第59話 嫉妬
干し肉を作った翌日、教室に入るとクラスの女の子達から鋭い視線を向けられた。
え、何?
僕が蛇に睨まれたように固まっていると、ラクネが申し訳なさそうにやってきた。
何か昨日と印象が違って見える
「エルクくん、おはよう……。あの、ごめんね」
会ってすぐに謝られた
「え、なにが?」
僕はラクネが謝る理由がわからない。
もしかして干し肉に何かあったのかな?ダメにしちゃったとか……。
いや、それなら他の女の子が僕に鋭い視線を向ける理由がわからない
「あのね、みんなが私の髪が変わった理由を聞いてきたの。それで、みんなにもみくちゃにされちゃって……」
ラクネは何を言ってるんだ?
ラクネの髪……?言われてみれば昨日より艶があってサラサラしている気がする。
「えっと、よくわからないんだけど、何があったかもう一回教えて」
「あ、うん、ごめんね。私の髪がキレイになったってみんなが言ってて、肌も綺麗だって。わ、私が綺麗になったってことじゃないよ……。それで何をしたのか聞かれたんだけど……みんなに攻め寄られて、言っていいのか分からなかったけど、エルクくんから石鹸もらったって言っちゃったの……」
ラクネはあたふたしながら、謙遜しつつ最後には俯きながら言った。
「えっと、つまりみんながラクネに嫉妬してて、石鹸を欲しがっているって事?」
女の子達の美への執着を甘く見ていたようだ
「私にじゃないよ……。髪の変化にだよ」
「別に秘密にしないといけないわけじゃないからいいよ」
「そう?ほんとに?」
「うん、大丈夫だよ」
正直に言うと、めんどくさい事になったなぁと思っているけど、そんな事は言わない。
この世界にはシャンプーとかはないのかな?見た記憶は確かにないけど、あったとしてもそこまで良いものではないのだろうか……
全員に石鹸を配ってしまおうか……。いや、そうするとそれを見た他のクラスの生徒とか、街の人とかからも欲しいと言われるのでは?
「授業始めるぞ!席につけ」
僕が悩んでいると担任の先生が教室に入ってきた。
ナイスタイミングだ先生!
「ラクネ、本当に大丈夫だから席に戻ってね」
「う、うん」
ラクネは自分の席に戻っていった
授業が始まる
「エルク、どうするつもりだ?聞こえてたけど、女の嫉妬は怖いぞ」
隣の席のダイスくんが小声で聞いてくる
「今考えてるよ」
僕はこの授業が終わるまでに答えを出さないといけない
「……がんばれよ」
ダイスくんから哀れみの目を向けられた
なんとかしないと……
僕が考えているうちに授業が終わってしまった……
僕は教室から逃げようとするけど、ローザに呼び止められた
「エルク、ちょっと来てくれるかしら?」
頼んでいるように聞こえるけど、目は「来い」と言っている
「……はい、なんでしょうか?」
僕は何故か敬語になる
「言わなくてもわかっているでしょう?ラクネにあげた石鹸を私にも貰えないかしら?もちろん、代金はお支払いしますわ」
やっぱり思った通りの内容だった。「寄越せ」ではなく、「売って欲しい」と言うところがまだ優しい気がする
いや、目では「寄越せ」と言っている気がする
ギラついている
僕は悩んだ結果、最良と思われる答えをする
「ごめん、…あれは作るのには時間が掛かるし、1回に少量しか作れないんだ。別荘に行く時には、今作ってるやつが少しは出来てると思うから、その時にローザにもプレゼントするよ」
「ごめん」と言った瞬間のローザの顔が怖かった。般若は実在したようだ。「プレゼントする」と言った瞬間に般若は天使にジョブチェンジした。
あー、怖かった。
「本当ね。楽しみに待ってるわ」
あれ、おかしいな。嘘だったら許さないと聞こえた気がする
ローザから解放される。……仮釈放かもしれない。
ローザはこのクラスの女の子のリーダー的存在だ。
実際の権力的な意味でも上の方の貴族らしい。伯爵家だったかな?あまり爵位とかは興味がないから違ったかもしれない。
一応、学内では皆平等となっているが、貴族の人達は色々とあるらしい。
僕は平民でよかったと思う。
とりあえずローザを納得させたので、ローザを飛び越して言ってくる者はいないだろう。僕は仮初の自由を手に入れた。
作るのに時間が掛かると言っておいたし、少ししか作れないとも言った。
ローザに間に入ってもらって、少しづつローザに渡す事にしよう。欲しい人はローザまで!そうすれば僕は安泰だ。
実際にはまだアイテムボックスの中に入ってるけど、それは言わない。大量に創れるとも。
言ったら最後、僕は石鹸を作る機械と化すだろう。
でも、良いことがわかった。フレイの所に持っていく手土産は石鹸で間違いないな。喜ばれること間違いない。
僕は自分の席に戻る。
「うまくやったようだな」
ダイスくんに言われる
「言い方に気をつけて。本当に怖いんだから」
僕は小声でダイスくんを注意する
「悪ぃ、悪ぃ。そもそもなんでエルクはラクネに石鹸なんてあげたんだ?」
声を落としたダイスくんに聞かれる
僕はダイスくんを連れて廊下に出る。教室で話すにはリスクが高すぎる
「フレイの家に持っていく手土産の相談をラクネとエミリーの3人でしてたんだよ。何が良いか悩んでて、石鹸なんて良いかなって思ってアイテムボックスから取り出したんだけど、エミリーになんで学校に石鹸持ってきてるのって聞かれてね……。咄嗟にラクネに試してもらうつもりだったって言ったんだよ。アイテムボックスの事は内緒にしたいから……」
「あぁ、また何も考えずに取り出したんだな。それで俺達にアイテムボックスのことがバレたっていうのに……成長しないなぁ」
ダイスくんは呆れながら言った。
「……。」
反論する事が出来ない。的確すぎる。ぐぅの音も出ない。
「ああ、コホン。頼みにくいんだが、俺にも石鹸くれないか?」
ダイスくんは咳払いをしてから恥ずかしそうに言った。
ダイスくんも欲しかったのか……
「良いけど、ダイスくんも使いたかったんだね」
「俺が使うんじゃない。妹にやりたいと思っただけだ」
ダイスくんは妹思いのようだ。
母親とも離れ離れになってるし、ダイスくんなりに妹を心配しているようだ
「……今日の夜に寮で渡すよ」
僕は小声でダイスくんに答えた。今は無いことになっているからここで出すわけにはいかない。
どこで見られているかわからない……
「ありがとう、きっと妹も喜ぶよ」
「出所は秘密にしておいてね」
今日みたいなことはもう懲り懲りだ
「ああ、わかった。俺が妹にエルクのことを話さなければ漏れることは無いだろう。漏れたとしても妹は本当に何も知らないし、権力が落ちてきているとしても王女だからおかしなことにはならないはずだ」
「お願いね」
僕は夜にダイスくんの部屋に行って、コソッと石鹸とシャンプー、リンスを渡した。
「ありがとな!」
ダイスくんは満面の笑顔でもらっていった。
ダイスくんはシスコンなのかもしれない……僕は失礼なことを考えながら自室に帰った。
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