第286話 新たな旅立ち
笠鷺は片腕を回しながら愚痴をこぼす。
「ったく、話すだけで重苦しさを放つのはやめて欲しいなぁ」
彼は何度も体をほぐすように動かし、身体を東へ向けた。
「さて、行きますか」
だが、一歩足を踏み出そうとする彼の背中を、ウードの声が掴む。
「待ちなさい。王都はそっちじゃないわ、真逆よ?」
「わかってるさ。ちょいと、ヤツハに会いに行こうと思ってな」
「え?」
ウードは笠鷺の隣にいるヤツハを見つめた。
幼いヤツハは舌を出して、ベロベロバーッとウードを牽制する。
それにイラつきながらも、ウードは笠鷺に問いかける。
「じゃじゃ馬なヤツハならそこにいるじゃないの?」
「おいおい、忘れたのか? ヤツハに関して、アクタにはもう一つ大きな謎が残されているだろ」
「それは?」
「アプフェルの名付けの元ネタだよ。ヤツハの名は銘菓の名前なんだから」
笠鷺はヤツハの頭を撫でて、遥か東を指さした。
「ここからリーベンを超えた先に海があって、その先に群島国家グレナデンがある。そこにはこの子の名前の元になったお菓子がある。それがどんなお菓子なのか気にならないか?」
「はっ、それはそれは大層な謎だこと」
「謎ついでにもう一つ」
「何かしら?」
「グレナデンには…………お前がよ~く知っている釣り好きのじーさんがいるぞ」
「え!? そいつって!?」
ウードは瞳を一気に怒りの炎に染め上げ、足早に東へ向かい始めた。
「何をぼさっとしているの? さっさとグレナデンに行って、クソジジイに止めを刺すわよ!!」
「あははは、こえ~な」
笠鷺はヤツハの手を握り、歩き始める。
そんな二人の姿を目にしたウードは、足を止めて彼らに疑問を投げかけた。
「本当にいいの? このまま行って?」
ウードは視線を下に移す。
その視線にヤツハはしっかりとした言葉を返した。
「フォレにはアプフェルがついてるからね。私の居場所はないよ」
「それでいいの?」
「うん」
「理解できないわね。自分の気持ちを抑え、他者に譲るなんて」
ウードは両手を上げて、肩を竦めた。
しかし、続くヤツハの言葉に共感を覚える。
「だって、フォレは年上すぎるもん。私から見たらおじさんだし」
「……ふふ、面白いこと言うわね。あんなにもフォレを想ってたのに」
「私は若いんだよ。もっといろんな恋をしたいし。それに私可愛いから、きっと、もっといい人を見つけられると思うの」
「はんっ、そうね」
呆れた声を飛ばしつつも、どこか自分に似たものを感じ取る。
性格は違っていても、魂の結いは存在する。
だから、どこかでつながっている。
ウードは軽く頭を振って、一度、王都へ視線を振った。
そこから、視線を笠鷺に戻して語りかける。
「あなたはいいの? 笠鷺、あなたは仲間に会いたくはないの?」
彼女の問いに、笠鷺は笑みを零す。
「ふふ、ウード。そいつは蛇足ってもんだ」
「蛇足?」
「そう、蛇足。彼らは俺たちとは違うヤツハと出会い、多くの時を過ごし、そして物語を終えた。そこに俺たちが現れるなんて、蛇足も蛇足っ」
笠鷺は王都へ顔を向けた。
そして、手を前へと伸ばす。
「時が経てば、いずれ運命が交差するときがあるかもしれない。でも、それは今じゃない。今、俺がやるべきことは、今日と明日を繋ぐ新たな冒険に旅立つこと」
王都から顔を東に戻し、笠鷺はヤツハの手を握って前へ踏み出す。
二人の後ろには、ウードと地蔵菩薩が続く。
笠鷺燎は語る。
「アクタに訪れた一人の少女の物語は終えた。だが、そこから新しい物語は紡がれる。これから先に続くのは……笠鷺燎の、俺たちの物語なのさ!」
――――――――――
最後までお読みいただいてありがとうございます。
読んでくださった方々や応援や評価やデビューやコメントをくださった方々へ心よりお礼を申し上げます。
皆様に少しでも楽しいひとときを提供できたのならば幸いです。
マヨマヨ~迷々の旅人~ 雪野湯 @yukinoyu
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