第63話
イユリは少しびくびくとしながら、俺に実際に見せるように促す。
「……俺が使えるのは、今も発動してる【空間把握】と【異空間倉庫】の二つだな」
適当に物を取り出してイユリに見せると、彼女は首を傾げながら俺の方に手を伸ばし【異空間倉庫】から短剣を取り出した。
「……は?」
俺の意思とは無関係に異空間倉庫から物が出た? そんな馬鹿な、と思っているとイユリの手に持っていた短剣が戻され、机の上に置いてあった濡れた布も異空間倉庫に入れられる。
「いや、それは何をやって……」
「うん。すごく単純な魔法だね。【異空間倉庫】はまだしも【空間把握】なんてほとんど魔力を垂れ流してるだけで、厳密には魔法とすら呼べない」
イユリはちょいちょいと指先を弄ると、異空間倉庫の中を何者かに弄られ、触りまわされている感覚がある。
「案外几帳面に整理されてる。見なくても中身が分かるのは不思議な感覚だね」
「お、おい……何をやってるんだ。空間魔法使いだったのか?」
「違うよ。ちょっと術式を乗っ取ってるだけで……。あれ、これなんだろ」
異空間倉庫の中に仕舞っていた俺の宝物が取り出されそうになるのが分かる。他の人に魔法を乗っ取られることなんてなかったので、感覚で抵抗していくが、呆気なく負けて引き摺り出される。
「ふっふっふ、魔法で私に勝とうなんて20年は早い。これはなんだろな」
「おい、返せよ」
イユリはシャルの写真を見て微妙な表情を浮かべる。
「……イメージ通りすぎて面白くない」
「悪かったな。返せ」
「ご、ごめん。……うーん、面白い魔法ではあるね。正確には空間の裏に続く穴を開けるだけっぽい。こっちも単純……魔法使いなのに、魔法使い的な魔法じゃないね」
「どういうことだ?」
「うーん、なんていうか、火炎の魔法使いが手元に炎を発生させてるだけみたいな? 魔法と呼べる最低限度の魔法って感じがする」
まぁ、実際、勉強して身につけたものではなく、試行錯誤の結果の物なのでその評価は間違っていないだろう。
「……それで、なんで俺の異空間倉庫に干渉出来ているんだ」
「えっと、術式を上からちょっと書き足して侵入してるだけだよ」
「……そんなことが出来るのか」
「時間がかかるから、戦いに転用みたいなのは出来ないけどね。こうしてる分には」
世の中には訳の分からない技術を持っている奴がいるな……。
イユリの技術に、カルアが胸を張る。
「ふふん、すごいでしょう! これが私の協力者のちからですよ!」
「えへへ……それほどでも……あるかもだけど、褒めすぎだよカルちゃん」
……仲良くて結構なことだ。
「それで、どうしたらいいと思う?」
「んー、そだね、オリジナルのは難しいから迷宮内で使われてる術式を流用する感じかな。ちょっと手を貸して……」
イユリがそう言いながら俺の手を取ろうとした瞬間。横からカルアの手が伸びてきてイユリの手を止める。
「え、あ……カルちゃん、な、何か怒ってる……? 怒ってます?」
「……怒ってないですけど。全然、全く、怒ってはいませんが」
「あ……ご、ごめんなさい。よく分からないけどごめんなさい……」
「怒ってはいませんけど。怒ってはいませんけど……。あの、ほら、ランドロスさんはすぐに女の子を好きになっちゃう人なので、触ったりしない方が得ですよ?」
「あ……う、うん……怒ってない?」
「全然怒ってないです。むしろ、鼻の下を伸ばして手を握ろうとしていたランドロスさんに怒ってます」
鼻の下なんて伸ばしてない。
カルアはイユリにニコニコとした笑みを向けてから、机の下で俺の足をツンツンと足で突く。
それに気がついてカルアに目を向けると、カルアは照れたようにほんのりと頰を赤く染めてから目を逸らし、ふくらはぎの横のところ同士をちょこんと引っ付ける。
「……そんな簡単に好きになったりはしないから、大丈夫だ」
「なら、いいですよ」
イユリは不思議そうにカルアを見てから俺の手に手を重ねる。白い指先が俺の手の甲を撫でて、少しこそばゆいがそれよりも脚の感覚の方が気になってしまう。
「集中してくださいよ?」
誰のせいで……と、思っていると魔力が一人でに引き出され、イユリの前に不可思議な文様の魔法陣が発生する。
「ふむ……まぁちょっと変わってはいますが、他の属性の技術を応用すれば……」
イユリの指先から魔法が発現する。四角い透明な空間属性の壁……それを見てイユリは小さく頷く。
「ディメンションウォール……と、名付けたところでしょうか」
「お、おお……すごいですね! これは一体どんな魔法何ですか?」
「えっ、空間属性の壁だよ」
「防御魔法ってことですか?」
「ううん。空間属性の壁だよ?」
カルアはそれに手を伸ばして触れるが……何も起こらない。不思議そうに白い手をふんすふんすと抜き差しするも、何も起こらない。ただカルアが可愛いだけである。
「……何も起こらないんですけど」
「えっ、うん。そうだよ?」
「な、何の意味があるんですか?」
「意味って必要かな?」
それは……必要なんじゃないだろうか。
「では、我が弟子よ。これを再現するんだよ」
「……えっ、いつの間にか弟子になってた? まぁいいけど……」
何の意味を持たない魔法を組み立てようとするが、存外に難しい。
イユリはこともなさげに、しかも人の魔力を使ってやっていたが……これ、すごく難しいぞ。
「魔法使いとしては初歩中の初歩の魔法だよ。空間魔法では何の意味もない決まった空間を魔力で満たすだけの魔法になるけど、普通なら火の壁とか土の壁が作れるの。まずは基本のそれからかな。実践的に役立つ魔法の方はまた考えておくよ」
「……ああ、分かった。助かる」
いい奴だな。人のことを変態さん呼びしてくるけど。
とりあえず練習することが出来たので色々と試していると、不思議そうにイユリが首を傾げる。
「結構魔力を使ったはずだから休んだら?」
「いや、全然大丈夫だぞ。ほとんど消費してない」
「……もしかして、ランドロスくんってめちゃくちゃ魔力が多い?」
「さあ、考えたこともないし、特殊な魔法だから他の人とは比べにくいしな」
イユリが考えているのを他所に練習を続けていると、パタパタとした足音が聞こえる。
その音に俺が目を見開いて立ち上がると、ギルドの扉が開く音が響いた。
「お、お邪魔しまーす」
控えめな少女の声が聞こえ、立ち上がっていた俺と目が合う。
「シャル! ……ず、ずいぶんと早かったな」
思わず喜んでそちらの方に向かうが……不意にカルアとのことを思い出す。
……どうしよう。全然心の準備が出来ていない。
そんな俺の心中を知っているはずもないシャルは嬉しそうに俺の方へと駆け寄ってきて、ニコリと可愛らしい笑みを浮かべた。
その純真な笑みに強い罪悪感を覚えながら、シャルを俺達の座っていたテーブルの方に案内する。
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