第225話 千変万化
――シオンシャ大平原
冬空の下でありながら、草木は枯れ葉色を見せることなく、青々とした名もなき草花を生やす。
強き自然の姿を感じるその場では多くの者が血の花を咲かせていた。
「敵、右軍に攻撃を集中しろっ! いまだ彼らは想定外の出来事に混乱しておる!」
クラプフェンたちの突撃により、バラバラになったと見せかけた軍をティラは纏め直し、前線の馬上で指揮をしていた。
彼女の姿に、隣に立つポヴィドル子爵は苦言を呈する。
「ブラン様、後方にお下がりください」
「そうはいかぬだろう。この戦いは玉座を争う戦いと同時に、私という存在が問われる戦い。そうであるのに、奥に引っ込むことなどできぬ!」
「たしかにそうではありますが……」
子爵は幼き王をモノクルを通して見つめる。
彼女は気負うことなく、堂々と大軍を指揮し、兵や諸侯に声を届ける。
怒声交わる戦場に響き渡る少女の声。
幼い少女でありながら、その声には王としての威厳と偉容が宿っていた。
王の声は兵士に勇気を与え、鼓舞された心は剣に力を宿し、怖れを捨て去る。
ポヴィドルはモノクルを外して、王を瞳に宿した。
(以前、王城でお会いした時は凡庸な少女でありましたが……私の目は曇っていたようですね)
新しき時代を紡ぐ者。
その傍に仕えることを誇りに思う。
彼は腰元にあるレイピアの柄に手を掛けて、ティラの眼前で刃を振るった。
――キンッ!
一本の流れ矢がティラに刺さる直前で真っ二つに割れる。
ポヴィドルは何事もなかったかのようにレイピアを腰に納めた。
「失礼しました、ブラン様。火急故に、ご容赦をお願い致したい」
「当然だ。よくぞ、護った。ポヴィドルよ、貴公はなかなかの腕前だな」
「剣術は貴族として当然の嗜みでありますから」
「ふふ、そうだな。しかし、矢がここまで届くとは魔導兵の結界が緩んでおるようだ……兵が足らぬな」
「左様でございますね」
ヤツハたちがクラプフェンたち三龍と軍を分断する結界を築くと、ティラたちはすぐに兵を纏め直した。
クラプフェンの突撃により、左右に分かれた自軍。
それを使い、分断されたブラウニー軍・中軍に挟撃を仕掛けた。
両翼に広がる右軍左軍は、敵右軍左軍の牽制を維持。
挟撃により、一挙に中軍の戦力を減らすと、次に敵・右軍に標的を移す。
そこで味方左軍を動かし、同じく挟撃の態勢をとったのだが、中軍と比べ左右にいた敵兵の数は多く、また精鋭でもあり、有利に軍を展開してもこちらにかなりの損害を与えていた。
ティラは焦りの色を見せる。
「あと少しで敵の右軍は瓦解する。急がねば。これ以上長引けばヤツハたちが持たぬ!」
「ブラン様。たしかにそうでありますが、焦りは禁物。ここは――」
『敵、左軍! 味方右軍を撃破。こちらに来ます!』
突如、伝令の声が駆け巡った。
ティラは拳を握り締め、静かに震わせる。
「となると、次は我らが挟撃される番か。後衛を敵左軍に当てよ! その間に敵右軍を討つ!」
しかし、そこに更なる悲報が届く。
『中軍の敗走兵が左軍と合流。数が倍に膨れ上がっています!』
子爵は震える手でモノクルを外し、加減を失った手はレンズを砕く。
「敗走兵を纏め直すと? さすがはジョウハクの誇る精鋭。六龍なくとも、将は一流。心砕けた兵士に再び剣を握らせるとは……」
ブラン軍の挟撃により、無残な屍を晒した中軍。
それを目にした生き残りは我先に逃亡を始めた。
しかし、敵の左軍に有能な将がいたのであろう。
心砕かれたはずの彼らをまとめ上げて、再び戦場に立たせたようだ。
これより状況の先に在るのは、必敗。
ティラは苦渋の決断を下す。
「後衛戻せ! 敵、右軍にのみ攻撃を集中!」
「ブラン様、それでは後方ががら空きとなってしまいます!」
「わかっておる。これは時間との勝負だ! 敵の左軍がこちらに届く前に、敵の右軍を落とす。子爵よ、他に良い具申があれば聞くが?」
問われたポヴィドルは首を静かに横に振るう。
ここは見通しの良い大平原。
策は
ティラはこれまでになく声に
「ここが世界の分水嶺ぞ! 死力を尽くし敵を滅ぼせ! 全軍、突撃ぃぃぃ!!」
――
俺は結界の外側に広がる戦場を目に入れた。
ティラがいると思われる軍の後方から、大軍が押し寄せている。
「クソッ、あれはっ? ティラ!」
「どうやら、我々よりも先にあちらの決着がつきそうですね」
「こうなったら!」
俺は紫焔を纏い、転送魔法を発動させようとした。
結界が覆いつくす戦場。
だが、なんとかその間隙を縫い、ティラの元へ向かうために。
「させませんよ!」
クラプフェンは剣より真空の刃を産み、俺にぶつけてくる。
「クッ! 風よっ」
俺は風の刃をぶつけて、それを相殺する。
「このっ、邪魔しやがってぇぇ!」
「当然でしょう。あなたの思いは届かず、ここで死ぬのです」
女神の黒き剣に魔力が
それに対して、俺は地面に魔法弾をぶつけ土煙を舞わせた。
「目くらましですか? 無駄ですよ」
たしかに、クラプフェンほどの相手にこんな目くらまし無意味。
だけど、気配だけでは読み取れない、ある魔法を使いクラプフェンを退ける。
身に纏うは紫の魔法――それは空間の力。
俺は力を一点に集約させ、魔法を振るう。
だが、そうはさせまいと、クラプフェンは土煙を切り裂き飛び込んできた。
「だから無駄だとっ」
「そうかな?」
俺は空間の力が宿る魔法を拳に乗せて、転送魔法を起動させる。
「おらぁぁ!!」
「なっ!?」
拳は転送魔法の流れに乗り、クラプフェンの左頬をぶん殴った。
吹き飛び、地面に叩きつけられた彼が目にしたのは、空中に俺の拳だけが浮かぶ奇妙な光景。
尻餅をついたらしくない姿のままで、クラプフェンは口にする。
「転送魔法で拳だけを……なんと器用なっ。ですがっ!」
彼は言葉を大きく跳ねて、戦場へ目を向けた。
俺も同様に目を向ける。
すでに、敵の大軍はブラン軍の背後を捉えようとしていた。
「ティラァァぁぁ!!」
冬の厚い雲を切り裂く叫び声……。
その声に応え、空間の力が駆け巡り、戦場へと舞い降りる。
そしてそれは、魔力を纏う希望の矢を産んだ!
「よ~し、てめぇら! 矢をつがえ! 撃てぇぇぇぇ!!」
ブラン軍に攻め入ろうとする大軍の後方から、矢の雨が降り注ぐ。
魔力を帯びた矢は、それを妨害する風の魔法や結界を打ち破り、ブラウニー軍に容赦なく突き刺さっていく。
俺は
そこにはっ!
「ふぅ~、何とか間に合ったなっ。ヤツハの姉御に顔向けできねぇところだったぜ!」
「はぁ~、もう。結界を避けながらの連続転送はほんとに疲れるわね。でも、これもヤツハちゃんのためだから!」
真っ白な特攻服を身に纏い、黒馬に跨る、美しき金色の髪を持つエルフの女性。
彼女の名はクレマ!
後方には黒の特攻服を纏う、エルフの弓騎兵隊。
そして、すっごく疲れた表情をして、杖を片手に馬上でぐったりしているエクレル先生!
戦場に出るためか、さすがに特攻服ではなく、いつもの
俺は二人を瞳に宿してガッツポーズを決める!
「よしっ! 来てくれたんだ。先生、クレマ、エルフのみんな!」
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