第223話 集う

 ヤツハたちに囲まれ、状況を理解したクラプフェンは悔しさ混じる言葉を落とす。


「こちらの策は見抜かれていた、ということですか?」


 彼の言葉に、ヤツハが返答した。



「ま、そういうこと。まったく、片手間で戦争するからこんなことになるんだよ、クラプフェン」

「直接ブラン様を狙うことだけではなく、ソルガムのことまで……なかなかの知恵者がそちらにいたようですね。いったい、誰でしょうか? 私の策をことごとく見破った方は?」


 アプフェル、パティ、セムラ、ケインは一斉にヤツハを指さす。

 当のヤツハ……。


「うん? ……あ、そうかっ。俺になるんだった!」

 彼女はウードが話したことと自分を重ねることができないでいたようだ。

 その間の抜けた反応に、クラプフェンは頭を抱えた。


「自分が看破したことも忘れている人に、まんまと陥れられようとは……」

「だって、それは……まぁ、いいじゃん。とにかくっ、お前らの考えていることはまるっとお見通しだぞ!」



 指をピシリと三龍にぶつけるヤツハ。

 その子どもっぽい対応に、クラプフェンは彼女の実像をいまいち捉え切れず、再び頭を抱える。


 彼の隣ではバスクがアプフェルを覗いていた。


「君がそこにいるということは、ブラン様は?」

「壁の向こうで指揮を。バラバラになったと見せかけた兵を纏めてね」

「なるほど、僕たちの突撃は君たちの用意した道を歩いただけってことか」


 

 バスクは眼鏡を外し、レンズを拭きながら残念そうな言葉を吐いた。

 それに対し、セムラは怒りを声に乗せる。


「そうであっても、多くの我が同胞たちを失った……」

 セムラは深き体毛に覆われた剛腕を前に突き出し、構えた。

 彼の動きに合わせて、ヤツハたちも剣を取り、扇構え、拳に力を乗せる。


 

 ノアゼットは五人を目にして呟き、ケインがそれに答えた。


「お前たちが我らの足止めをするというわけか」

「ノアねえ。いえ、ノアゼット。あなたたち三龍は単騎で戦争の流れを変えることのできる存在。雌雄が決するまで、ここで大人しくしてもらいましょうか」

「ケイン、久しいな」

「ええ」


 ノアゼットは幼き時代の友であり、弟のような存在のケインを瞳に入れるが、血のように紅き瞳には熱はなく、氷よりも冷たく輝く。



 本来の彼女は心優しき女性。

 しかし、心を鬼に染めることで六龍として立っている。

 その覚悟は、誰の手によっても止められないもの。


 それを知るケインは無言でノアゼットへ拳を向ける、

 その隣にセムラが立つ。



「二対一とは少々気が引けるが、ノアゼット殿は六龍でもクラプフェン殿に次ぐ実力の持ち主。我らもなりふり構っておられぬでな」

「構わぬ。何者が立とうと、私の前では意味がない」



 ノアゼットは女神の黒きガントレットに魔力を籠める。



 

 アプフェル、パティはバスクの前に立つ。


「久しぶりね、バスク」

「以前はお世話になりましたわ」


「なるほど、君たち二人が僕の相手というわけかい。う~ん、これは結構大変かも」


 二人の実力を知るバスクは困ったような顔を見せる。

 これは冗談でもからかっているわけでもなく、彼の本音。

  

 かつての逃走劇で見せたアプフェル、パティの実力。

 あれからさらに腕を上げていることを踏まえれば、かなり厄介な相手に成長していると彼にはわかっている。



「だけど、それだと……まさか、彼女一人で?」

 バスクはチラリと視線を飛ばす。

 その先に在るのは……ヤツハの姿。



 

 ヤツハはクラプフェンの前に立つ。



「ふぅ~。あ~、やるかぁ。気が乗らねぇけど」

「まさか、あなた一人で私の相手を?」

「わかるよ~。実力が段違いなのに本気かって? でも、こちらは人材不足でねぇ。六龍相手にやり合えそうな人がいないんだよ」

「だからといって、あなただけで私がどうにかなると?」


「それは散々みんなに言われたよ。だけど、ちょっとだけ俺には隠し玉があってね」

「ほぉ、それは?」



 ヤツハは己の中に寄生する闇に語りかける。


(ウード、力を借りるぞ。まだ、回復してないなんて言わせないからな)

(フフ、いいわよ。でも、私に力を借りるということは……)

(身体の浸食が進む……いや、次に借りれば完全に乗っ取られる)

(それをわかっているのに借りるの?)


 この問いに、ヤツハは小さく笑う。


(フフ、借りるのは、お前の目だけだ)

(目?)

(そう、目だけ。クラプフェンの動きを四つの目で追う。そして、時間を稼ぐ。最も戦力が拮抗しているアプフェルたちが、バスクに打ち勝つのを待って)


(ひたすら防戦の一手、というわけね。だけど、私からすれば、せっかくの乗っ取りの機会を不意にしてしまうのに、目だけを貸すと思って?)

(あれ? 貸さなきゃ死ぬけど、いいのか?)


 ヤツハはニヤリといやらしく笑う。

 ウードは口端を噛んで、声に苛立ちを乗せた。


(だから、こんなぎりぎりまで話さなかったのね。嫌な男)

(お前に言われたくないっ)

(ま、それでも浸食自体は進むからいいけど)

(じゃ、いいんだな?)


(ええ。でも、アプフェルたちが勝つとは限らない。また、私たちがそれまで耐えられるとは限らないわよ)

(おや、忘れたのか? まだ、こちらには戦力があるだろ)


(え? ……ああ、そういうこと。でも、それもまた、間に合うかどうかも、可能かどうかもわからない)

(信頼してるさ。だってあの人は、俺が初めて尊敬した人だから……)



 ヤツハは瞳をクラプフェンへ向けた。 

 その瞳を受けた彼は、全身に戦慄を走らせる。


(な、なんでしょうか? この絡めとられるような視線は?)

 

 ヤツハとウードの四つの目はクラプフェンの全てを見透かす。



「さぁ、決着をつけよう。クラプフェン!」





――ブラン軍とブラウニー軍が シオンシャ平原にて陣を構える同時刻



 ここはリーベン南方に広がる壁、カクサ山脈。

 万年雪まんねんゆきと狭く険しき道が人の侵入を拒む。


 その道を越えた先にはジョウハク国の脅威、キシトル帝国の領地が広がる。

 故に、山道を監視する見張り小屋が無数存在していた。



 二人のリーベン兵は山道脇に設置された高見櫓たかみやぐらから、不穏な存在がないかと見張る。


「わざわざ書簡まで届けて警戒しろとか言ってきたけど、こんな場所通らないだろ?」

「文句言ってないで、しっかり見張ってろよっ。万が一だか億が一だかがあるかもしれねぇだろ」

「ヘイヘイ。キシトル軍が来たとしても、どうせ百にも足らず。意味はないと思うけどねぇ」



 そう言いながら、彼は細長い単眼鏡を使い、山道を見張る。

 すると、黒い影が横切ったように見えた。

「うん?」

「どうした?」

「いや、なんかいま、影が過ぎったような?」

「見間違いじゃねぇの? もしくは獣か魔物じゃないのか? ちょうどゲーコンたちの繁殖期だし」

「そっかなぁ?」


 彼は単眼鏡を降ろし広く視界を取るが、広がるのは豪雪に埋まった山々のみ。


「うん……何もいないな」



 彼は再び単眼鏡を使い、通常の見張りに戻った。

 しかし、彼はたしかに黒い影を見ていた。


 影は風よりも早く、音もたてず、道とは名ばかりの雪地をひた走る。

 それは巨大な闇と絶望をたずさえた巨躯。

 黒き姿に身を預ける存在。


 黒に潜む朱き眼は命つどう場所を見つめる。

 死に場所を求めて……。




――同時刻・要塞都市リーベン



 ゼリカ公爵はマヨマヨの襲撃に備え、各門を見回っていた。

 そこに争いの声が届いてくる。


 彼は何事かを確認するために、東へと続く門へ向かった。


 門の外では、奇妙な二人の男女と警備兵たちが何やら問答を行っている。



「そこを何とか、通して頂けませんか?」

「駄目だ駄目だ。今はシオンシャ大平原で戦争が起きているんだぞ。お前たちみたいな怪しい二人組を通すわけにはいかない」


 背のとても低い女性が牙を剥いて反論する。

「そのために通して頂きたいんです。もう、こうなったら強行突破するしかっ」

 

 慌てて隣にいる長身の男性が彼女を止めに入る。

「ま、待ってください。そんなことをしたら大問題ですよ。仕方ありません。かなり遠回りになりますが、ここは迂回しましょう。今の私たちの足ならば、十分間に合うでしょうから」

「いえ、僅かな遅れのため、後悔することになるかもしれません。ここはやはり!」


 

 戦場へ一刻も早く向かいたい。

 そういった思いがあるためか、女性は感情を制御できてない。

 隣に立つ男性は、興奮状態となってしまった女性を止める術がなく途方に暮れる。


 そこへゼリカ公爵が訪れた。

 彼は城壁の上から二人に話しかける。


「君たちは何者だね? 今がどういう状況かはわかっているだろう」


 男女は二人そろって上を見上げた。

 公爵には長身の男性に見覚えがあったらしく声を上げる。

 男性もまた公爵と面識があるらしく声を上げる。


「君はたしか……」

「これはゼリカ公爵閣下」


 男性と女性はゼリカを仰ぎ見て、最大限の敬意を払い、言葉に最上の思いを乗せる。


「不躾でありますが、お願いの儀があります。いますぐ門を開き、我ら二人を戦場へ!」

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