第270話 秘策

 ウードが産んだ闇の渦――それは亜空間魔法……渦は亜空間への入り口。


 笠鷺は身構える。

 亜空間転送魔法は道を渡る魔法。

 彼女は何をしようとしているのか?



 ウードは地上へ視線を振る。

 そこにはフォレたち。

 彼女はこれから行う会話を彼らに聞かれないか、距離を測る。

 それが十分だということがわかり、言葉を続けた。

 もちろん、油断などなく、ヤツハの口調のままで。



「そうビビるなって。忘れたのか? エクレル先生が亜空間をどのように利用していたのか?」

「え?」

「まぁ、見てろって」


 渦から剣の柄らしきものが飛び出す。

 

「先生の屋敷の地下練習場で、突然銀の皿が浮かんできたのを覚えてるか? 先生はこうやって、亜空間を物入れに使っていただろ」

「そういえば……」


 ヤツハであった笠鷺はエクレルの地下練習場に訪れた際、魔法の才能を確かめるために銀の卵の儀式シルヴィグライトを行った。

 そして、その卵を割る場所に、エクレルはどこからともなく銀の皿を産んだ。


 のちに、彼女から亜空間転送魔法は使えないが、亜空間を物置きとして使っていると聞いた覚えが笠鷺にはあった。<第十三章 転送魔法とは>




 ウードは回顧する笠鷺をよそに、剣の柄を掴み、ゆっくりと引き出していく。

 抜き出された剣を目にして、笠鷺は呟いた。


「それは俺の……」

「そう、お前がいつの間にか手にしていた剣。お前はこれを普通の剣のように使っていた。しかし、俺が俺とした時、この剣がとても不思議な材質で造られていたことを知った。それをマヨマヨに調べさせたけど、誰にもわからなかった。いったいどこで手に入れたのやら?」


「もう、わかってんだろ」

「ふふ、サシオンだろ。俺の知らないところでこそこそと何かをしてたってわけか。何をしていたのか教えて欲しいもんだ」

「知りたきゃ、力尽くで聞けよ」


「ううん、実はそんなに興味ない。気にはなるけど、サシオンが俺に害をなすつもりならすでに行っているはず。わざわざ、お前を使ったりしない」

「だったら、なんでこんな回りくどい言い方をっ?」

「久しぶりに、お前をからかいたくなっただけさ」

「こっ……ふん、まぁいい」



 一瞬、怒りが笠鷺の心を満たした。

 しかし、それをすぐに鎮める。

 ウードは彼の態度をつまらなそうに受け取った。


「なるほど、少しは成長したということか。ますます興味が失せた。それじゃちゃっちゃと決着をつけようか」


 ウードはサシオンから譲り受けたヤツハの剣を構えた。

 対する笠鷺は無手。

 それでも彼は特に構えることもなく、両手をだらりと下げたまま。

 そこから大きく背伸びをした。


「う~ん、っと。たしかに接近戦に持ち込まれると、俺の身体じゃ全然追いつかないな。それじゃ、そろそろ奥の手を使わせてもらおう」

「奥の手?」



 笠鷺は手の平に魔力を纏わせる。

 そして、呪文を唱えた。


「ミカ」


 彼の手の平には野球のボールほどの大きさのミカが浮かんでいる。

 ウードはそれに眉を顰めるが、次に笠鷺が唱えた言葉に、彼女は顰めた眉をひたいの端に寄せるほど大きく目を見開いた。



「千!」


 

 笠鷺の背後に千個の炎の球体が生まれる。

 ウードは瞳を埋め尽くす炎の玉たちを見つめ、一度は大きく開いた目をゆっくりと降ろしていく。


「なるほど、絶え間なく攻撃を繰り返し、マフープへ還元する隙を与えないってわけか。たしかに、その数には驚いた。だけど、その程度なら俺にだってできる」

「へぇ、できるのか?」

「当たり前だろ」


 ウードも同じく千のミカを背後に生む。

「ほらな。それにだいたい、ミカ如きが千あろうと万あろうと、お互いに結界を破ることはできないだろ。何を考えているんだか?」


 彼女は肩を竦める。

 それに対し、笠鷺は笑う。


「フフ、だったら勝負してみようぜ。ウード!」

「何?」

「圧縮、高速射出!!」


 笠鷺の背後に浮かんでいたミカたちは一気にビー玉程度の大きさに萎む。

 そして、音を超える速度でウードへ向かっていった。


「クッ、なんだ!?」

 ウードは慌てて自身が産んだ千のミカを打ち出し、笠鷺のミカを相殺しようとした。

 しかし、笠鷺のミカたちはウードのミカたちを突き破り、ウードに迫る。

「そんなっ? 結界をっ!」



 彼女は結界に力を注ぎ厚く構える。

 だが、圧縮され硬度が増し、恐るべき速さに乗ったミカたちは分厚い結界を容赦なく削ぎ落していく。

 そのうちのいくつかは結界を突き破り、ウードの肉体に襲いかからんとした。

 

「舐めるなぁ!」

 彼女は手から剣を捨て、両手を使い身体を穿とうとしたミカたちの流れを操作し、受け流していく。

 その炎の玉たちの中で、一つ、ウードの身体を穿つことなく、彼女の傍に身を寄せ留まった。

 彼女の瞳はふわりと佇む孤独な炎へと吸い寄せられていく。



――その彼女へ、エクレルが叫び声を張り上げた!



「ヤツハちゃん、逃げなさいっ!」

 しかし、エクレルの言葉よりも早く、笠鷺は孤独な炎に自由を与えた。



「圧縮、開放!!」



 戒めを解き放たれた炎は一気に膨れ上がり、巨大な爆発を起こす。

 炎は地面を黒く染め、空の色を赤に焦がす。

 地上にいるフォレたちの結界やマヨマヨたちのシールドにも熱と魔力が叩きつけられ、結界はヒビという名の悲鳴を幾重にも刻む。

 それでもなお、熱は空で暴れ狂い、咆哮は止むことがない。


 だが、やがてはそれらも終焉を迎え、爆発の中心点に影が浮かんだ。



「お、おのれぇぇ、笠鷺ぃぃぃ!」



 熱の籠る煙の隙間から、右手に大きな火傷を負ったウードが現れた。

 衣装のところどころは炎が食いやぶり、髪の一部からは鼻をつんざく匂いが立ち昇る。

 その姿にフォレが青褪め、彼女の名を呼ぶ。


「ヤツハさん!」

「狼狽えるな。この程度、問題ないっ!」


 ウードは癒しの力で全身を包み、火傷も焦げ落ちた髪をも再生する。

「フフ、ちょっと油断してしまったわね」

 焦りだろうか? ウードは言葉に自身の本当の姿を乗せる。



 しかし、地上にいる者たちはその違和感に気づくことなく、エクレルは唇を震わせつつ、言葉を辛うじて形作る。


「む、無茶苦茶よ、いまの魔法……」


 パティが彼女の言葉に、疑問の声を投げかけた。

「あの少年が放った魔法は一体?」

「彼は無数のミカを産んだ。それを精密な制御力で圧縮し、高速で打ち出すことで魔法の威力を上げた。そこに使われた魔力は通常のミカとほとんど変わらない!」


「そのようなことが可能なのですか?」

「ええ、理論的には可能よ。それを行えるだけの制御力があれば。だけど、これは私でも訓練次第でできること。でも、最後の爆発。あれは、ありえないっ!」


 エクレルの言葉は小さな衝撃を生み、周囲に広がる。

 刺激を受けたアマンがエクレルへ言葉を返す。


「エクレルさん。何が起こったのです?」

「基本的に、魔法というのは注いだ魔力に比例して、その大きさが決まる」


 彼女は語る。魔導の基礎を。


 魔力の大きさ1を使い、そこから生まれたミカの大きさを1とする。

 すると、5の魔力の大きさで産まれたミカは、5の大きさのミカとなる。



「あの少年はそれを制御し、5の魔力のミカを1の大きさに変えることで威力を増した。それが最初に放った魔法。だけど、爆発を起こした魔法は全く別物……あれは暴走した魔力」

「暴走?」


「そう、暴走。5の魔法で生み出した魔法を制御することなく、無理やり1の大きさに押さえ込んでいる。それにより、魔法は元の大きさに戻ろうと反発力を産む。その魔力が強大であればあるほど、その反発力が増す」


「無理やり? そんなことができるのですか?」

「できない。できるわけがない!! そんなことをすれば、魔力は暴走し、大爆発してしまう。でも、少年は暴走した魔力を制御するという矛盾を両立させたのよ。それはおそらく、生み出される反発力を使い、圧縮するエネルギーへ変化させたんだと思うわ」


「つまり、暴走した魔法自体が元に戻ろうとする力で、己自身を圧縮しているということですか?」

「ええ、そうよ。制御の頂……こんな姿があったなんて」

「なるほど、理屈はわかりました。しかし、いくら反発力を使おうと、ミカにあれ程の力が生み出せるのでしょうか?」

「あれは……ミカじゃない」

「え?」



「少年はミカの力に偽装して、ミカハヤノを圧縮したのよっ!」


 

 笠鷺は無数に浮かべたミカの中に、火の魔法クラス4のミカハヤノを一つ紛れ込ませていた。

 そして、その魔力が誰の目にもミカハヤノとわからぬように偽装した。

 

 ウードは所詮ミカの集合体と侮る。

 だから、同じミカで応えた。

 

 だが、圧縮からの高速射出で、ウードは思わぬ攻撃に晒されることになる。

 とはいえ、所詮はミカ。

 突発的であったため、結界だけでは対応できなかったが、流れを操れば、受け流すなど容易いことだった。

 そこに、油断が生まれる。



 笠鷺はその油断を好機とし、強制圧縮されたミカハヤノをこっそりとウードの傍に置いた。

 そこで、圧縮を解き、ミカハヤノを解放したのだ。


 エクレルはいまだ熱帯びる大気を肌に感じながら、鳥肌を立てる。


「ミカハヤノの強制圧縮。その難易度はミカの比じゃない。そして、そこから生み出される反発力もまた比べものにならない。解放されたときに起きた爆発力は神なる魔法を遥かに超える」



 笠鷺は、クラス4の魔法を、クラス6を超える魔法へと押し上げた。

 それに使われた魔力量はせいぜいクラス5程度。

 つまり、笠鷺燎はクラス5の力で、神なる魔法が児戯となる絶大な魔法を生み出したのだ。


 

 笠鷺は圧倒的であるはずのウードに傷をつけた。

 その傷は瞬く間に回復したが、届いた……。


 そうだというのに、笠鷺はほぞを噛む。

(クソッ、完璧なタイミングだったぞ。だってのに、命を奪えなかった!)



 ウードは千のミカ……圧縮され高速に打ち出されるミカに対応できていた。

 そこには油断が生まれていた。

 その隙を突き、神なる魔法を超える魔法を至近距離で発動したというのに、彼女の命を奪うことは叶わなかった。

 力の劣る笠鷺にとって、これは手痛い。


(これで奥の手は無くなった。魔力もかなり消費してしまったし、残りの手札はトーラスイディオムの力だけ。でも、僅かでも警戒されたら、この力は躱されてしまう)


 

 最後の切り札、神龍の力。

 これをウードにぶつけるためには最低でも三つの条件が必要。

 

 結界が薄いこと。

 油断していること。

 そして、発動の瞬間まで気づかれないこと。


(さっきは上二つまではクリアしてたけど、三つ目がなぁ。ミカの中に混ぜても、さすがに神龍の力を偽装するのは難しいし……何とか油断しまくってもらわないと)


 彼は一瞬だけ、草原に瞳を動かした。

 だが、ウードに悟られないようにすぐに瞳を戻す。

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