第49話
次の階層まで小走りで移動していると、背後から小さな光が見えたかと思うと、遅れて轟音が発生する。
間違いなく、勇者に許された神の怒りを顕現する……雷撃魔法だ。
純粋な魔法の威力だけならば随一のものであり、正しく最強の破壊力を持っている。
「盛大に景気良くぶっ放してんな……」
「お陰で魔物が警戒して動かなくなっているから進みやすいな」
俺とメレクがそう話していると、俺の背中にいたカルアがモゾモゾと動く。
「……雷の光と音の速さの違いで分かります。おおよそ3秒の差があったので、だいたい1キロほど離れているようですね」
「おお、起きたのかカルア」
「それで、これはなんです?」
「次の階層に行ったら下ろすから我慢してくれ」
「いや、楽なんで別にいいですけど」
カルアは呑気に「ふぁあ」と欠伸をしてから、ピカピカとした光を見て時間を数えていく。
「……んぅ、あちらも先導がいるんでしょうか、真っ直ぐ向かってきてますね」
「そりゃ、勇者様ひとりで来るわけねえしな」
「……厄介だな。急いで逃げた方がいい。まだ見つかってないし、急げば逃げ切れるだろ」
「つっても、そろそろ楽にいける階層ばかりじゃなくなるぞ」
「……とりあえず、突っ切る」
急いで次の階層に向かい、登ったところでカルアを下ろす。
カルアはまだ眠たそうに目を擦り、欠伸を噛み殺しながら新たな階層を見つめる。
「……建物の中……ですか。不思議な造りですね。大きいのにあまり豪華ではないが、お城とは違う感じです」
「この階は狭くて動きにくい上に魔物から逃げにくくて面倒なんだよな」
「……なんでしょう。この建物の建材……石……じゃないですね。陶器……いや、モルタルでしょうか? モルタルに砂利や砂を混ぜてるみたいですね」
カルアはよほど興味を引かれたのか、立ち止まって建物の壁をペタペタと触る。
「カルア、行くぞ」
「えっ、あっ……でも、研究が……。ほら、そこの窓ガラスの透明感とかすごいです……!」
「研究ならまた一緒に来てやるから、その時な」
「うぅ……もっと調べたいです……。明らかに不思議じゃないですか、この階層。他の階層は洞窟だったり草原だったり川辺だったり、モチーフとかあるけど、ここは違うじゃないですか。明らかに人工物です」
カルアの言葉にメレクが返す。
「上に登れば鉱山跡とかあるぞ」
「いや、そうではなくてですね……。こんな建造物、どこにもないじゃないですか。つまり、元々モチーフがあったのに、今はなくなってる可能性があってですね。この建造物は古代文明にありがちな建物であった可能性が……」
「メレク、そっちの扉から魔物が出てくるぞ」
「あいよっと」
メレクが出てきた魔物を一撃で仕留め、俺はそれで破壊された床の破片からカルアを庇う。
「あ、ありがとうございます」
「いや……メレクはもう少し上手く戦えないか?」
「悪い悪い。この階層はどうも苦手でな」
まぁ向き不向きはあるか。
ずっと強引に力押しをしているので、あまり技のような物が使えないのだろう。
まぁあそこまでの膂力があったら、変に人の技を使っても意味がないか。あくまでも技術というのは力が足りないときの代用品でしかない。
「それにしても、これは何の施設なんでしょうか。たくさんの机と椅子があって、扉が横開きなのは開けっぱなしにしやすいからでしょうか? たくさんの人が使う……んぅ?」
「古代文明の人間のことなんて、考えても分からないだろ」
「いえ……ある程度の推測は出来ます。椅子は私が丁度いいくらいで大人の人が使うには小さいですし……若年層向きの施設……大規模な教育施設でしょうか」
「教育施設?」
「はい。多分……ですけど」
「なんでそんな物がノアの塔に?」
カルアは困ったように口を開く。
「……てっきり、環境を再現した実験施設のようなところかと思っていたんですけど……。これは……一体……。いや、関係ないですね、創作者の意図なんて。技術だけをいただければ構わないんですから」
カルアは名残惜しそうにそう言いながら、メレクの後ろを小走りで追いかける。
創作者の意図か……。まぁ、どうでもいいな。俺にとってはどうでも。
しばらく歩いていると次の階層にたどり着く。
「今度は……海岸、ですか」
「海の方には近寄るなよ。時々でかいのが出るから、不意打ちで食われるぞ」
「は、はい。……海はどれぐらいの規模なんですか?」
「分からないな。危ないし、入る意味もない。何より、既に21階層だからな。ここまで来れる探索者なんて一握りだ」
「……ふむ、まぁ動きにくい水の中は避けた方が……。あ、ランドロスさんの魔法では分からないんです?」
「水の中は物や流れがゴチャゴチャして分かりにくい。……普通に海だな。かなり広いし深い。魚や海藻もある」
「種類は?」
「魚に詳しくないから分からないな。勇者に追いつかれても厄介だからもう行くぞ」
浜辺を軽い駆け足で移動していたとき、一瞬だけ光が視界に映り、遅れて轟音が鳴り響く。
連続して光が見えて、連続して鳴り響く。
「勇者か。……ずいぶんと暴れているが、そんなに強い魔物がいたのか?」
「……単純に生き物よりも海の方が雷を通しやすいから散って威力が出にくいのかと。氷や聖剣を使ったらいいのに……」
「周りに人がいるから、勇者の証である雷を使いたかったのかも知れない……。アイツは見栄を張るからな。まぁ、もしくは氷を使うにしてもかなり大規模に……」
そう言おうとした瞬間、先とは種類の違う轟音と揺れが発生する。
急いで振り返れば、馬鹿みたいにデカい氷山が発生していた。
「……魔物の姿は見えませんが、明らかに過剰な攻撃ですね」
呆れたようにカルアは言い、メレクは顔色を青くさせて叫ぶ。
「あの、馬鹿野郎!! あれは、やりすぎだ!!」
遅れてやってきた冷気と共にメレクが叫ぶ。ネネは急いで前を走り始める。
「えっ、一体どうしたんです……! わ、こ、こけ……」
俺はカルアを担ぎ上げて二人の背を追う。
「急げ、急いで次の階層に向かうぞ!」
「いったいどうしたと……」
「あれは、禁忌に触れる規模の破壊だ! 海の温度が下がって、生き物がかなり死ぬぞ!」
禁忌……少し前に話した、開発や大規模な破壊が許されないという……。迷宮がその環境を守るために行う機能だったか。
ピリッと、唇の先に痺れるような緊張が走る。嫌な気配が、ゾクリ、と背を撫でる。
「……いや、これは……もしかして……まさか、魔王よりも……」
「クソ、やっぱり出やがったな! 【裁く者】!!」
異様な緊張感に身体が強張った。こんな異常事態にも興味を持ちそうなカルアでさえ、肌に感じる緊張感のせいか押し黙っていた。
パキリ、と空が割れる。否、空に見える天井が割れて、黒い空間から手が出てくる。
──あれは、ヤバい。
俺にそう思わせるには十分な、圧倒的な威圧感を持っていた。
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