第217話 縁合い
俺は王都の方角を見つめながらパティに話しかける。
それは郷愁の混じる言葉……。
「不思議なもんだよな」
「何がですか?」
「ほんの数か月前まではさ、俺たちは王都で普通に暮らしてた。楽しく、バカやって……なのに、今はその王都に攻め入ろうとしている」
「そうですわね。あの頃のわたくしたちは、このようなことが起こるなんて想像もしていなかった」
「うん……」
瞳の中に、王都で過ごしてきた楽しい思い出が次々と浮かんでくる。
その中で宿屋サンシュメにみんなが集い、プリンを食べたことが鮮明に浮かんできた。
「パティ、覚えてるか。俺がプリンを作った時のことを?」
「もちろんですわ。あの時はいきなりブラン様が現れて、驚きのあまり石のように身体が固まりましたもの」
「はは、アレッテさんが脅してたっけ?」
「ええ、ブラン様の教育係であるアレッテ様もいて、本当にあの時は……楽しかったですわね」
パティもみんなでプリン片手に談笑し、和気あいあいとしていた日常を思い起こしたのだろう。
口元に優しさを乗せている。
彼女は微笑みを崩さず、俺にちらりと視線を送る。
「そう言えば、演説でヤツハさんとブラン様は隠し通路の先に在ったお城で、初めてお会いになられたと話していましたね。それはいつのことですの?」
「ああ、それ。以前王都で、俺が迷って帰りが遅くなったの覚えてる?」
「ええ、もちろん。ヤツハさんが皆さんに迷惑をかけて、ボロボロに泣いていましたから、しっかりと」
「そこは覚えてなくていいよっ。実はあの時、違法賭博場の取り締まりの途中で地下水路で迷ってさ、気がついたら王城に迷い込んでて、そこでティラと出会ったんだ」
「たしか、ブラン様の救出の際も地下水路を使ったという話を聞きました。もしかして、それが?」
「そう。偶然か、運命か。俺の行動の一つ一つに、何か巨大な存在がレールを敷いているような気がするよ」
「巨大な存在?」
俺はパティの言葉に答えず、空を見上げる。
視線の先に在るのは……コトア。
トーラスイディオムは言っていた。
『これから貴様が歩む道。それをコトアが利用しようとしているようだ』
どこまでが女神コトアのレールかはわからない。
だけど、たしかにコトアは俺に何かをさせようとしている。
現に、直接接触まで図ってきた……それは意味不明な言葉を置いていった程度で終わったけど……。
「ヤツハさん?」
ずっと無言で空を見続ける俺を心配してか、パティが声をかけてくる。
「わるい、ちょっと考え事。そういや、あのプリンを食べた日、フォレはいなかったよな?」
話を逸らそうと、俺はフォレの名を上げた。
すると、案の定パティと……アプフェルが話題に食いついてきた。
アプフェルはセムラさんの戒めを振りほどき、さらにとどめと蹴っ飛ばす
ブッ飛ばされたセムラさんは数人の兵士を巻き込み、派手な音を立ててひっくり返った。
そんなことお構いなしに、アプフェルは俺たちの会話に飛び込んでくる。
「あんたたち、何を話してるの? フォレ様のことっ!?」
「アプフェルさん、はしたないですわよ」
「うるさいなぁ。だって気になるじゃない。ずっと、離れ離れなんだもん。フォレ様も、アマンも」
フォレとアマン。
二人の名を聞いて、なんとなく空を見上げる。
「どこで何してんだか? たしか、アマンはなんか凄い人のところで修行するって言ってたな。フォレは修行の旅? あれ、アマンと一緒だっけ?」
フォレが見舞いに訪れた場面を思い出そうとするが、彼から抱きしめられた映像が浮かび、細かな記憶が思い出せない。
フォレの抱擁。誓い……。
俺の心と繋がるヤツハの心の熱が上がる。
一瞬、引き出しの世界を使い、フォレとのやり取りを思い出そうとした。
だけど、はっきりとあの場面を目にしたら、フォレを思い、寂しさに満ちたヤツハの心を制御できなくなりそうなのでやめておくことにした。
もっとも、細かな会話を忘れていても、あの時に交わした約束だけは鮮明に覚えている……。
そのことを思い出して、俺は小さな微笑みとともに言葉を漏らした。
「ふふ、約束は守ってほしいもんだ」
「「約束?」」
アプフェルとパティは声を重ねて尋ねてきた。
その問いに答えると、嫉妬されそうだけど……。
(ま、いっか)
「フォレが旅に出る前に顔を出したときにさ、『あなたに苦難及ぶその時、必ずあなたの傍に私はいますから』って言ってくれたの」
「それってどういう意味?」
「どういう意味ですの?」
「さてな……今がまさに苦難が及んでいるんだから、助けに来てほしいもんだけどねぇ」
細かな会話は忘れたけど、少なくともフォレとアマンは揃って東に行くと言っていた。
俺は東の方角を向く。
傍にはフォレの姿はなく、代わりに嫉妬の炎を瞳に宿したアプフェルとパティが鋭い視線を見せていた。
俺は軽くため息を漏らし、二人に向き直る。
「以前から気になってたんだけど、なんでお前らフォレのこと好きなの?」
「ふぇっ!?」
「な、なんですの。藪から棒に!」
「別に、ふと気になっただけ。でも、何かきっかけみたいなのはあるんだろ?」
この問いに、アプフェルは顔を赤らめて
すると、兵士の中に埋もれていたセムラさんがむくりと起き上がり、アプフェルの両肩を抱いて激しく体を揺らし始めた。
「ど、どういうことだ? じいじはそんな話知らんぞっ!?」
「もう~、うるさいなぁ。おじいちゃんには関係ないでしょ」
「あるっ。あるに決まっておる!」
「もう~、放してよ~」
人狼の孫と祖父は、戦場に向かう兵士たちのド真ん中で、恋の話に花を咲かせる。
場の雰囲気に全く合わない様子に、俺は笑いを漏らしつつ、パティへ振り向いた。
「ふふふ、まったく。なぁ、パティ。お前とフォレのことを聞かせてくれよ?」
パティは僅かな
その途中でアプフェルを瞳に宿す。
そして、小さく息を吐いて、ゆっくりと言葉を漏らした。
「わたくしは……アプフェルさんのように、フォレさんに恋心を抱いているわけじゃありません。もちろん、まったくないと言えば、嘘になりますけど」
「あれ、そうなんだ? じゃあ、一体?」
「あの方はわたくしの……憧れの人なんです」
「憧れ?」
「わたくしにはあまり思い出したくない過去があります。だけど、そうね。ヤツハさんになら……」
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