第185話 剣ヶ峰

 結界に閉じ込められた平原では、俺とパスティス。

 そして、パティとバスクの死闘が繰り広げられる。


 

 パティとバスクは魔法弾をぶつけ合う。

 それは拮抗し、互いに決め手を欠けていた。

 だがバスクは、ついにその力を一段高く引き上げる。


「クラス5。風の魔法。雛鳥に受けとめられるかな?」


 バスクは女神の黒き魔導杖を空へ掲げる。

 すると、彼の頭上に巨大な風の渦が現れた。

 草原に広がっていた草花は散り消され、僅かに生えている木々も大きくしなり、根ごと抉り出される。

 

 それはまさに暴虐たる台風の力。

 あらゆるものを風の力で吹き飛ばし、大地を更地に変えるもの。


 

 それを目にした俺とパスティスは手を緩め、パティとバスクの二人へ目を向ける。

「ええ~、何あれ~?」

「フンッ、バスクめ。風の力で、パティスリーの肉体を細切れにする気か」

「ちょ、細切れって……パティっ! 大丈夫か!?」


 パティへ声をぶつける。

 彼女は扇子を広げて口元に置き、優雅に構える。


「もちろんですわ」

 パティはクスリと微笑んだ。

 そして、暴風に対抗する呪文を唱える。



「無にし寄るの先に在りし姿。現世うつしよに姿はなく闇の安寧を甘受せしり存在。そこには果報かほう禍殃かおうもない……」


 

 扇子の要石かなめいしである黄金の宝石が激しく明滅を繰り返し、パティの周囲に闇が広がる。

 その姿を目にして、バスクは声を上擦らせる。


「ま、まさか、クラス5の闇を編むなんて……クッ、闇ごと全てを吹き飛ばせっ、シナストリ!」

つどいなさい、そこは約束されし場所。ヒネ・モーシャ!」



 二つの大魔法を目にした俺とパスティスは急ぎ対応に追われる。

「これ、ヤバくね!?」

「これはいかんな」

 

 パスティスは巨大な魔法から己を守るために両腕をクロスし身構える。

 俺はティラのそばに飛び退いて結界を張った。

 


 町を消滅させるという、クラス5の呪文が激突する。


 風は闇を切り裂き、草花を嘆きに溺れさせる。

 闇は風を飲み込み、眺望ちょうぼうを色無きものへと染め上げる。


 二つの大魔法は周囲の空気に振盪しんとうを走らせながら、互いの身を喰らい合う。

 風は闇を、闇は風を……二人は交わり、溶け合い……やがては消えた。

 そこにあるのは二人が残した、巨大なクレーターという足跡そくせきだけ……。


 

 俺はティラを抱え、パティの元へ走り寄る。

 パティは少し疲れた表情をしていたが、足元はフラつことなくしっかりとしていた。

 彼女の傍までやってきて、ティラを降ろす。

 

 パティは、疲れに笑顔を乗せる。

 そんな彼女に俺は…………軽いげんこつをお見舞いしてやった。


「アホォォ!」

「いった、何をするんですの!?」」

「びっくりするだろ! あんな大魔法、使うなら使うって言えよっ!」

「戦闘の最中にそんなこと言えますかっ?」


「ティラ、ティラがいるんだぞっ。俺が結界張らなかったら大怪我じゃすまなかったぞ!」

「あっ……」

「あっ、って。お前、本当に忘れていたのかよ?」

「それは……申し訳ございません、ブラン様。戦いに集中するあまりに」


「い、いや、まぁ、それは仕方なかろう。相手は六龍。私を気遣っている余裕はないであろうからな」

「ありがとうございます。寛大な御心に、涙絶えません」


 パティは申し訳なさのためか、目を強く閉じる。

 

 たしかにティラの言うとおり、相手は六龍。

 周りに気を使っている余裕はない。

 それでも一応、俺は釘を刺しておく。


「仕方ないとはいえ、護衛対象を忘れるのはさすがに無しにしてくれよ」

「ええ、本当に、わたくしはまだまだですわね。ブラン様、誠に申し訳ございません」

 

「もうよい、もうよい。皆、無事であったのだから。パティスリーよ、気にするではないぞ」

「はい、今後は気をつけます」


 パティは扇子に顔を埋めていく。

 俺はそれを見ながら肩を竦めて、視線を二つの大魔法がぶつかり合った地へと向けた。

 椀上に抉り取られた地面。

 中心の深さは家一軒がすっぽり埋まるほど。



「すごい魔法だな」

 この声にパティが答える。


「あの魔法は禁忌の魔法と呼ばれる魔法ですのよ」

「うん? ああ、知ってるよ。エクレル先生から借りた本で読んだし」


「あら、そうですの? ふぅ、せっかく驚かせて差し上げようと思っていたのに、ちょっと残念ですわ」

「いや~、十分に驚いているけどね。頑張ったんだ、パティ」

「そちらこそ、パスティス様を相手に一歩も退かず。腕を上げましたね」

「腕を上げたというか、ちょっとした戦いのコツをつかんだってところかな。おかげで六龍相手でも……あっ」


 

 俺は顔を前に向ける。

 そこには呆れた様子を見せているパスティスとバスクが……。


「戦いの最中に談笑とは、舐められたものだ」

「はは、完全に忘れ去られてたね、僕たち」


 俺は場の空気を誤魔化すように頭を掻きながら二人に話しかけた。

「え~っと、すみません。では、続きということで」


「はぁ~、このような馬鹿馬鹿しい戦いは初めてだ」

「そうだね。だけど、馬鹿馬鹿しいでは済まなくなった」

 

 バスクは一度、抉れた地面を見つめ、パスティスに話しかける。


「相手は想定以上に手強い。長引けば、結界があっても民草に気取れる可能性があるかも」

「そうだな。やむを得ない、決着を急ぐか」


 二人は構え直し、魔力に殺気を乗せる。

 俺たちも構え直すが、六龍の様子が少し変だ。



(殺気が俺たちに向かっている感じがしない。俺たちよりも、少し後ろに……こ、こいつらっ!)

「パティっ!」

「わかってますわ! ブラン様、わたくしたちのそばから離れないでください!!」


 パティの声が終わると同時に、龍の名を戴く二人の将軍が襲いかかってきた。

 

 幼き少女をめがけて!


 パスティスの拳から放たれる凶撃がティラの身体を捉える。

 俺は剣を振るい、それを追い払う。

  

 バスクの峻烈しゅんれつなる氷の刃がティラの心臓を捉える。

 パティはそれを炎で溶かし、水しぶきへと還元する。


 俺は二人へ吼える。

「お前らぁ!!」


 だが、二人は答えず、ひたすらにティラの命を奪わんと何度も猛攻を加える。

 俺たちはそれに防戦する一方で反撃なんてできやしない。


「くそっ、ヤバいぞっ。六龍相手に守りながら戦うなんて!」

「口に出すのはおやめなさい!」

「あ……」


 背後にいるティラが暗い顔を見せる。

 俺はティラを守るために戦っている。

 なのに、ティラがいるから戦えない。

 そう、彼らに打ち勝つにはティラは……。

 


「ティラ。すまない、そんなつもりじゃ」

「いや、私が足手まといになっているのはわかっておる。故に、新たに二人へめいを下す」

「却下だ!」


「まだ何も言っておらぬぞ?」

「どうせ私を置いて逃げろとか、降伏しろとかだろ? いまさら何言ってんだよ、バカ!」

「ええ、そうですわよ。ブラン様、私たちの覚悟を見くびらないでください!」


「お主たち……わかった。ならば、見事、私を守り切って見せよ!」

「了解!」「お受けしましたわ!」


 俺は背後にティラを置く。

 パティも背後にティラを置く。

 ティラは厚き守護者に挟まれる。


 その守護を打ち破り、宝に手を出そうとする不浄のやからが、ゆっくりと俺たちを挟みこんでいく。


(さ~て、景気よく返事はしたものの、じり貧だな。どうしたもんか?)



<さっさと逃げ出せばいいのに>


 

 響き渡る声は、鼓膜を蕩けさせる魔性の声。


(ウード、こんな時に何の用だ?)

 俺の前にウードが立つ。

 

 ウードは艶笑えんしょうを見せて、ティラを覗く。


(ま、ここで逃げ出したり、降伏を選ぶより、この子を守る方が価値はあるわね。先を見れば……)

(うん?)

(さて、この状況。もう一人いれば、何とかなるかも)

(それは……お前が手を貸してくれるっていうのか? トーラスイディオムの時のように)


(それは無理よ。私はまだ、回復しきっていないもの。しっかりとした存在であるあなたと違い、なかなか回復の方はねぇ)

(だったら何しに出てきたんだよ?)


(フフ、あなたたちは戦いに集中しすぎて、何も見えていないのね)

(なに?)

(ほんっと、あなたって土壇場での運だけは強いわね。ここで――)


 ウードは東に足を運び、バスクが張った七色の結界を背にした。

 俺は彼女の動きを追うように、東へと続く結界に目だけを動かす。

 そして、その先に在るものを感じる!


(これってっ!)

 ウードは笑う。

(フフフッ、友……たしかに悪くないかも)

 

 彼女は薄らぎ消える。

 俺は消えたもやの先を見つめ、声を張り上げた。



「ここでっ! マジかよっ!!」

 声に惹かれ、パティも俺の視線を追う。

「この、魔力の波長は……あ、あ、ア」


 バスクは結界の外にある、巨大な力を感じ取る。

「なっ!? クッ!」

 急いで結界の力を高めるが、遅い!



「いやぁぁぁぁぁぁ、はっ!!」


 

 掛け声とともに、結界に振動が伝わる。

 振動の中心にヒビが走り、そしてっ、砕け散る!


 結界の一部に生まれた小さな穴。

 そこから影が飛び込み、パスティスに襲いかかった。


「はっ、せいっ!」

「グッ!?」

 影はパスティスに拳を穿ち、彼を後方へ弾き飛ばす。

 


 その見覚えのある影の輪郭。

 桃色のスレンダーな尻尾に、同じく桃色の髪に猫耳。

 頭の両サイドにはポ〇デリングみたいな不思議な髪形。

 

 彼女は俺の大切な友達。仲間!


「アプフェル!!」


「ふぅ。久しぶりね。ヤツハ、パティ」

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