第72話
シャルとのキスに浮かれて緩みに緩みきっていた気持ちを引き締める。
決して自分が弱くなったとは思わないが、それでも以前までのような『必死』さはなくなっている。
守るべきものがないから、一歩前に踏み出ることが出来ていた昔とは違う。戦っていてもどこか冷静に後のことを考えている自分がいる。
多分、強くなってはいる。イユリの特訓で魔法の発動速度は上がっていっているし、新しい魔法も習得出来そうだ。
単純な体の成熟か、栄養状態が良くなったからか以前よりも力も速さもある。
……だが、一歩、踏み込みが緩い。……今の俺は、きっと昔なら手強いと思っていた敵でも簡単に倒せるだろう。
だが……多分、魔王は倒せない。以前の俺と今の俺が戦ったら、負ける気がする。
マスターとの話から数日、修行に励んではみたが、技が冴えていき強くなるだけである。
初代マスターを連れ戻しに行った時の大量の魔物の素材のおかげで、孤児院に大量に寄付してもしばらくは金に困らないので、迷宮に潜る必要はない。
だから、街の外でひたすら技を練習していく。
「ランドロスさーん、お疲れ様です」
「……シャル。街の外は危ないから来るなと言っただろ」
「えへへ、大丈夫ですよ。門番さんが見える距離ですし、魔物がきてもランドロスさんが倒してくれます」
「……もしもがあると嫌なんだよ」
「んぅ……寂しいですもん。せっかくこっちにきたのに。相手してくれないです。釣った魚に餌をあげないタイプですか?」
「そんな言葉誰から習ったんだ……。いや、俺だってシャルとベタベタと触れ合っていたいが、仕方ないだろ」
「……あまりワガママは言いたくないですけど。お弁当を持ってくるぐらいは許してほしいです」
シャルは不満そうに俺の胸元に弁当を押し付ける。
まだ暖かいそれを手に持って、修行の途中ではあったが中断して食べることにする。
「……そんなに長いこといられないんですから、いる間ぐらいは構ってください」
「……じゃあ、しばらくこっちで暮らしたらどうだ? 商人の移動に付き合う必要はないだろ」
「……ご迷惑、じゃあないですか?」
「迷惑なわけないだろ。ストーカーだぞ、こっちは」
「……あ、えっと、考えます。その……流石に何も挨拶もなく、ずっとって訳にもいきませんから」
「俺も挨拶をしにいく必要があるし、挨拶もさせずになんてことは考えてない。ただまぁ、しばらく……一緒にはいたい。なんだかんだと、あまり一緒にいれなかったからな」
そう言いながら弁当箱を開けると、ほんの少し歪な形をした料理がたくさん入っていた。
「シャルが作ったのか?」
「えっ、な、なんで分かったんですか?」
「……いや、なんとなくな。食べるのはもったいないから、保管してていいか?」
「た、食べてくださいよっ!」
「もったいない……」
「また、というか、毎日作ってあげますからっ!」
毎日シャルの手料理……それは幸せすぎて死ぬんじゃないだろうか。
頰が緩んでしまうのを感じながら、料理を口へと運ぶ。
「……ど、どうですか?」
「魔族汁が出そうになるぐらい美味い。こんなに美味しい料理は初めてだ。……生きててよかった」
「え、えへへ、褒めすぎです。……あの、じゃあ、しばらく、ランドロスさんのお部屋に滞在させていただいてもいいんですか?」
「ああ、もちろん」
幸せだ。寝る前や朝起きたときはキスもしてもらえるし、頭も撫でてもらえるし、こうやってお弁当も作ってもらえる。
汗に濡れた身体が風に吹かれて少しだけ冷える。
「……一緒に住むなら、寮の部屋は別のちょっと大きいところに変えてもらった方がいいか」
「今のところでいいですよ?」
「いや、俺一人だと家具はいらないが、シャルには必要だろ? 家具とか置いたら一人でもそこそこ狭くなるだろうからな。ベッドももう一つ必要だしな」
「……狭くていいじゃないですか。ベッドもいらないです。狭いところで、ギュって引っ付くの、幸せじゃないですか?」
「我慢出来なくなるからな……」
またシャルに変なことをしようとしてしまったら、今度こそ叱られてしまう。
好きな女の子とベタベタと触れ合っていたら、興奮してしまうし、胸やお尻に興味が出てしまうのは仕方ないことだろう。
「……そ、そんなにしたいんですか? 我慢出来なくなるほど……」
「……我慢したいから、ある程度控えてくれると助かる」
俺の返事にシャルが顔を赤らめながら頷く。
「え、えっと……。じゃあ、その、カルアさんには秘密で、してもいいですよ? 僕もランドロスさんとベタベタしたいので、ちょっとぐらいなら、変なことをされてもいいですから」
「い、いいのか?」
「は、はい。あまりにも恥ずかしいのでなければ……」
いいのだろうか。本当に。
いや、結婚する予定なのだからダメな理由がない。貴族とかならこれぐらいの女の子でも結婚するのは普通だ。恋愛結婚では珍しい年齢ではあるが、許されないことというわけではないだろう。
「……あ、あの、目が血走っていて怖いです」
「悪い。……じゃあ、今夜、ちょっと身体に触ったりしてもいいか?」
「えっ、身体に触る……ですか? あっ、そう言えば、僕からばかり触っていましたね。遠慮してたんですか? それぐらい別にいいのに」
……やっぱり意味が分かっていなさそうだ。
やはり、我慢するしかないのだろう。いつか、シャルがもっと大きくなるまで我慢しよう。
歳下の女の子を好きになってしまったのだから、これぐらいは仕方ないだろう。
適当に頭でも撫でて誤魔化そう。
そんなことを考えながら弁当を食べ終わる。
とても美味かった。料理もできて最高に可愛い恋人がいて幸せだ。
「……ああ、シャル。闘技大会には出るが、応援とかは別にしにこなくてもいいぞ」
「えっ、なんでですか?」
「戦うのとか、そういうのを見るのは苦手だろ。……無理にそういうのを見せて、嫌われたくはない」
「……そんなので嫌いになったりはしませんけど。……確かに、怖いのは苦手かもです」
「適当に優勝してくるだけだからな」
虚勢を張るが、あながち嘘というわけでもない。
メレクやミエナよりも俺は強いし、あの二人は迷宮国でも指折りの実力者だ。他の奴の実力や相性にもよるだろうが、優勝は十分見えている。
元々、これでも魔王と戦えるような強さではあったしな。
「……でも、応援しないというのは……」
「応援はいい。でも、優勝したら、ご褒美に頭を撫でてほしい。それで、やる気が出る」
「んぅ……ランドロスさんが、それでいいんでしたら」
「約束な?」
「……別に、いつでも撫でてあげるのに」
「めちゃくちゃたくさん撫でてほしいんだ」
「いいですけど」
よし、やる気が増してきた。
予選も近いし、やってやるか。
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