第250話 不和

――ジョウハク・王都サンオン・双子の塔・琥珀城



 これは笠鷺燎かささぎりょうがアクタへ戻ってくる、少し前の物語。

 王都は新しき王を迎え、新時代を謳歌していた。

 

 世界を新生へと導く繭王けんおうブラン=ティラ=トライフルは、数多の賢王・武王たちが成し遂げられなかった、ソルガム、キシトル帝国を支配下と置いた。

 さらには、アクタ統一という大きな夢と理想を国民に与える。


 その夢と理想を現実のものとすることのできる唯一の存在――宰相ヤツハ。


 ジョウハクの民ならず、アクタの民は彼女を讃え、歓声を上げる。

 その素晴らしき声々とは裏腹に、城内は静黙せいもくが支配していた。


 宰相ヤツハはブラウニー派への慈悲無き粛清を行う。

 たしかにそれは、必要なこと。

 新体制の中、旧体制の残滓は消さなければならない。

 ましてや、ブランとその母である先王プラリネを手に掛けた関係者は決して許されざる存在。



 そう、これは仕方のないこと……。

 一見すれば、道理……。

 だが、その道理はヤツハの皮を被ったウードの道理。


 ウードは自身の大切な駒となる人材には寛大であった。

 その代表となるのは六龍たち。


 ノアゼットを覗けば、彼らはブラウニーに与した反逆者。

 そのはずなのに、ウードは彼らを許した。

 彼ら以外にも、ウードにとって有用な存在には手心を加える。


 そのようなやり方に難色を示す者がいる。ウードの力を危惧し、ジョウハクの未来を憂慮する者がいる。


 しかし、マヨマヨを従えた彼女を抑えることなどできない。

 民の人気。一戦士としての力。美貌。軍と政治と経済の才。

 どれをとっても非の打ちどころはなく、誰もが口を噤む以外なかった。


 だが、そのような中であっても抵抗を試みる者が一人いた。

 それは――アプフェル=シュトゥルーデル。



 ヤツハの姿をしたウードはフォレたちに命じる。

 ブラウニー派の粛清を。

 

 その内容は非情なるもの。

 だが、新体制下を迎えるにあたって、必要なこととウードは道理を説く。

 配下である者たちが、王を追い落とそうとした行いを許すわけにはいかない、と。


 仲間たちは、この残虐な命令がヤツハの本心ではないと頑なに信じていた。

 彼女はブラン女王の、ひいてはジョウハクのために全ての闇を一人で背負っているのだと。

 

 だから、友である彼らはヤツハを支えようとする。

 しかし、アプフェルは――。




 王城の通路にて、めいを受けたばかりのフォレ、パティ、アマン、ケインにアプフェルは問いかける。

「みんな待って。あんな命令に従う気なんてないよね?」


 この問いに仲間たちは、目を逸らし黙り込む。

 僅かな沈黙を置いて、フォレが言葉を漏らした。


「ヤツハさんだけに辛い思いをさせるわけにはいかないだろ、アプフェル」

「フォレ様……それはわかってる。でも、もう少しだけ待ってください」

「それは何故だい?」

「今のヤツハは重責を背負い、少し意固地になっているところがあると思うの。それなのに、私たちが率先して、ヤツハの罪に加担してはいけないと思う」


 

 アマンは海賊帽をグッと押さえて、言葉を返す。

「たしかにアプフェルの言うとおり、ヤツハさんのめいをそのまま受け取るのはやめておいた方がいいのかもしれません。今は首魁しゅかいとなる者たちを捕らえるに留め、改めて沙汰を考えるよう進言した方が良いのかも」

 

 パティとケインがその声に続く。

「そうですわね。非情な粛清を行い、取り返しのつかないことをしてしまったら、最も傷つくのはヤツハさん。めいに背いても、私たちが踏み留まってあげるべき……」

「そうですな。宰相という役目を背負い、ブラン様の威光を世界に広めるために、ヤツハ嬢は少し焦っているのかもしれません」


 ヤツハは自らを穢し、ジョウハクの闇を背負う。

 それを一緒に背負うのではなく、背負わずにいられる方法を模索する。

 これが彼らの出した答えであった。



 仲間たちの話を静かに聞いていたフォレが口を開く。

「それでも、いつまでも私たちがめいに背け続けるわけには……いずれ、その時が来るっ」


 フォレは拳を握り締める。

 それは、ヤツハに従いついていくと覚悟を決めた証。

 だが、その拳を両手で覆い隠す人がいる。


「フォレ様! もう少しだけ、もう少しだけ、待ってください!」

「ア、アプフェル?」

「今のヤツハはちょっと変なだけ。きっとすぐに以前のヤツハに戻るはず。だから、今はまだ、耐えてくださいっ!」


 少女の懇願の声。

 悲哀の籠る声。

 そうであるはずなのに、彼女の声にどこか確信めいたものを仲間たちは感じていた。



 最も身近な友であるパティは扇子をパンと打つ。

「ふふ、アプフェルさんには私たちに見えない何かが見えているようですわね。フォレさん。アプフェルさんを信じて、その覚悟はもう少し先に取っておいてはいかがでしょうか?」


 海賊帽の端をピンと跳ね上げて、アマンが続く。

「多くを見ることのできる人狼の目は何を見ているのか? 多くを聞くことのできる人猫じんびょう族としては少々悔しいですけど、アプフェルを信じましょう」


 さらに、筋肉を震わせ、ケインが続く。

「フォレ殿。アプフェル嬢の思い、男して応えてあげるべきです。でなければ、あなたの逞しい筋肉が涙を流すことになるでしょう」



 フォレは仲間たちの説得に、一度は握り締めた拳を緩めた。

 そして、拳を覆うアプフェルの手に、もう一つの手を重ねる。


「アプフェルが何を信じているかわからないけど、頑張ってみるよ。それに、ヤツハさんに罪を背負わせるようなことは辛いからね」


 フォレはアプフェルを労わる声を掛ける。 

 だが、それ以上に、ヤツハを慕う彼の声が、アプフェルの心に涙を流させた。

 それでも、アプフェルは精一杯の笑顔を見せて、みんなへお礼を述べる。


「ありがとう、みんな。とても、嬉しい……」



 

――その後もアプフェルは挫けそうになる仲間たちの支えとなった。

 そうして、彼らは一線を越えることなく耐え抜いていた。

 


 だが、そんなアプフェルの姿を面白くない表情で見ている者がいる。

 それは宰相ヤツハ。


 宰相は、フォレたちが王都を離れているところを見計らい、アプフェルだけに新たなめいを下した。

 それはキシトル帝国周辺に埋伏まいふくしている、皇族の血脈狩り。


 この、仲間たちと引き離そうとする明らかな離間策に対して、アプフェルは異議を唱えた。

 彼女は多くの貴族たちに対しても不当なめいだと訴える。

 しかし、ここまで宰相のめいに背き続けた彼女を擁護する声はなかった。

 いや、できなかった。

 皆は宰相ヤツハの権威を恐れていたのだ。



 アプフェルは断腸の思いで、そのめいに従う。

 そして、元キシトル帝国領地へ向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る