第66話

「ハッキリと宣言しましょう。譲り合いなら、構わないです。でも、身は引きません。攫ってでも手に入れますよ。ランドロスさんを」


 ……え、えぇ。とんでもないことを言い出してはいないだろうか。この子。

 カルアの青い目は真剣そのもので、それが伊達や冗談で言っているものでないことは簡単に見て取れた。


「いやぁ、愛されてますねぇ、旦那」

「……そうだろうか」

「ここまで言う女性なんて、そうはいないと思いますよ」


 そりゃそうだ。普通、誘拐宣言をする女の子なんているはずがない。

 カルアとシャルがバチバチと睨み合う。


「さ、させません!」

「するんです。私が負けることはないです」

「じゃあ、僕が先に誘拐しますもん!」

「ふふん、出来ませんよ。それだけの力はシャルさんにはありません。圧倒的な力を前にしたら、人はひれ伏すしかないのです」

「う、うぐぐ……」


 お、大人げない……。いや、年齢がそこまで離れているわけではないが、すごく大人気なさを感じる。

 歳下の少女を相手に力によるマウントをとって状況を自分が有利な方に運ぼうとしている。


 シャルは俺に抱きついたまま離そうとしない。


「じゃ、じゃあ、今すぐ結婚しましょう、ランドロスさん」

「関係ないですー、結婚しても誘拐しますから」

「むぐぐ……」

「仲良くしましょうよ。……ね?」

「よ、横からやってきて、ずっこいです!」

「……私からしたら、シャルさんが横からです。とっくにランドロスさんのことをフっていたのに、やっぱり好きになったとか……私も好きだったのに」


 カルアは目を伏せながら、膝の上でギュッと手を握り込んで言う。


「ランドロスさんの初めてのキスは私が欲しかったんです! なのに、なのに……ズルいです! 私より先にランドロスさんに会ったってだけなのにズルいです!」

「フってなんかいないです! 僕がいない間にランドロスさんを盗ろうとする方がズルいです!」


「シャルさんの方がズルいです!」

「カルアさんがズルいです!」


 二人でズルいズルいと言い合う。いつもの穏やかな雰囲気は一変していて、話が進みそうな雰囲気すら存在しない。


「お、落ち着いて話を……」


 俺がおずおずと口を開くと、二人から同時に言い立てられる。


「ランドロスさんは、僕のことだけを好きでいてくれますよね?」

「そんなことないですよね。私のことも好きだって、何度も言ってくれましたもん」


 ポンポンと、商人に肩を叩かれ「アタシに任せてください」とばかりに商人が俺へと笑みを向ける。

 商人……! やっぱり持つべきものは親友だ! よく考えたら名前すら知らないけど、商人と俺は一生涯の友人だ!


 俺がズッ友の商人の方を見ていると、彼はゆっくりと口を開く。


「あのですね、男というのは……たくさんの女性に手を出したいものなのです」

「もうお前は黙ってろ!」


 俺のツッコミは虚しくギルド内に響き、シャルが俺を庇うように口を開いた。


「お、多くの男の人がそうであろうと、この世には例外というものがあります」

「まぁ、そうですね。主語が大きかったようです。……ランドロスの旦那は、二人同時に手篭めにしたいと思っているのです……!」

「何故、お前は……お前はいつも……」


 俺が敵である商人の言葉に嘆いていると、商人は気にした様子もなく話を続ける。


「あのですね。よく思い返してください。この話が始まったとき、ランドロスの旦那はなんて言いましたか?」

「……二人が傷つかないようにしたい。でしたっけ?」

「そうです。その通りです。始めからどちらかを選ぶ予定だったらそんなこと言い出しますか? どちらかをフれば傷つくのは分かりきっていることでしょう」

「……そ、それは、そうかもですけど」

「元より、ランドロスの旦那はどちらかを選ぶつもりはなかったんですよ!」


 頼む、頼むから……黙っていて、もう、俺はダメかもしれない。もうどうにでもなれと思って、ぐったりと項垂れていると、まだまだ商人の言葉が続く。


「二人を傷つけたくないとか言う耳触りの良いことを言いつつ、頭の中はもう二人とも手に入れるつもりが満々だったんですよ!」

「そ、そうだったんですか? ランドロスさん!?」

「そ……そんなことはない」

「じゃあ、どうなんですか? ランドロスさんの望みは。長年の本願を果たしてシャルさんと結ばれるのか、それとも新しく出来た自分を支えてくれて、自分も支えようとしているカルアさんと結ばれるのか。……あるいは、二人とも欲しいのか」

「やめろ。やめてくれ、去れ、去るんだ人を誑かす悪魔め!」


 俺は頭を押さえて商人から目を背けるが、商人はそれでも構わないとばかりにまだ話す。


「ランドロスさん自身が気がついていない望みがあるというだけですよ。そう嫌がる必要もない。両手に自分のことが大好きな女性がひっついてきているところを想像するんです」

「や、やめろ! 俺はそんなことは望んでいない!」

「認めましょう。ランドロスさん。貴方は、二人のいたいけな少女を侍らせたいという願望があるんです。ロリコン変態ストーカーではなく、ロリコン変態ハーレム願望ストーカーなんです」

「違う! 俺は、俺は純粋に二人のことを悲しませたくないだけで……!」

「素直になりましょう? 楽になりますよ? 二人を相手にげへへなことをしたいと思っているんでしょう?」

「ち、違う! そんなことは……!」


 商人の言葉に苦しんでいると、不意に頭がヨシヨシと撫でられる。

 その優しげな手付きに顔を上げると、聖母のような表情をしたシャルが俺へと微笑んでいた。


「しゃ……シャル……」

「……ごめんなさい。僕、ランドロスさんの気持ち、全然分かってなかったです。……ランドロスさんは、小さな女の子に囲まれるのが好きな、そういう特殊な性欲を持った人だったんですね」


 優しげな表情で人の心をえぐらないで。


「いいですよ。……仕方ないです。僕が好きになったランドロスさんが、そういう人だったということですから。……仕方ないです」

「シャル……でも、嫌なんじゃ……」

「ランドロスさんが辛い方が、よっぽど辛いですよ」

「シャル……」


 シャルにヨシヨシと頭を撫でられる。

 優しい。好きだ……。


「ランドロスさんの初めてのちゅーは僕がもらいました。それで十分です」

「……初めての?」

「…………えっ」


 いや、俺の初めてのキスは……勇者パーティにいたとき、ルーナに無理矢理……。

 そう思っていると、シャルの手が俺の頭に力を加えていく。


「ど、どういう、ことですか。まさかカルアさんに……」

「し、してませんよ! 私は! と、というか、どういうことですっ!」

「いや、昔、無理矢理されたことがあって……」

「は、はぁあ!? 何人、何人の女の子を誑かしてるんですか! この人は!」

「違う、互いに愛情とかなかったから! ハニートラップ的なのを仕掛けられてスルーしただけだ!」


 二人に責められて、思わず商人の方に助けを求めるも、別の場所に移動して食事を始めていた。この野郎が。

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