第二十四章 秘める心と広がる思い
第211話 演説会場
エクレル先生と別れ、二日後。
王都サンオンよりブラウニー軍の
出立前に、ティラは直接皆に言葉を伝えるため、運動場と中央広場が一望できる公爵屋敷のテラスに立つ。
テラスから広がり見える運動場には大勢の兵士たちがひしめき合う。
さらに奥に広がる中央広場に、ティラの姿を一目見ようと集まった大勢のリーベンの民。
運動場、中央広場には多くの者たちが押し合い潰され、ぎゅうぎゅう詰めになっている。
そうであっても、彼らは皆、ティラの……いや、次期女王ブラン=ティラ=トライフルの言葉を拝聴するべく集まったのだ。
テラスの上にはティラの他に、ゼリカ公爵やセムラさんといった重要人物である貴族や各族長の面々も立つ。
なんでか、俺も……。
俺は黒騎士と戦った評判の女戦士&ティラを救いだした名誉の騎士としての立ち位置でここにいる。
因みに姿格好は、俺には不似合いな絢爛なドレスといった貴族のお嬢様のような姿。
完全に客寄せパンダのような状態。
だが、これは必要なことらしい。
庶民出の英雄――それは多くの名もなき兵士たちに勇気を与えるそうだ。
しかし、当の英雄である俺は緊張で膝から下がガックガックに震えていた。
その振動は身体全体を激しく震わせている。
幸い、テラスは高い位置にあり、そのテラスも絢爛な飾りに囲まれていて、今は俺自身も奥に引っ込んでいるので、兵士や町のみんなからは震える足は見えない。
もっとも、ティラを含め、周りにいる皆さんからは見られているけど……。
傍に立つセムラさんが心配そうに話しかけてくる。
「大丈夫か? 身体が二重にも三重にもなっているが……」
「い、いえ、あんまり。こういった場は初めて……あ」
ふと、過去の記憶が蘇る。
それは俺の黒歴史。
(そういや、似たようなことがあったな。小五の時、美化委員をやってたとき)
美化委員……要は掃除なんかをちゃんとやってるかチェックするクラス委員。
学期初めにじゃんけんで負けた俺はそれをやらされることになった。
特に熱心に活動していたわけじゃないけど、その時のクラスは妙に真面目で掃除をきっちりこなし、それが功を奏し、全校集会で表彰されることになってしまった。
しかもそれは、事前に先生から連絡もなく、ぽけ~っと体操座りしていたら、いきなり壇上に表彰状を受け取りに来いというアナウンスが流れたのだ。
その時の俺は、「やれやれ、面倒だな」という程度だった。
しかし、壇上に立ち、数百人の目に晒されたとき、足がガクガクと震え始めた。
そこで初めて、俺は意外に小心者なんだということに気づく。
なんとかその場で崩れ落ちたり腰が抜けたりすることはなく、無難にやり終えたが、足の震えを見抜いていたクラスメイトからはしばらくの間からかわれた。
(くそ~、ヤなこと思い出しちゃったよ。あの時はたかか数百人でガックガックだったのに、今は数十万人……おえ、吐きそう)
セムラさんは相変わらず心配そうに俺を見ている。
周りの人たちも同じ。半ば呆れた態度を取る人もいるけど。
(なんでこの人たち平気なんだ? 普段から大勢の前に立つことがあるから? 漫画やゲームだと、肩書きのない主人公が緊張もなく大勢の前に立って演説したりするけど……現実は厳しいね~。せめて、アプフェルたちがいてくれたら少しは……)
俺は大勢の人々から視線を外し、セムラさんへ移す。
「セムラさん、どうしてアプフェルはここに居ないの? 族長の孫娘なんだから、いてもおかしくないよねっ」
緊張が礼儀を消し飛ばし、口調が問い詰め気味になってしまった。
さすがに失礼かと思ったが、何故かセムラさんは言葉をどもらせる。
「それはだな~……うむ」
「あれ、どうしたんですか?」
「孫娘可愛さにこの場を避けさせたのであろう」
演説の準備をしていたティラが話に入ってきた。
彼女の言葉を聞いて、セムラさんは目を細めてそっぽを向き、他の人たちは苦笑いや含み笑いを見せる。
俺はいまいち事情がわからず、ティラに問い返す。
「ん、どういうこと?」
「セムラは可愛い孫であるアプフェルが自由であることを望み、目立つ場に出したくないのだ。実際、アプフェルはジョウハク国の式典にあまり顔を出すこともなかったしな」
「そういうことかぁ~。って、セムラさん!」
「ああ~、なんだ。ヤツハ殿、ブラン様の期待にお応えし、堂々と振舞うがいい」
「うわ、誤魔化したっ」
第一印象では族長だけあって威厳ある人だな思っていたけど、やっぱりアプフェルの血縁だなというところが垣間見えた気がする。
もっとも、妻から三下り半を突きつけられたり、若い娘にモフられるのが好きなところを見ると、あまり固い人ではないんだろうけど……。
俺はわざとらしくジトリとした目でセムラさんを見つめた。周りの皆さんも、彼に呆れたような目を向けている。
その視線たちから逃げるようにセムラさんは明後日の方向を向いた。
そんなセムラさんの様子を見ていると、そのふさふさの体毛の上に漫画でよく見るでっかい汗が浮かんでいるような気がする。
これらのやり取りのおかげで演説前に緊張していた場の空気が和む。
しかし、ポヴィドル子爵はそれを許さず、皆に強く声を飛ばした。
「皆さん、談笑するなとは言いませんが、最低限の緊張感は保っていただきたい!」
彼の言葉に、ティラがやんわりと声を返す。
「ポヴィドル、お主の言うことはもっともだが、少々固すぎはせぬか?」
「ブラン様、今から多くの兵士や民衆へ
「そ、そ、そうだな……」
ティラはあまりの剣幕に呑まれ声を閉じた。
固い……子爵は嫌味な人じゃなくて、非常に真面目で固い人なのかもしれない。
そして、真面目だからこそ、不真面目な行為が許せず、嫌味を口にしてしまうのか……。
(悪い人じゃないんだよな、たぶん……仰っていることもごもっともだし。今から死地に赴く人々の前でトップが和んでたら、俺だったらムカつくな)
ちらりと兵士と民衆へ視線を投げる。
するとそこへ、子爵が声を掛けてきた。
「ヤツハさん、あなたはこの場にいる中で、最も民衆に近い方。だからこそ、堂々と胸を張る必要があるのです」
「はい……」
「黒騎士を退け、ブラン様をお救いした功績は綺羅星の如く輝いている。それをただの瞬きとせず輝き続ける明星として、彼らに示す必要があります。民衆が最も期待と希望を抱くのは、あなたの存在だといっても過言ではないのですよ!」
「はい、ですね……」
俺がこの場に立つ意味。
それは多くの名もなき兵士や民衆たちへの鼓舞。
そうであるのに、緊張に足を震わせ、怯えた態度を見せるのは間違っている。
だけど、心のコントロールとは
その様子を見て、子爵はため息交じりの言葉を漏らす。
「はぁ、あなたはお一人でクラプフェン殿に立ち向かう予定でしょう。そのようなあなたが、こんなところで緊張してどうするのですか?」
クラプフェンの名を聞き、ピクリと身体が反応する。
(そうだ。ウードの予測が当たれば、俺はクラプフェン相手に一人で挑むことになるんだっけ……)
しばし意識はこの場から離れ、少し過去に戻る。
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