第199話 強硬派

 陽の光がほとんど届かない、人影のない路地裏。

 そこで俺と赤いマヨマヨの柳さんはこっそりと話を続ける。

 柳さんは何やら強硬派に関する情報を持っているらしい。

 それについて尋ねてみよう。



「強硬派は何をしようと?」

「現在、強硬派は北方のソルガムの動きに合わせて、北に集まっているらしい」

「ソルガムか……以前、サシオンがそんなこと言ってたな。それにリーベンに来てからも、ソルガムが北の城砦を狙っているという話は耳に届いているし」

 

 ソルガムは元々、プラリネ女王とブラウニーの権力闘争の隙を突こうとしていた。

 その隙がより大きくなった現在、彼らが動くのは当然だろう。


 この既存の情報はともかく、マヨマヨの情報は手に入りにくいのでありがたい。

 だけど、彼の言葉には一つ不安な点があった。



「マヨマヨの情報はありがたいけど、らしいって?」 

「悪い、組織を抜けてから情報が手に入りにくくてな。彼らの動きは大まかにしか把握できないんだ」


「そうなんだ。それで、強硬派はソルガムと手を組んだ?」

「いや、互いに利用し合っているだけで、仲間と言えるほどの仲ではない。ソルガムはマヨマヨ……異世界人を警戒しているからな」

「でも、利用できるから利用する。ソルガムってのは血気盛んだと聞いたけど、意外にクールなんだ」


「何にせよ、まず勝つことが基本だからな。それでだ、ソルガムはジョウハクの北にある城砦を襲うつもりだが、強硬派たちもその気に乗じて、暗に城砦攻略の手助けを行う気だ」

「強硬派が北を狙う理由は?」


「王都への直接攻撃は失敗に終わり、女神殺害には至らなかった。そこで作戦を変更し、ソルガムと連携して、ジョウハクの力を削ごうとする作戦だろう。現在、ジョウハクの意思は二分されている状態。狙うには好機」

「ま、そこだよな」


 ティラとブラウニー。

 互いが玉座を争うことにより、ジョウハクは混乱。

 先ほども同じことを考えたが、敵ならばそこを突くのは常道。



「でも、強硬派はなんでそんな回りくどいことを?」

「直接攻撃以降、王都サンオンの守りはこれまで以上に堅い。これに加え、強硬派たちの想像以上に六龍たちは強かった。それ以外の魔導士や戦士もな。女神の装具がなくとも、彼らは強い!」

「そっかぁ、ふふ」


 なぜだろうか?

 俺は地球人でアクタ人ではないのに、優れた科学力や魔法を持つマヨマヨと対等に渡り合えているみんなを誇らしく思ってしまう。

 俺は緩む頬を正し、柳さんを見つめる。



「それで作戦を変更?」

「ああ、彼らはじっくり攻略することにしたのだろう。幸いと言うのは語弊だが、サシオンさんがいない今は、強硬派が自由に動ける好機中の好機だからな」


「内部の混乱に、女神の守護者であるサシオンの不在か……ん?」

 ふと、浮かび上がる、とある考え。

(サシオンの退場でマヨマヨが動いた? それはマヨマヨだけじゃない。王都の内情も)


 サシオンが王都に健在している間は、クラプフェンもブラウニーも無茶はできなかった。

 だが、サシオンは彼らの奸計に嵌り、退場する。

 それはわざと……サシオンなら回避することは可能だったはず。


 そしてそれにより、マヨマヨが動き始めた……。

(おそらく、サシオンの退場は女神様の命令。とすると、この状況を望んだのは女神コトア?)

 

 ジョウハクを混乱させ、戦争を煽り立て、強硬派が動くきっかけを作った。

(何考えてんだ、コトアは?)

 彼女の思考を読み解こうとするが、もちろんわかるはずもない。


 

 柳さんは俺が急に黙り込んだものだから、怪訝な顔を見せながら声を掛けてきた。

「どうした?」

「いや、王都にサシオンがいないから強硬派が勢いづいてるんだなって」


「たしかにそれはある。だが、サシオンさんについてはアクタに姿はなくとも女神コトアの傍に仕えているはず。結局のところ、強硬派と戦うことになるだろうが」


「あ、そうなるんだ。強硬派はサシオンに勝つ目算でもあるの?」

「強硬派のリーダーの持つ力と技術力は、サシオンさんのそれに一歩遅れているが、それでも驚異的な力を持っている。彼ならば、勝てるかもしれん」

「そんな奴が……ふむぅ~」

 

 サシオンはアクタで一番の技術と知識を持っていると言っていた。

 だけどよく考えてみれば、二番手、三番手との差がどの程度なのかは聞いていない。

 仮に差が大きくても、サシオンには仲間らしい仲間がいないように見受けられる。

 数で勝り、それなりの技術を持つ集団相手では厳しいかも……。


 

 俺は深刻さを声に乗せて唸る。

 すると、柳さんは軽い言葉で話しかけてきた。


「ふふ、安心してくれ。技術や知識という点では穏健派のリーダーも負けてはいない。北方の城砦攻めに強硬派が参加するなら、穏健派も黙ってはいない。彼らが強硬派を抑えに入るはず。結局は、アクタ人同士の争いに口を挟めないと見ているが……」



 柳さんは途中で言葉を止めて、路地裏の小さな空を見上げる。


「一つだけ懸念がある。大規模な作戦を行うはずなのに、強硬派のリーダー、ルンブリクス人のキタフ=クロナの動向が掴めない」

「ルンブリ、何?」

「ルンブリクス人。環形かんけい動物から派生した知的生命体。地球人から見ると、宇宙人と呼べる存在だな」


「あ~、他の惑星の人ね」

「彼は常に黒色の襤褸ぼろの外套を纏う。そして、近藤の命を奪った者だ!」

「あの時のっ? あの黒い奴が強硬派のリーダーだったんだ!?」


 

 黒騎士から俺たちを逃がそうとして、近藤は転送を行使しようとした。

 しかし、黒いマヨマヨが現れ、何かの力で近藤の腹部を貫いた。

 俺が声を荒げるも、奴は何事もなかったかのように立ち去った。



「そうか、あいつが……」

「リーダーキタフは重要な作戦にいて、必ず自ら指揮を執る。王都襲撃の際も彼は指揮を執っていた。だが、北方の城砦を攻める作戦に彼の姿はない。彼は何かを企んでいる」

「何か……柳さんはそれを?」


「ああ。だが、断片的な情報で形は伴わないものになるが」

「それでも構わないです。教えてほしい」

「わかった……私が強硬派から離れる際に、キタフ達はこのリーベンの話を口にしていた」

「えっ!? まさか、ここを襲う気じゃ?」


「その可能性がないわけじゃない。リーベンは要塞都市。ここを拠点とすれば、王都サンオンに対抗できる。実際、君たちはここを拠点として、ジョウハクと戦おうとしているわけだしな」

「まぁ、ね」

「さらに、不可解な言葉も漏らしていた」


「それは?」

「サシオンさんと黒騎士についてだ」

「ん? それが何にどう繋がるの?」

「それはわからない。ただ、キタフは言葉に喜びを乗せて、こう言っていたよ」



『全ての流れが一つに集約しようとしている。敵は無くなる。クク、そうなれば穏健派も我らにかしづくことになるだろう』



「敵は無くなる……?」

「それについては私にはわからない。すまないな、このような曖昧な情報しか提供してやれなくて」

「いや、ありがとうございます。敵がブラウニーだけじゃないとわかっただけでも助かりますから」


「そう言ってくれると助かるよ……しかし、君は変わったな」

「はい?」


「時計塔で初めて君を見たときは、おどおどして頼りなさそうに見えたのに、今では堂々と……若い子の成長は何とも早いことか」

「そ、そうかな? いや~、照れますなぁ~」

 

 

 わざとらしく胸を張り、自分の後頭部なでる。

 すると、その様子を見た柳さんは軽い冗談を本気で取ったようで、落胆した声を出した。


「はぁ~、生来はお調子者というわけか……」


 あからさまな大きなため息。

 こいつは期待外れかもしれない、という声がありありと聞こえてくる。


「そんなため息をつかなくても、ヤな人だなぁ。柳だけに」

「下らないな。センスはお粗末ときたか。君は見た目と違い、かなりおっさん臭いな」

「うっわ、柳さんって結構性格きつめ?」


 こうツッコむと、柳さんは薄毛の頭を掻いて、謝罪を口にしてきた。


「はは、すまない。久しぶりにあまりアクタに染まっていない地球人と交わり、つい、昔の自分に戻ってしまったようだ」

「それは、昔はかなりきつかったと?」

「ああ、そのせいで時計塔のプレゼンは失敗してしまったからな」

「時計塔? もしかして、それは王都の?」

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