偏っているわけでは……」


 なんでそこにシユウの名前が出るのか。男が入り込む方がよほどおかしいと思うが。


「……あれ、もしかして、ランドロスさんってめちゃくちゃモテてます?」

「そんなことはないと思うが……」

「……まぁ……自分で言うのもアレですが、攻略難易度がめちゃくちゃ高い私をころっとベタ惚れさせているほどですから、他の人からも惚れられるのは仕方ないと言えば仕方ないですけど……。あの、三人とも子供のハーレムを構築するのはどうかと思いますよ」


 ハーレムって……いや、これはハーレムということになるのか?

 マスターの方に目を向けると、もじもじとしながら目を逸らす。


 ……これ、本気の空気だ。


「あっ、だからといって勇者さんやクウカさんならアリって話じゃないですからね。……それならマスターの方がいいんですけど……」

「わ、私は別に大丈夫だよ。ふしだらな性欲に心が負けているだけで……別に、横恋慕して相手してもらおうとは思ってないから」


 ……マスターがそう言ってくれているのは、正直なところありがたいと感じる。

 マスターのことは好きではあるし、何度も性的な目で見ていることは否定出来ないし、今後も防御力の低い姿を見て興奮するだろうが……。


 シャルは間違いなく嫌がるだろう。恋人となる以前、カルアのことも好きと言ったとき……本当に刺されるかと思った。


 まぁ刺されるの自体は構わないのだが、問題はあの温厚なシャルがそれほどまでに怒り悲しむことだ。

 散々裏切るような真似はしているが、これ以上裏切るような真似は……と思いながらマスターの方を見ると、ベッドの上で三角に座って膝を抱えていた。


「本当に、そういうつもりはないから」

「……あ、ああ」


 マスターのふとももに思わず見惚れていると、カルアにパシンと叩かれる。


 その様子を不思議そうに見たマスターは、俺の視線を追って、慌ててバッとスカートの裾を押さえて引っ張る。


「み、見た?」

「……す、少し」

「ご、ごめん。わざとじゃないからね。見られて……変な気持ちにはなっちゃってるけど、わざとじゃないからっ!」


 マスターは顔を紅潮させながら脚を元に戻して、荒くなっている息を整えていく。

 ……本当に興奮している様子であり……俺もその様子に興奮しながらも目を逸らす。


 どうしよう。完全に俺のせいでマスターに好かれてしまった。

 いや、喜びしかないけど。嬉しさしかないけれどっ!

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