No.35:経験値が足りません


「瑛太さん、話は変わるのですが……瑛太さんって、ご兄弟っていらっしゃるんですか?」


「ん? ああ、兄が一人いるよ。5つ上で、今社会人2年目。地元の農協で働いてる」


「そうなんですね……妹とかお姉さんとか、欲しいって思ったことないですか?」


「あるある。妹が欲しかったな」


「えー、そうなんですね」


「そういう意味では、明日菜ちゃんは妹みたいな感じなのかな」


「えっ……や、やっぱりそうなんですかね……」


 明日菜ちゃんのテンションが、急に下がった。

 どうしたんだ?


「んー、でも少し違うかな。こんなに可愛い妹がいたら、それこそ落ち着かないよ」


「もう……そういうこと言わないで下さい……」


「明日菜ちゃんは、どう?」


「えっ?」


「お兄さんか弟、欲しかった?」


「ああ……はい、お兄ちゃんが欲しかったですね」


「そっか。まあ俺じゃあ、お兄さんの代わりにはならないか」


「え?……あっ!」

 

明日菜ちゃんは、何かに気がついたように目を大きく見開いた。 


「ど、どうしたの?」


「え? あ、はい、ありますね。瑛太さんに、お兄ちゃん要素、たくさんあります。優しくて頼りがいがあって。お兄ちゃんみたいなところ」


「そう? まあ、それはよかったのかな?」


「はい! だからよかったんです、妹でも。妹要素、たくさんでも」


「?」


「いいんです……こっちの話ですから」


 明日菜ちゃんの機嫌が、急によくなった。

 やっぱりJKは、よくわからんな……。


「と、ところで、その……その後、元カノさんとは連絡を取ったりされてるんですか?」


「ん? ああ、美桜とはLimeの連絡がたまにあるぐらいかな」


「美桜さん、っていう方なんですね。素敵なお名前です」


「そうかな? 明日菜ちゃんていうのも、素敵な名前だと思うよ」


「え? そうですか……ふふっ、ありがとうございます」


「高校の同級生だからね。共通の友達が今どこで何してるとか、そういう話題をLimeでしてるよ」


「そうなんですね。会ったりは、されてないんですね……」


「んー、あれからはないかな」

 気になるみたいだな。


「……なんかすいません。いろいろ聞いちゃって。なんか、いやな子ですよね、私。彼女でもなんでもないのに……」


「気にしなくていいよ」


 シュンとしてしまった明日菜ちゃんは、残ったお好み焼きになかなか手をつけなかった。


        ◆◆◆


「ハァァー……なんであんな事を聞いてしまったんでしょうか」


 私は瑛太さんのアパートからの帰り道で、大きくため息をつきました。


 自己嫌悪です。

 いやな女の子です。

 そんなことを聞かれて、瑛太さんは鬱陶しいだけでしょう。


「いったい私は……どうしたいのでしょうか?」


 瑛太さんの恋人になりたいのでしょうか?

 多分そうなんでしょうけど……。

 恋人になって、何をしたいのでしょうか?

 デートして、キスをして……。

 そして瑛太さんのお部屋のロフトの上で、その、そ、それ以上の事をしたり……。


 全然想像できません。

 経験値が足りません。


 それでも瑛太さんのそばにいたいです。

 一緒にいると、心が暖かくなります。

 瑛太さんに可愛いって言ってもらえると、心臓がキュンってなります。

 私が作ったものを美味しいって言ってもらえると、ものすごく嬉しいです。

 でも他の女の人と一緒にいるところを想像すると……とても胸が苦しくなります。


「恋をするって、こんなに楽しくて苦しいことだったんですね」


 まだまだ勉強することが多いみたいです。

 今度エリにも、相談してみることにしましょう。

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