関口 陽(ひなた) (1)

「試合ッ‼ 開始ッ‼」

 主審がそう告げる前から、私と対戦相手は「気」を溜めていた。

 相手の武器は錫杖。リーチは私のハンマーより少し長いが……威力は、こちらが上だろう。

 だが、今はどちらの武器も届かない……。

 相手は錫杖を両手で持ち、剣道の「八双」に似た構え。

 そして、私は……。

 ハンマーを横に置き、印を組む。

 その印を見た瞬間、相手の表情が険しくなる。

「オン・アニチ・マリリエイ・ソワカ」

 私と相手は、ほぼ同時に、同じ真言を唱えた。

 相手は裂帛の気合を込めて。私は自分の心を落ち着けるように。

 そうだ……私が組んだ印は……相手の「守護尊」である「摩利支天」の印。

 目的の半分は……相手を挑発する為。もう半分は……。

 相手が振り降した錫杖の先端から、モノ凄い「気」が放たれる。

 しかし……。

 その「気」弾は目標を見失い明後日の方向に飛んでいくと、やがて消えた。

「お……お前……ふざけた真似を……」

 私は、更に挑発する為に、中指を立てた右手を見せて、舌を出す。

 摩利支天は「戦いの女神」であると同時に「隠形」の呪法の本尊。

 まぁ、もっとも、この手の神や仏が存在している証拠は、有るとしても、ごく少数の例外的な傍証のみで、私達、密教系の術者の間では「○○が守護尊」「この呪法の本尊は××」と云うのは、どう云う系統の術が得意か、とか、その術は、どんな系統のモノかを示す「記号」に過ぎない。

 相手は、自分の「守護尊」である摩利支天と合一したかのように……言ってみりゃ自己暗示をかける事で、「気」弾の威力を上げた。

 しかし、「気」弾は、昔のマンガに出て来る「かめはめ波」とやらとは違って、一種の呪詛。相手の気配を見失えば、明後日の方向に飛んでいく。

 そして、私は摩利支天の呪法で、ほんの一瞬だけだが……自分の気配を隠した。

 相手は冷静じゃいられないだろう。自分の「守護尊」の呪法で……つまり自分の得意分野の呪法で、自分の攻撃を無効化されたのだから。

 とりあえずは、試合の主導権は、私が握れたようだ。ランみたいな空気読まない上に、何をするか予想出来ないヤツには通じない手だが……。

 けど、その時……耳に入れてる小型イヤフォンから声が聞こえてきた。

『こちら、「祭」の運営本部。あのさ、「気」はカメラに写らないんで、2人とも、もっとカメラ映えする戦い方してくれる?』

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