第7章   変化 〜 1




「またくるよ! 明日もくるから!」

 扉の取っ手をつかみ、再び振り返りそう声にする。

しかし顔は向いていても、その目は何も見てなかった。あまりの興奮に、自分の脚が普通じゃないのも忘れてしまう。

だから勢いよく走り出すが、二歩目の足が思うように出なかった。

そのまま彼はつんのめって、本当であれば床に向かってダイビングしていたはずなのだ。

 ところが運良く――か、運悪くなのかは不明だが――そこに順子がいた。

ちょうど倒れ込もうとする場所いて、否が応にも彼を抱きかかえる体勢となる。

驚いて大声を出し、

「あ! すみません!」

 慌てて順子から離れたはいいが、幸一は完全に舞い上がってしまった。

「帰ります! 失礼します! あ! それ、すみませんでした!」

 順子の手からこぼれ落ちた花束を指差し、後ずさりしながらそんな言葉を必死になって口にした。

「まったく、相変わらず不思議な子よね」

 病室に入るなりそう言って、順子はほんの少しの笑顔を見せる。

そんな母親の何気ない言葉に、直美はけっこう嬉しい気持ちになれたのだった。

最低最悪の不良――というのが、ちょっと前までの見立てだった。

そんな称号から不思議な子――となれば、三段ぶち抜きでの昇段くらいに直美は思えた。

 ――良かった……。 

 そう思う直美の顔に、順子が目を向けてすぐのことだ。

「ちょっと直美、あなた、少し熱があるんじゃない?」

 顔を見つめながら近付いてきて、順子は直美のおでこに手を当てた。

「おかしいわね、でも、なんだかあなた、顔赤いわよ」

 熱はなさそうだと言いながらも、順子は疑いの顔付きを崩さない。

「ナースステーションで体温計を借りてくるから、それまで大人しくしてなさいよ」

 そう言って病室を出て行く順子へ、直美は終始無反応のままだ。もしもうっかり声など出せば、上ずったような声になったろう。

 一人になって、自分の頬を両手で押さえ、その火照った熱を感じてみる。もし順子が同じことをしていれば、間違いなく大騒ぎになっていたはずだ。そのくらいに直美の頬は、その赤み以上に大いなる熱を含んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る