第150話 近藤と笠鷺
目の前に死んだはずの近藤が立っている。
それも老人の姿ではなく、中学生の姿で。
若い彼の姿は老人の時のような苦労の滲む雰囲気はなく、前髪が目にかかる、ちょっとおとなしめの少年。
俺は惚けた様子で、ありきたりの言葉をかける。
「お前、生きてたのか……?」
「それは……」
「おまえなっ」
俺は彼に詰め寄り、肩をバンバンと殴りつけながら壁端へと追いやっていく。
「ふざけんなよっ。死んじゃったと思ったんだからなっ。お前のために泣いたんだからな! どうしてくれんだよっ!?」
「いたいいたい、笠鷺くん、落ち着いて」
「こんなの落ち着けるかっ! 生きてるなら、あんな演出じみた死に際やめろよ!」
「いや、僕、死んでるし」
「はっ?」
「え~っと、幽霊みたいものかなぁ。まぁ、そんな感じ」
「…………はぁ!? はぁ!? なにそれっ!?」
「だから、落ち着いてって」
「落ち着けるかっ!」
自称幽霊の近藤の左ほっぺをツネ上げる。
彼の頬はよく伸び、痛みに泣き声を上げる。
実にフレッシュな肉体を持っていて、とても幽霊とは思えない。
さらなる確認のために両手でほっぺたをツネっているところに、サシオンが声を掛けてきた。
「落ち着かれよ、ヤツハ殿。近藤はたしかに死んでいる。だが、彼はコトアの部屋に招かれたのだ」
「え? コトアの部屋……たしか、あの無上世界ってやつか?」
「ああ。近藤は死後、魂を循環させることなく、コトアの御許へと届けられた。そこで彼は、女神さまの御相手をされている」
「それは、女神様に気に入られて、傍で仕えている的な?」
「その通りだ」
「ふ~ん。そこで何してんの? ねぇ、近藤?」
この質問に近藤は顔を曇らせた。
サシオンに目を向けると、彼もまた顔を曇らせている。
近藤は慎重に言葉を選び、声を出す。
「それについては、答えるわけにはいかないんだ」
「どうして?」
「女神コトア様の……名誉に関わるから……」
「近藤、それ以上はっ」
サシオンの声が飛ぶ。
近藤は口を引っ込めて、ぴったりと閉ざした。
俺は二人を交互に見ながら話しかける。
「すっごい、気になるんですけど……」
二人はしっかりと口を閉じて、開こうとしない。
「はぁ、わかったよ。聞かない。でも、近藤。女神の傍で仕えているのに、ここにきて大丈夫なのか?」
「それは問題ないよ。ちゃんと寝かしつけてきたから」
「なんだよ、その赤ん坊みたいな言い方は……で、何か用があるんだろ? まぁ、俺もいろいろ気になることがあるけど」
「それは……」
近藤は上半身を前に乗り出す。
だけど、ためらいを見せて、すぐに姿勢を戻した。
そこへサシオンが、彼の背中を押すように言葉をかける。
「近藤。時間はない」
「……はい。あの、笠鷺くん、僕はっ――」
近藤は後悔を話す。
小学四年生のころ、俺を見捨てたこと。
ずっと、謝れずにいたこと。
呼び出してせいで、俺が殺されてしまったこと。
あの世で裁判を受けて、罰を受けたこと。
彼は罰の内容に触れなかったけど、表情は苦しげに曇っていた。相当苛烈なものだったようだ。
そして、刑罰の途中で女神コトアに救われたことを話す。
話しの途中から彼は涙を流す。
そして、話し終えた後も、涙を流し続ける。
後悔と
「ごめんよ、ごめん。僕のせいで君はっ。心を傷つけ、君を変えてしまった。君を死なせてしまった。本当にごめん、ごめんなさい……」
近藤はずっと、あの日のことを後悔していたのだろう。
ずっと、胸に罪を抱え過ごしていたのだろう。
だからこそ、地球で死を迎え、アクタへ訪れた後も俺のために、俺を地球へ、男へと戻すために頑張ってくれていたのだろう。
だけど、さめざめと泣き続ける近藤を前に、俺は首を捻る。
(う~ん、困った。温度差を感じるぞ。こっちはそんなに気にしてないのに……)
まず、話を聞いて、「あ~、あいつって近藤だったんだぁ」が先に出る。
たしかに、話を聞き終えて、帰りのホームルームで裏切ったことはムカつくっちゃあ、ムカつく。
でも、それは一発殴ればすっきりする程度のもの。
第一悪いのは、クラスの中心人物だった男子と女子。
(気の弱い近藤は脅されただけだし、悪くないよなぁ)
その後、たしかに俺は変わった。心は傷ついていた。
それに気づいたのはピケと一緒に英雄祭で男女の諍いに出くわした時だ。
正直、傷ついていたことに気づいたのはその時で、同時に癒えた感じだからあんまり傷として痛んでいた気がしない……。
(それに、あの心の傷も近藤を脅した奴らが悪い話だしなぁ)
そして、俺が刺されて死んだこと。
たしかにタイミングが悪かった。
だけどこれも悪いのは近藤じゃなくて、クソバカ死ねの殺人鬼。
(この件も近藤を責めるんじゃなくて、殺人鬼をボコボコにしたい方だし……困ったぞぉ)
近藤は全て自分に非があると思って、涙と謝罪を交える。
これは今だけじゃない。
彼が地球で歩んだ人生の間ずっと涙を流していた。
アクタに訪れてからも、喉枯れるまで謝罪を繰り返していた。
そんな彼に……。
(まぁ、気にすんなよ。テイクイットイージー。なんて、言えないし。だからといって、同じ調子で合わせにくいし……何が正解なんだ?)
サシオンがちらりと俺を見てくる。
対応を催促している。こいつはこいつで場の空気を読まない。
まぁ、色々話があるから急いでほしいんだろうけど。
(しゃーない。正直な気持ちをぶつけるか)
近藤に合わせようかと考えた。でもそれは、演技になってしまう。
だから、俺は俺らしく答える。
「近藤」
「か、か、ぐす、かささぎくん……」
「今までアクタで、俺のために頑張ってくれたんだな。ありがとう」
「ぐす、ずずっ、そんな言葉僕には」
「だけどな、近藤。俺はお前を初めから恨んだりしていない。もちろん、話を聞いた今もなっ」
「だ、だけど、全部僕のせいで!」
「近藤!!」
俺は近藤の首に手を回してぐっと引き寄せる。
「俺はもう大丈夫だ。お前はお前のために生きろ。それが俺に対する謝罪だ」
「笠鷺くん……」
「って、もう死んでるんだっけか。とにかく、元気出せ。俺は元気だ。今も、これからも。そして、お前もな」
俺は引き寄せた腕を解き、拳を前に差し出す。
その拳を前に、近藤は右手を震わせる。
俺は無言で彼を見つめ続ける。
近藤は一度目を閉じて、小さく頷き、拳を握り締めた。
そして、前へ突き出し、俺の拳にぶつける。
彼は言葉を紡ぐ。
「笠鷺くん、最後までごめ……ううん、ありがとう。勇気のない僕に勇気をくれて」
「別にそんなのあげた覚えはないんだけどなぁ。ま、これからは気楽にいこうぜ。テイクイットイージーの精神だ」
「はは、そう……そうだね……本当にありがとう」
近藤はゆっくりと大きく見上げる。
「ああ、こんなにも心が晴れ晴れしたのはいつぶりかなぁ……」
「晴れ晴れも何も、天井は金属っぽいけどな」
「いや、そこはツッコまなくても……」
「それは性分なんで譲れん」
俺は腰に両手を当てて、ふんぞり返る。
その姿を見て、近藤は笑う。
「あはは、笠鷺くんだ」
「何を言ってる、いつだって俺は俺だよ」
「女の姿で何を言ってるんだか」
「うぐっ、それは……は、はは、ははは、まったくだ」
「だよっ、ははははは」
俺たちの笑い声はブリッジ内に木霊する。
とても心地の良い音色。
耳には安らぎが届く…………だけど、瞳には緊張が走る。
俺は視界にサシオンを捉えると、近藤に向かいコクリと小さく頷き、サシオンの傍へ近づいていった。
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