第74話

 ダマラスを倒したあと、そのまま次の予選を勝ち進んだ。

 予選の三戦が終わり、微妙な表情で観戦していたカルアと合流する。


「……三人とも優勝候補でしたね」

「……しかも、勝ち進む度に弱くなっていったんだが。いや、トーナメント戦なんだから、普通は逆じゃないか?」

「……優勝おめでとうって言っていいんでしょうか?」

「いや、本戦に出場しただけだしな……」

「優勝候補、ランドロスさんに負けて全員予選敗退してますし、なんかもういいんじゃないですか? むしろ、もう、出場する意味あります?」

「……あるんじゃないか? 知らないけど」


 いつもは近くで罵倒してくる人達が、今日は遠くから恐れている。歩きやすいし、カルアに被害が出なさそうでいいんだが……どうなんだろうか。


 なんかもう……トーナメント戦ってこういうものじゃないだろ。


 勝ち進む度に弱くなるシステムじゃないだろ。


「……これはこれでギルドに戻るの気まずいんだけど。どういうテンションでギルドに戻ればいいんだ? やったー! 本戦出場だ! ってノリでいいのか? それとももう優勝気分で調子に乗った方がいいのか? このままのテンションでいいのか? 疲れた感出すべき?」

「私に聞かないでくださいよ。私は観戦してない感出して報告を聞いて周りの様子に合わせるので」

「……ずるくないか? 俺もそれをしたい」

「出場選手がそれをしたらヤバいやつですよ」

「元々ヤバいやつ扱いされてるから大丈夫じゃないか?」

「ヤバさってのは称号を得たらそれで終わりじゃないんですよ。どんどん加算されていくんです。ロリコン二股ストーカーから記憶があやふやなロリコン二股ストーカーに進化することになるだけです」


 なんだろうか。普通に勝てて喜ぶべきなのかもしれないが……。

 ……上手いこと喜べない。こう……決勝戦に行くにつれて強い対戦相手が出てきて、ちょっとずつ盛り上がっていくのをやりたかった。


 倒すごとに相手が弱くなっていくのは気持ち的に盛り上がれない。

 いや、でも喜ばないのは相手に失礼か? いや、喜んだ方が失礼だろうか。


 カルアは本当に観戦していたのをなかったことにする気なのか、ギルドの前で別れてからギルドの中で俺を出迎える。


「ランドロスさん、どうでした? 結果」

「……ええ……本気だったのかよ」

「何のことですか?」

「勝ったよ。本戦出場だ」

「わー! すごいです! 流石はランドロスさんです!」

「……やめないか? この茶番」

「……やめましょうか」


 微妙な空気のまま顔をあげると、天井の柱にネネが腰掛けているのが見えた。

 ネネは声を出すこともなく唇だけが動く。


「負けたか?」


 俺は声を出して答える。


「いや、勝った。そんなところにおらず、降りてこいよ」


 ネネがストンとほとんど音を立てずに降りてきて、俺の方に目を向ける。


「負ければ良かったのに」

「俺が武闘大会に出るの知っていてくれたんだな。もっと俺に興味ないものかと」

「……負けて落ち込んでるのを見たかっただけだ」

「はいはい」


 そういえばマスターがマスターを辞めようと思っていることをネネと俺だけに話したと言っていたな。


 ……ミエナやメレクとか、他にもベテランの奴もいるのに……なんで俺とネネなんだ?

 俺は問題のシルガと同じ半魔族だったというのが理由だろうが……なんでネネが?


 黒装束のネネに目を向けて、カルアがイユリの方に向かっていくのを見てから、小声でネネに問う。


「……ちょっといいか?」

「口説くつもり?」

「そんなわけないだろ。好みじゃない」

「ロリコン。……まぁ、話ぐらいならいい」


 端の方の席について、ネネに目を向ける。

 普通に話してくれるのは珍しいな。そう思いながら、小声で話す。


「……マスターの話なんだが……」

「口説くのは協力しない。変態め」

「違う。日頃の行いのせいで強く言い返せないけど。別に恋愛感情は持ってないからな? あくまでも尊敬するマスターってだけで」

「……じゃあ、聞いたの?」

「ああ。それで、マスターからネネにも話したと聞いてな。……なんでネネにも話したのかと。そんなに仲良かったか?」


 まぁなんだかんだと仲のいいミエナには話せないことなので、そうなっただけかもしれないが。

 俺がそう思っていると、ネネは首を横に振る。


「ううん」

「じゃあ、何あったのか?」

「……四代目をしないかって」

「…………えっ、ネネが? なんで? ……弱みでも握ってるのか?」


 教えてくれないかな。いや、悪用はしないけど。


「そんなわけない。……向いてると思ったってさ。断ったけど」

「……はあ。ネネがか? 言っては悪いけど、向いているようには見えないが、ほとんどのギルド員と会話してないだろ」

「……うん。よく分からなかった」

「学があるのか?」

「……最近は勉強してるけど。多分ない」


 やっぱり向いてはいないよな。ネネ自身も向いていないと思っているようだし、なんでネネ?

 それなら普通に他のベテランのやつとか……それこそ、他の事務員とかでいいように思うが。


「……安心したらいい。やらないから」

「いや、別に俺としては構わないんだけどな。……まぁ、無理にやるものでもないしな」

「……ランドロスがマスターの交代を嫌がらないのは不思議」

「まぁ……子供に無理をさせるのもな」

「ランドロスがそれを言う?」

「まぁ、多少は思うところもないわけじゃない」


 子供が重役を負わされるのはあまり見ていて愉快なものではないし、あんな風に自分の責任でもないことを背負い込もうとする姿を見れば尚更のことだ。


「……私はマスターがマスターをするべきだと思う」

「……そうか? 辛いなら辞めていいと思うが」

「辛いのは、マスターの仕事とは関係ないことだから、辞めても辛いまま。……むしろ、人を助けているうちに楽になるかもしれない」

「……それはそうかもしれないが。多少人に甘えられる状況にはした方がいいんじゃないか? 別に人を助けるのはマスターという職務がなくても出来る」

「……マスターでも甘えていい」

「あのマスターが立場とか抜きで甘えられるやつなんているか? ……そもそも、親はいないのか?」

「いないらしい。詳しくは聞いてないけど……」


 ……もしかして、頼られることはあっても、誰かに頼ることは出来ないでいるのだろうか。


「だったら尚更、辞めて普通の子供として接された方がいいだろう」

「マスターは甘えたいと思っていない。ランドロスとは違う」

「まだ子供だろう。それに、当人が辞めたがっている」

「本人がそう思っているからとその通りにさせても、上手くいくとは限らない。まだ、マスターは子供だから、尚更……自分の望みを理解出来てないかもしれない」


 ああだこうだと言い合うが、明確な答えは出ない。


「……責任がなくなったとき、本当に元気になるとは思えない。……何もしなくて良くなったら、嫌なことばかりを考える」

「……それは……まぁ……」

「私は、続ける方が、マスターにはいいと思う。……甘える相手がいるなら、ランドロスがそうなってあげたらいい」

「……口説け、と?」

「いい加減にしろロリコン。普通に、兄みたいに」


 そうは言っても兄なんていないしな。……どうしたものか。

 まぁ……考えるだけ考えてみるか。

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