第222話 奇策妙計
――ブラウニー陣営
先鋒にクラプフェン、バスク、ノアゼットが立つ。
彼らは皆、軍が展開する中央にいた。
角笛の合図とともに、彼ら三人は軍を引き連れて、ゆっくりと軍を前に進める。
ブラン軍を包囲するための左軍、右軍もまた、ゆっくりと歩を進めた。
クラプフェンはブラン軍を瞳に宿す。
先鋒であるライカンスロープとドワーフの軍が土煙を上げながら迫ってくる。
バスクは女神の黒き
「勇猛な人狼の先駆け。さらには蛮勇を誇りとするドワーフの突貫。あれを止めようとすると、こちらも甚大な被害が出るね」
それを受けて、クラプフェンは薄く笑い、ノアゼットは無機質な声を返す。
「フフ、包囲が完成する前に打ち破るつもりでしょうが……無駄に終わります」
「そうだな。相手がたとえ、精悍な戦士であったとしても、我ら六龍の敵ではない」
クラプフェンはすらりと女神の黒き剣を抜く。
「我らが広く陣を構えたことで、包囲を目的としていると考えたのでしょうが……我らの真の目的は違います!」
クラプフェンの声に応え、バスクとノアゼットが前に出た。
彼は剣の先をブラン軍に向けて声を張り上げる。
「中軍、中央突破陣を形成! 左軍、右軍は敵左軍、右軍の牽制に留まれ!」
彼の号令に合わせて、横に広がっていた中軍は瞬く間に先の鋭い密集陣を形成した。
そして、彼は命を下す。
真の目的とともに!
「今より、敵の中央を割る! 目指すは後方に控えるっ、反逆者ブランのみ!」
彼の言葉は軍全体に広がり、三龍を中心とした軍がブラン軍の先鋒とぶつかり合う。
――――ブラン軍はよくやった。しかし、相手が悪すぎた。
バスクの魔法壁でライカンスロープとドワーフの突撃は足を止める
クラプフェンとノアゼットの二龍が先頭に立ち、気勢を失ったブラン軍を引き裂いていく。
ブラン軍はまさかの敵軍突撃に対応できず、陣はバラバラになり、兵たちは恐れおののき散って行く。
恐慌状態と陥った軍団たち。
だが、クラプフェンはそれらを目に入れず、ただ一つの言葉を唱え突き進む。
「ブランを討ち取れば、戦争は終わる! 皆よ、ひたすら前へ!」
この戦争……ブラウニー軍には、王たるブラウニーがいない。
対するブラン軍には、王たるブランがいる。
彼女を討ち取れば、あとは存在しない。
つまり、ここでブランの首を取れば、ブラン軍は瓦解する。
これこそがこの戦争を最小の被害で終結させる方法。
もちろん、これは六龍たるクラプフェン、ノアゼット、バスクの力があってこそのもの。
だからこそ、六龍の半分もの戦力を投じたのだ。
さらには、最小の被害で終わらせる理由が彼らにはあった。
それは――北のソルガム。
この戦いを利用し、ソルガムを絡めとるため。
クラプフェンは王都に潜むソルガムの密偵をわざと放置していた。
それにより、ソルガムは王都サンオンから大幅な戦力がブラン軍へ向かったことを知っている。
そして、ブラン軍もまた大戦力であることを知っている。
ソルガムはこう考えるだろう。
この戦争でジョウハクは大きく疲弊すると……。
ならば、城砦を落とすには好機。
彼らは動く。城砦を落とし、果ては王都サンオンを目指すために。
だが、そのようなことクラプフェンは承知している。
だからこそ、この平原に大戦力を集めた。
短期決戦ののちに、無傷の戦力を北へ向かわせるために。
戦争の準備とは非常に時間が掛かるもの。
その規模が大きければ大きいほど、相手に気取られてしまう。
しかし、クラプフェンはブラン軍の戦争を口実に北への備えを行っていた。
そう、この軍は北のソルガムを討つための軍。
援軍などはないと思い込んだソルガムは、城砦へ嬉々として向かうであろう。
だが、ブラン軍と相対していたはずの軍が北へ現れる。
ソルガムは想定外の大軍の登場によって大敗を
三龍を先頭に、ブラウニー軍は突き進む。
先軍を打ち破り、中軍を蹴散らし、ブラン……ティラが立つ後軍へ。
彼ら三人の瞳に、双子の片翼である、右翼を表す旗が見えた。
あの旗の下にいる一人の少女の命を奪えば、この戦争は終わる。
そう、クラプフェンは考えていた。
――だが、一人の女はそれらを看破していた。
ウードはヤツハを通して、ティラや会議の席に集まった重鎮たちに言葉を紡ぐ。
ブラウニー側から攻めてくる理由がない。
彼は王都と城、象徴となる六龍といった王としての印を持っている。
さらに、北と南に敵がいるというのにどうして動けようか?
北と南――これはティラたちの手足をも縛る。
今、この時に王都サンオンを攻めるわけにはいかない。
攻め入れば、敵に狙われるジョウハク国の隙を狙ったことになる。
これは王の行いでないっ!
ブラウニー軍はそれをわかっているから、いくらティラが脅威であろうとも動けないティラのために、わざわざ先に動くはずがない。
だが、彼らは動いた。
それも、六龍の内、半分の戦力となる三龍を引き連れて……。
王都の守りを固めなければならない時期に、これは悪手。
これを天運として、ソルガムは牙を剥くであろう。
クラプフェンはそれを理解している。
そこで彼はブラン軍との戦争自体を策として考えた。
ブラウニー軍の勝利条件は、ブランの首。
クラプフェンは大軍を使い、ブラン軍を包囲し、ゆっくり事を構えると見せかけた。
だが、真意は三龍と精鋭を引き連れ、一挙に攻め落とす策。
そして、見事首を討ち取り、損害のない軍を北へ向ける。
だからこそ、ウードの言葉を聞き終えたゼリカ公爵は円卓へ拳を打ちつけ、怒りを露わとした。
玉座を争う戦いを、ただの一策としているクラプフェンに!!
重鎮に説明を終えたウードは、慌てふためく皆を目にして薄く笑い、ヤツハはそれに言葉を返す。
「ふふ、アクタの兵法はそれほど進んでいないみたいね。私でもこの程度なら読める。魔法という便利な存在が兵法や計略の発展を阻害しているのかしら?」
「うん? 地球にだって便利な兵器があるぞ」
「それらを手に入れるまで試行錯誤を積み重ねていたでしょ。私たちは効率よく命を奪う研究を疎かにしなかった。兵器もまた研究の結果……だけど、そうね。このアクタで魔法を母体と置いた
「地球人の方が残酷ってことか?」
「違うわ。持たざる者たちは生み出すしかない。だから、持たざる私たちの目は深層に届き、彼らの目は表層しか見ることができない。恵まれた場所に居たあなたもそうだけどね」
「なに言ってんだかさっぱりだよっ。だいたい俺は兵法家でも何でもないし」
「ふふふ、兵法を知らなくても……ま、いいわ」
ウードは口角を僅かに上げて重鎮たちを目にする。
そこにあるのは愚弄。そして、その瞳の中にはヤツハの姿も含まれている。
(本当に何も見えていない。容易く組みやすい連中…………さて、どう出るか? きっと、動くはず。私の都合の良い形で現れて欲しいところだけど。フフフフ)
――――
ウードの不気味な笑いは薄れ消え、代わりに怒号と悲鳴が戦場に響き渡る。
クラプフェンはティラの元へ迫る。
セムラはただ一人、三龍の前に立ち、身構えた。
彼の後ろには、真っ赤なドレスに黒のロング―コートを纏いフードを深く被っているティラ……。
バスクは周囲の護衛を魔法で吹き飛ばし、ノアゼットは黒きガントレットを振るい全てを塵と化す。
クラプフェンは女神の黒き剣に魔力を集め、ティラへ咆哮を放った。
「反逆者、ブラン=ティラ=トライフル。ご覚悟を!」
クラプフェンの言葉が戦場に広がる。
それは清澄な命狩りし者の言葉。
言葉を受けた者は、その音色だけで鼓動を止める。
しかし、ティラは何ら物怖じせずに体を正面に向け、黒のロングコートを脱ぎ捨てた。
露わとなった彼女の姿を臨み、クラプフェン、ノアゼット、バスクの三龍は絶句する。
「なっ?」
「これはっ?」
「どういうことだよ!?」
現れたのはピンク髪を持つ女の子。
彼女は真っ赤なドレスさえ脱ぎ去り、深緑の映える武道着を纏っている。
頭の両サイドにあるポ〇デリングを揺らしながら、彼女は笑顔で彼らを迎えた。
「ふふ~ん。残念。私は人狼族が長セムラの孫娘、アプフェル=シュトゥルーデル。よろしくねっ」
さらに、三龍に思考の間を与えず、魔法の壁がクラプフェン率いる軍を両断する。
「闇よ!」
「空間よ!」
「「壁となり、全てを堰き止めよ!」」
空間と闇の力が混じる結界が平原を一閃し、黒の混じる半透明の巨壁となって現れた。
壁はクラプフェンたちと軍を完全に分かつ。
だが、さすがは六龍。
クラプフェンたちは即座に残りの兵へ指示を向けようとした。
「
「遅い!」
ケインが上半身剥き出しの筋肉を見せつける部隊を率いて、壁の内側に残った兵たちを蹂躙していった。
彼は部下に指揮を預け、三龍の前に立つ。
ケインの後ろから、ヤツハとパティも姿を見せる。
クラプフェン、バスク、ノアゼットの三人は、ヤツハ、アプフェル、パティ、セムラ、ケインの五人に取り囲まれた。
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