第111話

 シャルとカルアが寝ている横で……俺は月明かりを頼りに手元の写真をチラチラと横目で見てどうするべきかを悩む。


 ……これは、良くない。とても良くない写真だ。

 これはこの世に存在してはいけないものだ。いけないものだが……とてつもない魅力を放っていた。


 いや、マスター可愛いし、そういう姿を見たくなるのは男として……いや、人類として当然のことである。

 隠れて見て楽しむ分にはバレるはずもないのだから、げへへとひとりで鑑賞するのは……。


 いや、ダメだ。ちゃんと誠実に焼却処分を……いや、勿体ない。こんな宝物、失ってしまえば二度と手に入ることがないだろう。あまりに勿体なさすぎる。出来ない……! 俺には、こんな素晴らしいものを燃やすことなんてっ!


 悪を知りつつ一人で隠れて楽しむようなことは出来ないが、かと言ってこんな価値のあるものを燃やすことも出来ない。

 そのどちらもが俺の臆病さ、精神的な弱さのせいで行えない。ハッキリと欲望を断ち切る強さ、あるいは隠れてこそこそと楽しむ強かさがあれば……。


 どうしよう。ネネに返すか? ……いや、何故こんなに返すのが遅れたというツッコミを受けてしまいそうだ。

 藪を突いて蛇を起こすような真似はしたくない。


 どうしよう。どうするべきか。

 長々と頭を悩ませていると、カルアがころんと寝返りを打って転がって頭を俺の膝の上に載せる。


 俺は慌てて写真を片付け、カルアの方を見ると、油断しきった表情で、白いお腹を出していた。


 ヘソだ。ヘソである。

 ……身体を冷やすのは良くないだろうという気持ちと、しっかりと目に焼き付けて脳の奥に刻み込みたいという思いが交差する。


 迷う時間はない。迷って何もせずにいれば……必然的に俺の欲望に従って見続けることになる。パッとパジャマの裾を戻し、カルアのヘソを頭の中で思い出す。


 そうしていると、不意に頭の中に女性の声が響く。


「おい、そこのロリコン男」

「……ああ、聖剣か」


 一瞬驚いたが、基本的にカルアしか持てないので必然的にカルアが聖剣を持ち運ぶことになり、この部屋に置かれることになった。

 正直なところ、微妙な気分だが……。


「何か用か?」

「ふむ。まさかお前とまた行動を共にすることになるとは思っていなかったな。まぁ、それ以上に、こんな子供をふたりも嫁に取るロリコンとも思っていなかったが」

「まだ結婚はしていないが……まぁ、別れることはないだろうけども」


 俺は勿論だが、ふたりも別れる気がないから同衾しているのだろうと思う。


「まぁ、何でもいい。性的な倒錯をしていようともな」

「……聖剣、お前……俺のことが大丈夫なのか? てっきり魔を払う聖剣だから、半魔の俺とは敵対しているものかと思ったが」

「魔を払う聖剣ね。それは勝手に人が言っているだけだ。私はただの魔王を殺すための道具でしかない」

「……俺はいいのか? 魔王の力を受け渡されたようだが」


 指先に紅い雷を発生させるが、聖剣は気にした様子もなく答える。


「不死でないならば構わない」

「……まぁ許されるのならありがたいが、また何でそんなに魔王を殺したがるんだ」

「人間の世界を作るのに、不死の人間の敵対者がいると困るだろう」

「……じゃあ、俺も問題じゃないか? 魔王の力を受け継いだ相当強い半魔族だが」

「構わない。不死でなければいい」


 随分と分かりやすい答えである。重要なのは不死の魔王だけで、他は全くどうでもいいという。


「……魔族の敵対者じゃないのか?」

「違う。私は不死の魔王を殺すためにある」

「……魔族の長を討つと?」

「違う。不死でないならば問題ない」

「なんでだ?」

「そういう風に作られているからだ」

「…………誰にだ?」

「知らない」


 どうにもよく分からないというか……的を得ない答えが多い。まぁ、人間じゃなく聖剣なのだからそういうものなのだろうか。


「……じゃあ、魔王とはなんだ?」

「知らない。知っていることはあるが、私が生まれてから見聞きしたことだから間違えている可能性がある」

「……それは?」

「魔王は迷宮より出でて大陸の外を目指す存在だ」

「……迷宮? 大陸の外?」


 そう言えば、シルガは迷宮にいる間に魔王になったんだったな。……迷宮は聖剣と魔王と関係がある?


「……どういうことだ。知っていることを教えてくれないか?」

「私の知識は単純に見聞きしただけのもので、おそらく間違いは多く、合っていることはほとんどないと思う。知識の中に矛盾するものも多くあり参考には出来ないはずだ。確かなのは、私は不死の魔王を殺すために作られたということだけだ」


 ……つまり、役割だけ持った状態で生まれて、その役割以外の情報は後からの見聞でしかなく、真実は知らないということか。


 気にはなるが、俺に情報の精査などは出来ないだろうから聞いても意味はないか。カルアやイユリに任せよう。


「質問は終わりか。なら、こちらの用も話させてもらおう」

「……なんだ?」

「この娘は何者だ? システムが壊れたのかと思ったが、そういう風でもないようだ」

「……世界を救う救世主様だよ」

「具体性のない言葉だ。意味が分からない」

「そのままの意味だ」


 カルアのヘソを思い出しながら、カルアとシャルに見られないように一人でゲヘヘな妄想に浸ろうかと思っていたが、聖剣の目があるせいで隠れてすることすら出来ない。


 性的欲求を満たすためには必要なことなのに……どうしようか。役に立たなさそうなので捨ててしまいたいが、そういうわけにもいかないよな。

 ……イチャイチャするのに人目があると気になるとか言って、別室に保管してもらえるように頼もうか。


 カルアの気の抜けた顔を見て、丸まって寝ているシャルを見る。……めちゃくちゃ可愛い。

 ……寝よう。とりあえず、寝るしかない。


「……俺は寝るが、お前も早いところ寝ろよ」

「私は眠らない」

「……なら、旅してる時に見張りをしてくれていたらいいのに」

「知覚範囲が狭く、なおかつ寝ている者には声が届かないからそれは出来ない」

「あー、そうなのか。悪いな」

「構わない」


 よく分からない存在だが、まぁ……今日は気にしないでおくか。一日徹夜していてめちゃくちゃ疲れているしな。

 二つ並べられたベッドの間に寝転び、目を閉じる。

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