第9章   もうひとつの視点 〜 1(5)

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「多分、鎌倉のことだけで、普段の一週間分くらい書かれてたんじゃないかな? それで最後にまた、吉田さんありがとうって、そんな言葉で終わってるんだ」

 ――吉田さん、ありがとう。

 そこにいる全員が、そんな言葉を心に思った時だった。

「それって、まさかわたしのこと?」

 いきなり部屋の扉が開き、美津子の声が響き渡った。

 扉の外で聞き耳を立て、自分の旧姓が出てきて今しかない! と扉を開けた。まさにそんな感じで現れて、美津子は座敷に上がりこむなり勢いよく頭を下げる。

「ゴメンゆかり、他のみんなも、本当にごめんなさい!」

 顔を下に向けたまま、美津子は力一杯そう声にした。

「どうしてわたしって、すぐにカッとしちゃうのかしら、我ながら嫌になっちゃう」

 顔を上げるなりそう続け、美津子はさも悔しそうな顔をした。

「美津子、いいから座りなよ。そんなの気にしてないって、なん年の付き合いだと思ってるのよ、わたしたち、ねえ、ゆかり!」

 由子はそう言って、さっき美津子が座っていた辺りを指差した。そしてそれからしばらくは、美津子がいない間にあった話をほぼほぼ由子が話して聞かせる。

「わたしが、向井の家に電話したの?」

「そうなんだって、美津子がさ、矢野さんに、自分からそう言ったらしいよ」

 向井くん誘うのを忘れてたから、今朝になって慌てて電話したの。だからもう少し待って欲しい――と、美津子は他のみんなにもそう告げていた。

「鎌倉にみんなで行ったのは、なんとなくわたしも覚えてるわ、でも、矢野さんも一緒だったかなあ、それにどうして、一緒に行こうなんてことになったのかしら?」

「美津子はさ、放課後の教室のことは思い出したんだろ? で、その時に、彼女があなたに渡そうとしてたやつのことは、なにも覚えてないの?」

 幸喜からの返事に、美津子は素直に心の疑問を口にした。するとそんな疑問に、幸一も美津子に向けてさらなる問いで返すのだった。

 しかし美津子はさも辛そうに、ただただ申し訳なさそうな声を出す。

「もう言わないで、その時のことは、もうホントに、わたし後悔してるんだから……」

「違うんだ、あなた、さっき言ってたじゃない? 本を叩き落して帰って来ちゃったって……だからそれって、その本、美津子は読んでないってことだよね?」

 そんな言葉に、美津子は小さくうなずいて見せる。

 ところがそれを見て、ゆかりが素っ頓狂な声を上げた。

「うそぉ!? 美津子覚えてないの? わたし、その日届けたじゃない? 家まで行って、確かに美津子に渡したんだよ」

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