第二十三章 決戦前夜
第201話 会議
――ゼリカ公爵・屋敷・五階・会議室
途中で不思議な兄弟に出会ったり、コトアっぽい奴からよくわからん言葉を貰ったり、赤い
そのおかげで会議室に入るや否や、ポヴィドル子爵に嫌味を言われた。
「これだから、庶民は困る。時間に締まりがない」
子爵はモノクルをつけたやせ型の高身長のおっさんで、頭髪は白髪で髪形はプリ〇グルズの髭を頭にのっけたような感じ。
服装は洒落っ気に塗れていて、腰には常にレイピアを差していた。
この人は庶民出の俺がお気に召さないのか、何かにつけていちゃもんをつけてくる非常に鬱陶しい存在。
ちょっぴり甲高い声が、また余計に嫌味を誘う。
まぁ、たいていの場合、今回遅刻してきたように、俺に落ち度があるわけですが……。
それでも、子爵の注意はなんとなく受け入れにくい。
おそらくそれは、彼の言葉の根底に庶民である俺を認めてないところがあるからだ。
子爵のことはさておき、気を取り直して会議に意識を向ける。
中身は……戦争の話だそうです。
まったくもって気が重い……。
とはいえ、会議から逃げ回るのにも限度がある……わざわざティラが呼び出したということは、もう遊んでいる暇は無くなったということだろうし……。
そんなわけで参加するわけですが……疑問に思うところがある。
それは、そもそも論として、俺に参加資格があるのかということ。
ヤツハという少女は一介の庶民。
だが、ブラン様をブラウニーから救い出した騎士のような存在であり、黒騎士に勝ったことになっている女。
なんとなく、重要人物的な立ち位置。それが、俺……。
そんなあやふやな存在だから余計にポヴィドル子爵が気に食わないんだと思う。
なんでこいつがいるの? 会議で何の役に立つの? って感じ。
残念ながらその部分は否定できないし、自分でもそう思ってるし。
(よし、なるべく目立たないようにしよう!)
どうせ話を振られても何も答えられないので、黙っていることに決めた。
俺は軽く会釈をして、子爵の脇をすり抜ける。
そして、一通りの様子を見るために会議室を見回すことにした。
巨大な円卓の周りには、俺とは違う本当の意味での重要人物たちが座っている。
ティラは窓を背にした場所に座り、彼女の右後ろに俺は立つ。
ティラから時計回りに、プラリネ派筆頭のゼリカ公爵から始まり、偉そうなおっさんたちが居並ぶ。
もちろん、ポヴィドル子爵も。
皆さん貴族ばかりで、伯爵だの子爵だの男爵だのといった人たち。
その中にはアプフェルの祖父であるセムラさんも混じる。
彼以外にも、人間以外の種族である、ドワーフやらエルフやらみょんみょんした細長い人やら、蝶の羽を生やした見た目妖精っぽい人などがいる。
場所は広い会議室で、あるのはバカでかい円卓だけど、それ以上に人が多く窮屈に感じてしまう。
彼らは円卓を囲み、机の上にリーベンから王都サンオンまでの大きな地図を広げて軍議を行っていた。
その地図を戦場に見立て、軍を表す駒がたくさん乗る。
それらを動かす際は先端がT字型の柄の長い棒を使っている。
俺は地図を見ながら事前に得ている情報を、頭の中で再確認することにした。
王都はすでにリーベンへの戦準備を始めている。
その兵数、ざっと十三万。
同時に北方のソルガムとも事を構え、南方のキシトル帝国への備えも万全。
つまり、ジョウハクはそれだけの戦力を捻出できるだけの国家というわけだ。
もっとも、これらは復興が一段落つき、余裕があるおかげでもある。
もしかしてこれって、コナサの森から復興資材を提供できるように頑張った俺のせいになるんだろうか……。
ま、まぁ、それはともかく、確認を続けよう。
十三万の兵を率いる将たちは、皆、ジョウハクの名立たる猛者たち……まさに精鋭。
そして、彼らの大将格は六龍の三人。
六龍筆頭、女神の黒き剣を戴く、
女神の黒き魔導杖を戴く、蒼の死神・バスク。
そして…………女神の黒き籠手を戴く、
(ノアゼット……か)
俺は秘める思いを閉じるかのように、心の隅で呟く。
どういう事情で彼女が戦場に出てくるのかはわからない。
でも、事情はどうあれ、できればあの人と殺し合いなんてしたくない。
ノアゼットのことを考えると、何故か心がざわつく。
(これは何だろう?)
暖かく、辛く、優しく、痛みを伴う不可思議な感情……たぶん、この感情はヤツハの感情じゃない。
俺だけの感情……。
(この感情は……? まさか、俺はノアゼットを? いや、違う。これは恋愛感情じゃない……たぶん、憧れ……)
ノアゼット……最初はただ恐ろしい人だった。
でも、彼女は頼れる強き人だと知った。
そして、とても優しい女性だと知った……だけど、いくら彼女のことを女性として意識しても、俺の趣味じゃない。だから、これは憧れのはず……。
でも、それなのに……心は熱く火照る。
(おいおい、まさか……普通はアプフェルやパティだったりするんじゃないのか、こういう対象って……だけど、あいつらが身近過ぎて、そういう対象で見れないのはたしか…………やめようっ。今はそんなことを考えてる状況じゃない!)
仮に、この感情がそういうものだとしても、俺は彼女と命のやり取りを行うことになる。
(だから、忘れよう……)
心を冷たく凍らせて、意識を戦場へ向ける。
(……あとはクラプフェンに、パティとやり合ってたバスクって人か。バスクはともかく、なんでクラプフェンまで?)
本来なら北方の備えに向かうか、王都の守護に当たるべきだと俺は考える。
それをしないということは、ブラウニーはティラの存在をソルガムより恐れているのということだろうか?
だからこそ、クラプフェンをリーベンに向かわせる。
そう、頭を捻っていると、隣に立つウードが話しかけてきた。
俺は誰にも聞こえないように小声で声を返す。
「この戦争、私の見る限り、ブラウニー側は過剰戦力ね。兵の数はともかく、六龍を三人も投入するなんて……」
「ん? それはティラの存在が疎ましいからじゃ?」
「たしかにそうなんだけど……いえ、それ以前に、何故、ブラウニーが先に動く?」
「どうした、ウード?」
ウードは俺の声を無視して、地図にはないずっと北へ目を向ける。
「たしか、ソルガムが動いているのよね? 以前、サシオンもそう話していたし。リーベンに来てからも何度かその情報を得ている。さっきだって、あの赤いマヨマヨの柳という男も言っていた」
「ああ、らしいな」
柳さんと行っていた会話と一部内容は被るが、俺たちがリーベンに訪れてしばらく経った頃、北のソルガムに不穏な動きがあるという報が伝わった。
以前からサシオンより、ソルガムがジョウハクの北の城砦を狙ってるという話を聞いていたが、それが現実のものとして動き出したようだ。
今、ソルガムが動く理由は、ジョウハクの意思が二分され、混乱していることに起因する。
その隙を狙って、ジョウハクに攻撃を仕掛けるつもりなんだろう。
ウードはそのことが気になるらしいが、途中で地図から目を離し、六龍の話題に話を移す。
「あちらが何を考えているにせよ、あのクラプフェンが出てくる。こちらの戦力では
と、言葉を締めて、今の話に飽きたのか、彼女はティラの背後にある窓の傍に体を預け、外を眺めている。
その態度は気まぐれなのネコのようなもの。
おそらく、いま話しかけてもまともな答えは返ってこないだろうから、あいつのことは無視して俺は会議に集中する。
……そうしたいのだが、ウードが最後に口にしたクラプフェンという言葉が不安を呼び起こす。
(クラプフェン。最強の六龍か……何とも分が悪い)
クラプフェンが出てくるという報が届いたとき、プラリネ女王の弔い合戦に熱を上げていたリーベンの威勢は一気に冷え込んだ。
王都を狙えば、必ず戦わなければならない相手。皆はそれをわかってる。
しかし、六龍筆頭という名はその響きだけで、皆の心を飲み込むようだ。
実際、短い間とはいえ、直接対峙した俺も名前を聞いて肝を冷やした。
その冷えた肝はそのまま氷漬けになるかと思いきや、各地方から続々と参加してくる様々な種族の軍団が、リーベンに再び熱をもたらした。
皆はその熱に浮かれ、恐怖を消そうとする。
だが、実態を言えば、かなり厳しい。
現状においてリーベンに集まった兵力は、八万。
ブラウニー軍の十三万と比べ、五万も足りない。
その上、相手は六龍の三人。
おそらく、その三人の相手となるのは、俺を含め、五人。
俺、アプフェル、パティ、セムラさん、ケイン。
各族長もかなりの腕前らしいが、六龍相手だと歯が立たないと。
戦力も個々の戦士の力も劣っている――――劣勢。
その劣勢を覆すために、この会議室でアイデアを出し合っているというわけだ。
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